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第13話 火事現場からの心霊レポート

「気をつけて帰れよ」

「うん」

 玄関で靴を履く司の後ろ姿を見ていたら、すっかり大きくなった、などと父親じみた気分になった。

 ダウンジャケットを着た司の背中はしっかりと広く、後ろ姿だけを見ると、一見して女なのか男なのかわからない。中学まではクラスでも小柄なほうだった司だが、高校一年の夏休みで、一気に百七十まで背が伸びた。男子にしては平均的、女子にしては大きいほうだった。

「じゃあ、おやすみ」

 振り返る顔は、周囲にいる誰よりも繊細な美貌なものだから、いつも脳が混乱してしまう。

(男だってこと、いまだに忘れかけるよ)


 祖母に連れられた司を初めて見たとき、すっかり女の子だと思い込んでいた。

 大きな瞳や、それを縁取る長い睫毛、兄や自分とはまったく違う、肌理の細かい白い頬。顔の造りが少女めいていたし、栗色の髪の毛は、耳が隠れるくらいの長さだった。

 母は、毎日司に手製のワンピースを着せ、時間をかけて髪を梳いてやっていた。自分らが男二人兄弟だったから、女の子を育てるのがよっぽど嬉しかったのだろうと、幼心に感じていた。


 司が三峰家に来てひと月ほど経った頃、思いがけない形で、司が男だと思い知らされる出来事があった。

 母に頼まれ、司と一緒におつかいに出たときだ。

 商店街の、何度か父と一緒に訪れたことのある仏具屋で蝋燭を買うという、簡単な買い物だった。

 仏具屋の主人は、子ども二人で買い物に来たことをたいそう褒めてくれた。司と崇文の頭を撫で、お使いの蝋燭のほかに、ジュースを一本ずつプレゼントしてくれた。

「ありがとうございます」

 礼の言葉を述べると、主人は蕩けそうなほど目尻を下げた。

「偉いなぁ。気を付けて帰るんだよ」

 当然、家に帰るまでの道中でジュースを空けた。暑い日だったのでありがたかった。

 お使いは、食品のように傷む心配もなかったので、公園にも寄り道した。寺と商店街との間に大きな滑り台のある公園があり、かねてより司を連れて行きたいと思っていたのだ。 

 ちょうど正午という時間帯のせいか、公園は人が少なく、存分に遊ぶことができた。

 しばらくすると、うっすらと尿意を感じ始めた。だが、遊びを中断するのが惜しい。まだ大丈夫、まだ大丈夫と誤魔化しているうちに、家まで我慢できないほどのっぴきならない状態になってしまった。場所を選んでいる余裕などなく、崇文は公園の奥のほうにある木の茂みに飛び込んだ。

 似たような状態だったのだろう、司が膝を擦り合わせる珍妙な走り方で後ろをついてきた。お互いに適当な茂みで済まそうと背を向けると、どうしてか司が、靴が触れ合うほどすぐそばに並び立った。

「?」

 もしや、まだ一人で用を足せないのだろうか? 女の子のトイレの手助けなど、したことがない。どうしようと焦っていると、司は立ったままスカートをたくし上げ、躊躇なくパンツを下ろした。

「?!!」

 後にも先にも、あれほど驚いたことはない。ひとは本当に驚くと声が出なくなるものだ。

「妹」だと思っていたのに――。

 視覚で「男」だと突きつけられ、脳が動きを停止した。これまでの司のイメージと、今見ている光景とがうまく結びつかず、崇文は呆然と立ち尽くした。

 立ったまま用を足し終え、スカートを元に戻すと、司は「用を足さなくて大丈夫なのか?」とでも言うようにこちらを見上げてきた。大きな瞳とそれを縁取る長い睫毛。学校で見る女子の、誰よりも可愛らしい顔立ち。髪は少し伸びて、顎に届くくらいになっていた。

 限界だったはずの尿意はすっかり引っこんだ。

 震える手で司の手を取り、飛ぶような勢いで家に帰った。それでも、ショックを受けているのを司に悟られてはいけないと、なんとか普通の顔を取り繕った。自分のこの、説明のできないおかしな感情のせいで、司を傷つけてはいけないと思った。

「お母さん!」

 玄関先で叫ぶと、母が飛んできた。崇文のただならぬ様子に、状況を察したようだった。母は、司を奥の部屋へ連れて行くと、玄関先で立ち尽くす崇文に一言、「夜にお話ししましょう」とだけ声を掛けた。

 何も手に着かないまま夜を迎え、司が寝入ってから、仏間で母と向かい合った。

「俺、俺、司のこと……ずっと女の子だと」

 すべてを言い終わらぬうちに、母が唇の前に人差し指を立てた。

 しぃー、と、密やかに息を吐く。

「――司は女の子よ。あなたの妹」

「え……、だって、」

 なぜ女の子のふりをしているのか、囁くように母に尋ねた。

「そうしなければ、司は死んでしまうの」

 母は、神妙な顔つきで、とてもすぐには信じられない話を語り始めた――。


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