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「――はい! こんばんは。オカルト倶楽部の早見です!」
「こんばんは。岸田です」
「今日は、とある住宅街の中にある心霊スポットに来ています。……実はですねー、ご存じの方も多いと思うんですが、ここに来るのは二回目なんですよ、二回目。最初に来たときにですね、ちょっとしたトラブルがありまして……。ね、岸田さん」
「そう。かなりビビりました」
「びっくりしたと言っても心霊現象が起きたわけじゃないですよ? どっちかというとヒトコワです。でもね、今日は大丈夫です。ちゃんとここで撮影する許可もらってますんで。では、住宅街の中の心霊スポット、再訪問です!」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします! ここが現場の『黒い家』です。いやー、二回目の訪問ですが相変わらず不気味ですね」
「まだ解体されてないんだ。なんで?」
「どうしてでしょうね……。やっぱり解体しようとすると霊障が起きるんじゃないでしょうか?」
「うわ、まだ臭い。火事の焼け跡って、こんなににおいが残るもんなの?」
「たしかに……臭いです……。なんて言うか、ゴミ処理場? 家畜とか、野性の動物とか、そういう系のにおいと言うんでしょうか」
「なんか腐った肉を焼いたような、強烈なにおい」
「立ち入り禁止のテープが貼ってあるんで中には入れないんですが、ぐるっと周りを映しますね。――小さな家です。壁はほとんど焼け落ちちゃってるんで、中が丸見えです。奥の方は……暗くて見えないか。おっと、ブロック塀があってこれ以上は進めないです。ここに住んでいたおばあさんが一人暮らしだったそうで、相当ゴミを溜めこんでいたらしいです……。それで、火事の焼け跡ではあるんですが、とにかく物が多い!」
「真っ黒の、謎のがれきがいっぱい転がってる。全部、焼けた家財道具かな。とにかく地面が見えないくらい、ものが積み重なってて……はっきり言って、幽霊が出なくても怖い雰囲気ではあるよな。で、早見さん。幽霊っていうのは、そのおばあさんの霊なんですか?」
「それは――」
「……」
「――おばあさんの霊かどうかは、わからないんですけど」
「わからないのかよ」
「あはは。深夜になると、この家の奥の方からなにか物音が聞こえてくるらしいんです」
「野良猫じゃないの?」
「猫じゃないです。もっと重いものが動くような音、何かが床を擦る音らしいです。それに、猫はあんながれきの下に潜り込まないでしょう」
「風が吹いて物が揺れたとか?」
「風ごときで揺れます? この家の中のもの。見てください、あんなに大っきいんですよ? たぶん箪笥とかだと思うんですけど、家の中に転がっているすべての炭が巨大なんですよ。見えますか皆さん。暗いからわかりづらいかな……」
「たしかにでかい箪笥とか、あれはマットレスかな、折り重なって焼け焦げてるよな。でもさ、」
「しっ!」
「なに?」
「……今、聞こえませんでした……?」
「なに? 俺は聞こえなかった」
「なにか物音がしたんですよ! ……ほら今!」
「……」
「岸田さん、今の聞こえ」
「おい! また来たんかお前ら!」
「出たっ、この前のジジイ」
「しっ。大丈夫、今回は許可取ってある。――お騒がせしてすみませーん。俺たちオカルト倶楽部と言って、ユーチューブに動画を配信してる、」
「うるさいんじゃお前ら! いい加減にしろっ!」
「……ちょっと、話を聞いてくださいよ。ちゃんと許可は取って、」
「帰れ! 勝手にひとんちを録るなっ!」
「おじいさんちを録ったりしてませんよ! ちゃんと許可取ってこの火事になった家の撮影を、」
「うるさいっ! お前らみたいな変な輩が出入りするから女子高生の事件なんかが起こるんだっ! この疫病神が!」
「なんですか女子高生って! 俺たち知らないっすよ、そんなの!」
「早見、早見っ、やめとこ。面倒なことになる。――すいませんした、お騒がせしました」
「夜中に近所迷惑だ!」
「そっちのほうがうるさいじゃないですか!」
「なんだと! この野郎!」
「早見っ、もう行こう」
「あっ、カメラに触んな! ちっ。行くって」
「この疫病神っ! もう二度と来るなー!」
「来るかっ!」
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二日ぶりにやってきた佐々木は、顔が煤けていて制服もひどく汚れていた。
「いったい何してきたんだよ? 大丈夫か?」
「大丈夫。大丈夫だけど、ちょっと洗面所借りてもいいか? うがいしたくて」
自宅へ招き入れると、佐々木は拝むポーズを取って洗面所に向かって行った。脇を掠めてゆく際、佐々木の制服からひどいにおいがして思わず顔をしかめる。産廃処理場のような、雑多なものが入り混じった悪臭がした。
「ありがとう。少しマシになった」
洗面所から戻ると、佐々木は一息ついたというように脱帽して髪をかきあげた。その頭髪からも、まだ少し焦げ臭いにおいがする。
「どこに行ってたんだ? ちょっとにおうぞ、お前」
申し訳ないと思いつつ、鼻を押さえて訊くと、佐々木が眉を下げた。
「清水のじいさんがさ、何度も注意してんだけど、庭の手製の焼却炉でゴミを焼くのよ。で、そのたびに煙とにおいがひどいって、近隣から通報がくるんだ」
「焼却炉? 家にあるのか?」
「家庭用の焼却炉は十年以上も前から禁止されてんのに、『うちは昔からこの方法でゴミを処理してる』の一点張りでさ」
「あー……」
「焼却炉のそばで押し問答してたら、喉がイガイガしてきて参ったよ。助かった」
頑固な高齢者を辛抱強く諭している佐々木の姿を思うと、思わず肩をさすってやりたくなった。交番勤務の仕事は、こういった地味でストレスフルなものの連続なのだろう。ドラマや映画の中では、警察官と言えば、事件を鮮やかに解決する華々しいイメージがあるが。
「清水さんって、毎回焼却炉でゴミ焼いてんのか? それはさすがに近所迷惑だろ」
「いつもは普通に集積所に出しているんだ。どうやら年末の大掃除で出た粗大ゴミを焼きたかったらしい。処理料金を出したくないんだって」
あまりにも身勝手な理由に言葉も出ない。
「……お前も大変だな」
「はは……。清水さん、悪いひとではないんだけどな」
寛大な佐々木は、ただ眉を下げるばかりだ。
悪いひとではないとしても、ルールには従ってほしいものだ。職業柄とは言え寛大過ぎる佐々木を、尊敬半分、呆れ半分の気持ちで見やる。
「でも、清水さんと言ったら、この前火事になった落合さんの家の隣じゃないか。まさか落合さんとこの火事の原因は、」
「それはない。落合さんの出火原因は、居間で使っていた暖房器具だってはっきりしてるんだ。それに清水さんが粗大ゴミを焼こうとしたのもここ最近で、火事があった後だし」
「それにしても危ないだろ」
崇文は溜息を吐いた。
清水家は自宅でゴミを燃やし、隣の落合家は火事跡を放置。付近に住む人間はたまったものではないだろう。