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第22話 幾星霜の呪いの子・上

 スケジュール帳を取り出し、後ろの、白紙のページを開いた。

 ページの下のほうに「司」と「誠」と書き込む。二人の名を線で結び、その線の中央から上へ、垂直に線を引いた。

 上方には、司と誠の両親、高野智也たかのともや香苗かなえの名前を書き込んだ。


 司の母・高野香苗は、智也と結婚するまでは仙台に住んでおり、旧姓を松永といった。結婚前、香苗が暮らしていたのは仙台市中心部のマンションだが、そこに移り住むまでは、沿岸部にある広大な敷地を持つ屋敷に住んでいた。

 これがくだん松永家まつながけである。

 松永家は『松永味噌醸造まつながみそじょうぞう』という味噌屋を営んでいた。百人近い従業員を擁し、地元では知らぬ者のいない、豊かな財を成した商家だった。


 崇文は、手帳の余白に「松永味噌醸造」と書き込んだ。

「崇文、なにかお菓子食べる?」

 家系図に没頭していると、司に肩を叩かれた。顔を上げると、目の前に車内販売のワゴンが止まっている。

「……俺は、いい。コーヒーだけお願い」

「そう? お腹空かない? じゃあ、ホットコーヒーを二つとチップスターをお願いします」

 司は売り子から菓子とコーヒーを二つ受け取ると、片方のカップを渡してきた。さっき東京駅で昼食を済ませたばかりだと言うのに、旺盛な食欲を見せている。司は東京駅を出発した時から上機嫌で、呪いの真相を探る旅に行くとは思えない、楽し気な様子だった。


 東京駅から東北新幹線に乗り、一路、仙台を目指していた。先ほど大宮駅を過ぎ、仙台駅到着まではあと一時間ほどだ。仙台を訪れるのはもう何度目かになるが、二時間もかからずに到着するのに毎度驚いてしまう。頭の中にある東北地方は、もっと遠い、北の果てにあるイメージだ。

 司からコーヒーを受け取ると、崇文は再び手帳に視線を落とした。

 以前、一人でこっそりと仙台に行き、松永家について調べたことがある。司のルーツについては、両親から聞かされていたのだが、もっと詳しく知りたかった。その頃は今よりももっと「呪い」に対して懐疑的で、司の一族の死が、ただの不幸な事故の連続なのだと確認するつもりで調べに行った。ただし、もしも「呪い」が本物だとしたら、調べるという行為自体が呪いを引き寄せそうで、誰にも言わずに赴いた。

 司の母・香苗の横並びにラインを伸ばし、香苗の兄・みのるの名を書き加える。司から見て、伯父にあたる。

 実は幼少の頃、松永家に出入りしていた女中に殺されていた。

 当時、松永家には複数の使用人が働いており、実・香苗兄妹は、忙しい両親に代わって女中に育てられていた。そんな最中さなか、実は、女中頭に誘拐され、彼女の自宅で遺体となって発見された。女中頭は、実を殺した理由をついぞ明かさなかったらしい。

 幼い息子の突然の死に、両親はひどくショックを受けた。

 父親の宗次郎そうじろうは、実が死亡したすぐ後に自死している。息子の死から三ケ月後だった――。息子の死を苦に精神を病んでしまったか、呪いのせいなのかはわからない。宗次郎は、他家からきた入り婿だった。

 宗次郎の妻・松永芳子まつながよしこ。実と香苗の母親で、司の祖母である。

 芳子は必死の思いで長男と夫の死を乗り越えた。忌まわしき松永の屋敷を出て、仙台市中心部に移り住み、女手一つで香苗を育て上げた。

 この芳子が、幼い司の手を引いて三峰家にやってきた、その人だ。

 娘一家が交通事故に遭ったのを知り、一人生き残った司を迎えに行った。一人で暮らす仙台のマンションには連れて帰らず、遠縁にあたる長栄寺に預けにきた。仏様の下でなら、司も生き延びるかもしれないと、一縷の望みをかけた。

 芳子は、三峰家を訪ねた七年後に死去。享年八十歳。松永一族の中では異例の長生きだと言えるだろう。司を連れて来た時はすでに七十を過ぎていたのかと思うと、驚異的だった。記憶にある芳子は、美しく、ふるまいも矍鑠としていた。

 三峰家に司を預けにきて以降、芳子の姿を見ることはなかった。亡くなったと知ったのも、だいぶ経った後だ。おそらく司は、祖母が既にこの世を去っていることを知らないだろう。


 芳子は三人兄弟の末子だった。

 上には兄が二人、やはり、どちらも若い時分に亡くなっている。

 長兄・正男まさおは家業を継いですぐ、流行も下火になっていたコレラに罹患。この時わずか一歳になったばかりの息子も、同じく罹患し、二人はほぼ同時に病死している。

 代わって松永味噌醸造を継ぐことになった次男・清二せいじは、家業を継いだその日に馬車に轢かれて死亡していた。

 以前、ここまで調べたところで寒気に襲われたのを覚えている。

 ――呪いは、本当に存在するのではないか……? 

 不審な死の連続に、うまく理由をつけられなくなっていた。


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