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第21話 幾星霜の呪いの子・上

「司」

 カフェの外で待ち構え、仕事あがりで出てきた司を捕まえた。

「……」

 一度気づいて顔を上げたが、司はすぐに顔を伏せた。急に方向転換をし、立ち去ろうとする。完全に目が合ったのに、あからさまに顔を背ける仕草が、小学生の頃と変わっておらず、少し笑いそうになった。

「司。無視はなしだ。ちゃんと話をしよう」

 追いかけて隣に並んでも、司は口をきこうとしなかった。

「……」

 幼い頃から、司は本気で怒ると、口を閉ざして自分の殻に閉じこもる。滅多に感情を爆発させない司だが、自分の中の信条を否定されたり、侵害されたりすると、音もなく静かに怒った。言い合いになったり、取っ組み合いになったりするのは、喧嘩ではなくただのじゃれあいだ。本気で怒っているときは、誰かを攻撃する前に、外部を完全に遮断してしまう。よって、本気の喧嘩はかなりの長期戦になった。

「俺なりに司が怒っている理由を考えたつもりだけど、思い違いをしているかもしれない。だからちゃんと言ってくれないか。言いたいこと、全部」

 隣りに並ぶと、司は逃げるのを諦めたのか、殊更ゆっくりとした歩調で歩いた。

「崇文は」

「うん?」

「崇文は、私が何について怒っていると思ってんの」

 低く問われ、ここは慎重に答えなければと、一呼吸置いた。

「それは、」

 いつまでも司を子ども扱いすること、すでに自立している司の生活を邪魔していること、そして、司のこれからの自由を奪おうとしていること。

「司の生活の邪魔をしてること」

「――それもあるけど」

 食ってかかってこられるかと思ったが、司の返事は思いのほか弱弱しかった。

「邪魔されているとは思ってない。けど何か事件があるたびに、行動を制限される。危ないからって、外に出ないように閉じ込められる……。心配してもらっているのはわかってる。でもこれから先、何かあるたびにもっと制限されるようになるの?」

「……万が一、命の危険があったら」

「だからって、ずっと家に閉じ籠ってろって言うの? あ、家じゃなくて、寺にいろって?」

「長栄寺にいた方が、少しは安全だと思う」

「いつも呪いなんてないって言っているのは崇文じゃん!」

「この前までは俺もそう思ってた! けど……」

 また言い争いになりそうになり、崇文は口を噤んだ。

 いがみ合いたいわけじゃない。けれど、この話題になると感情的になるのが抑えられない。どんな形であっても生きていて欲しいと願う崇文と、自由に行動できなければ生きている意味がないと考える司。重要視する部分がまるで違う。互いの意見は平行線どころか、むしろ対極に向かってどんどん離れてゆく。

「ありもしないものに怯えて閉じ込められるくらいなら、死んだほうがマシ」

「司!」

「死ぬ」なんて、冗談でも口にしてほしくない。どこに呪いの力が漂っているのかわからないのだから。

 ――ああ。現実主義者リアリストのつもりだったのに、すっかり毒され、今は一番自分が呪いを信じて怯えている。

 ついこの前まで、呪いなんて存在しないと、あれほど豪語していたのに。

「それにこのままだと、崇文も……」

 ふいに司が顔を上げ、縋るような目で見上げてきた。

「俺が、なに?」

「……」

 司は表情を歪めると、続きを言わずに俯いた。

 俺がなんだと言うのだ。司はなにを言いかけたのだろう。

 今は司の身を案じているのであって、自分自身のことはどうでもいい。崇文は先に歩いて行こうとする司の腕を捕まえた。

「司、聞いて」

「……なに」

 応える声音が今にも泣き出しそうで、内心狼狽えた。喧嘩したいわけでも、縛り付けたいわけでもない。ただ、今が決して安全な状況ではないことを、……呪いは案外、身近にまで迫っているかもしれないことを、わかってほしかった。

 内心の焦りをなんとか抑え、司に語り掛けた。

「仙台に行こう」

 司の歩みがぴたりと止まる。

「……何しに?」

「とにかく、調べに行こう。どうすれば呪いが消えるのか、俺自身もわからない。でも実際に自分たちの目で確かめてみよう。呪いの根源の女がまだ怒っているのなら、丁寧に弔おう」

「……」

「ただ怯えて逃げ隠れしているより、いいだろう?」

 司がゆっくりと顔を上げた。

「……怯えてるのは、崇文だけだけどね」と、薄く笑う。

 今日初めて、司がまともにこちらを見た。怒り顔をしているかと思ったが、案外穏やかな表情をしていた。怒っているというより、悲しんでいるように見えた。目が潤んでいるように見えるのは、外気の冷たさのせいだろうか。

 計り知れない、様々な感情が渦巻いた顔。

 いつも司のことを考えてきたはずなのに、肝心な時に、司の本心がまったくわからない。


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