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第24話 幾星霜の呪いの子・上

 仙台駅のホームに降り立った途端、冷気が首元を吹き抜けていった。四月に入ったと言うのに、まだ空気が真冬のように冷たい。崇文は上着の襟を立て、一つ息を吐き出してみた。吐き出された息はすぐに白く染まった。

「やっぱり、東京より寒いね!」

 司も両手を擦り合わせ、息を吐きかけている。

「まだ真冬みたいだな。マフラーしてくりゃ良かった」

「ふふふ、いかにも旅行って感じ」

 駅構内を出ると、道行く人たちの恰好が冬の服装そのものだった。陽射しのある場所ではわずかにぬくもりを感じられたが、日陰の部分はまだまだ冷える。北国の春はまだ遠いようだ。

「ね。せっかくだから美味しいもの食べてから行こうよ」

 駅前に続くアーケード商店街に『牛タン』や『寿司』と書かれた看板を見つけ、司が声を弾ませる。

「……さっき東京駅で昼メシ食べたばっかだけど。何メシ?」

「何メシだっていいじゃん。おやつだよ、おやつ。崇文がお腹いっぱいなら私が食べてあげるから!」

 強引に腕を引かれて行った先は、年季の入った寿司屋だった。入り口は小ぢんまりとして狭いが、奥に長く伸びた店で、手前には板前の立つカウンター、奥にはテーブル席がいくつか並んでいた。昼時からずれた時間帯のせいか、店内はカウンターに座る一人客と、二人組の客が数組いるだけだった。

 店員にカウンターとテーブル、どちらがいいかと問われ、「テーブルで」と即答する。

「えー。板前さんがお寿司握るとこ見たかったな」

「落ち着いて話できないから」

 口を尖らせる司を黙らせ、一番奥のテーブル席に落ち着く。注文を済ませた後、新幹線の中で完成させた、松永家の家系図をテーブルに広げた。

「司」

 司の前で実際に口に出すのは、初めてだった。

「五条千代って知っているか?」

「うん」

 こちらの覚悟のわりに、司はけろりと頷いた。

「知ってるよ。松永家を呪って死んだ女性ひとでしょ」

「まあ、そう……」

 その通りなんだが……。司のあまりにも軽い受け答えに、調子が狂わされる。

「私のひいおじいちゃんに当たる、松永正太郎の愛人だった人でしょ? わざわざ家に乗り込んできて自殺したっていう」

 信じられないよね、と顔をしかめる。

「その前に、奥さんがいるのに愛人を作ること自体が信じられないけど」

「……」

 まるで芸能界のゴシップでも語るような軽さだ。その愛人の呪いのせいで、おまえの先祖が何人も死んでいる、と言いかけ、口が裂けてもそんなことは言いたくないと唇を引き結んだ。

「――その五条千代が供養されている寺を訪ねたいんだ」

「うん、いいよ」

 司はこくりと頷くと、あとは、運ばれてきた寿司の盛り合わせに夢中になった。「私はマグロと海老は絶対に譲れないから、崇文はそれ以外を食べていいよ」などと言う。

 司が何も知らないとは、思っていなかった。なぜ自分が長栄寺に預けられたのか、なぜ性別を偽る必要があるのか。周囲がいくら隠そうと、長じるうちに自ら調べることもあっただろう。自分の生い立ちの異常さに、怯える夜もあったはずだ。だと言うのに、この呑気さはなんなのだろう。こちらまで毒気を抜かれてしまう。

 自分が呪い殺されるかもしれないという危機感はないのだろうか――?

「食べないの? 美味しいよ」

 不思議そうに見上げられ、慌てて箸を取る。

「……ああ。食べる」

 のろのろと箸を割っていると、司が「あのね」と顔を上げた。

「私はこの件に関しては、崇文以上に呪いを信じていないんだ」

 この件に関しては――。

 どうして。

 オカルト全般に懐疑的な俺に対して、普段、おまえはわりと目に見えないものも信じる性格たちじゃないか。

「この件はって、どうして?」

 訊ねてみても、司は寿司を詰め込んだ口でうん、とか、ううん、とか言うばかりでまともに返事をしなかった。

「……何言ってるのか、わかんないよ」

 せっかく北国の寿司屋に入ったというのに、肝心の味がさっぱりわからなかった。

 会計で、価格が東京で食べるそれの八割ほどなのに気づき、こんなことで、いよいよ北の地に入ったのだと実感した。




 はじめに、千代が供養されている西延寺さいえんじに向かった。

 千代の遺体は、松永家から遠く離れた真言宗本願寺派の西延寺に運び込まれた。松永家の菩提寺に頼むわけにもいかず、松永家とは縁もゆかりもない、なるべく松永家から遠い地にある寺が選ばれた。敷地内での自殺、しかも当主の愛人となれば、一族の誰もが近くに葬られるのを嫌がったのだろう。西延寺と松永家は、市の南北に遠く離れていた。

 市街地から一時間ほどバスに揺られ、小高い山の中腹にたつ西延寺に辿り着いた。近くに海が存在すると思えない、鬱蒼と緑の生い茂る場所だった。山門には、杉の大木の枝葉が覆いかぶさっている。

 ここ西延寺では、年に一度、大々的に人形供養を行っていた。各地から送られてくる人形を一挙にお焚き上げし、込められた怨念や祟りを鎮めるという。怨念を鎮めてくれるなら、人形だろうと人間だろうと同じ――などと、当時の松永家の人間は考えたのだろうか。

 山門をくぐると、伽藍配置が西側に偏った浄土真宗特有の配置をしていた。境内は静まり返り、参拝者のいる気配はなかった。

「静かだね。誰もいないのかな」

「平日だし、参拝者も少ないんだろう」

 いよいよ呪いの根源に辿り着いた、と身構える崇文たちを嘲笑うかのように、敷地内はしんと静まり返っていた。禍々しい空気に満ちているわけでも、びりびりと空気が張り詰めているわけでもない。――どちらかと言えば、ひと気のない、寂れた雰囲気だった。 

 手水舎で手を清め、ご本尊を参ると、さて、どうしたものかと次の手を出しあぐねた。

 ここの住職に事情を話して、千代の墓を見せてもらおうか。それとも、寺の裏手に見える墓地に行き、一軒一軒、千代の墓を探して回ろうか。

 同業者として、住職に松永家の呪いの話をするのは躊躇われた。呪いを恐れるなどとは、真剣に仏門を学んでいるのかと、呆れられそうだ。同業者だとばれないとしても、そんな奇怪な言動の訪問者がいたら、正直、相手にしたくないだろう。

 仮に優しく受け入れてもらえたとしても、気持ちの持ちようだと説かれるのが関の山だ。自分だってきっとそうする。

 そして一番厄介なのは、千代のことなど忘れ去られているという可能性だ。打ち捨てられていたり、杜撰な供養をされていたら、まさかその場で弔い直すわけにもいかない。

 逡巡していると、こちらの迷いを知る由もない司が、躊躇なく講堂の戸をノックした。

「すみませーん」

「司、ちょっと待って」

 慌てる崇文を見向きもせず、再び司が戸を叩いた。

「すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」

 なるようになれ、と崇文も後に続いた。

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