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第12話 火事現場からの心霊レポート

「とにかく! 俺は忙しいんだ。女子高生の事件のほかにも、清水のじいさんが庭でゴミを焼いているだとか、渡辺さんの粗大ゴミが隣りの敷地にまで侵入しているだとか」

 急に牧歌的な事件の話になり、重苦しい空気が和んだ。

「なんでそんなにゴミに関する揉め事ばかりなんだ」

 思わず笑いながら言うと、佐々木はしかつめらしい顔を向けてきた。

「ゴミ問題は案外深刻なんだぞ?」

 都心の西側に比べ、このあたりは高齢者の一人暮らしが多い。物の乏しい時代に生まれた彼らは、あらゆる物を大事にする。一度手にしたものは滅多に捨てないため、家がゴミ屋敷化しやすい。

 先々代の住職である崇文の祖父もそうだった。祖父の遺品整理をした際、収納から見たことのない不用品が出てくるわ、出てくるわ――。虫の喰った着物、使われていない仏具、書物、中身のない空き箱や袋がわんさか出て来た。父と手分けしても、片付けに丸二日かかった。清貧を心掛ける僧侶ですらそうなのだから、一般家庭はこの比ではないだろう。

 我が家のように家族が介入して片付けられればいいが、独居老人の家ともなると難しい。無理に第三者が介入しようものなら「他人が口を出すな」と逆上しかねない。ネズミや害虫の発生、悪臭問題に耐えかねた近隣の者は、最後の手段として警察に通報し、佐々木らお巡りさんの出番となる。

「ネズミだゴキブリだってのも問題だが、落合さん宅の二の舞になったらことだ」

「ああ、あの火事か」

 先日、住宅街のど真ん中で火事があり、住宅が全焼した。

 住んでいたのは、落合ヒロ子、七十八歳。一人暮らし。ゴミの積みあがった居間で石油ストーブを使い、引火してしまったらしい。

「被害者が出なくてよかった」

 密集した住宅街での火事だったが、火はすぐに消し止められた。落合さん自身もすぐさま避難し、死傷者が出なかったのがせめてもの救いだった。

 ごちそうさま、と律儀に頭を下げ、佐々木が立ち上がった。

「そろそろ行くわ。司ちゃんも来ないし」

「……」

 ぼそりと呟いた最後の一言に、お茶を二杯も飲んだ理由を悟る。やけに長居をすると思ったら、司が顔を出すのをひそかに期待していたのか。

「空気が乾燥してるから、お前のとこも火事には充分気をつけろよ」

「いつから消防士になったんだ」

「住民の平和を守るって意味では一緒だ」

 くさいセリフだが、英雄気質の佐々木は本気で言っているのかもしれない。背筋がむずむずとした。

「じゃあ」

 崇文の鼻白んだ顔に気づきもせず、佐々木は後ろ手に手を振り、自転車で去って行った。非番なので、私物のキャノンデールのクロスバイクである。

「司が目的かよ」

 ちゃんと本腰を入れて賽銭泥棒の調査をしてくれたのだろうかと、やや不安になった。



「いくらくらい盗まれたの、お賽銭」

「平日だったから数千円。戻ってこないだろうって、佐々木に言われたよ」

 食器を拭いていた司が、手を止めてこちらを見た。

「佐々木くんが来てくれたんだ」

「……」

 声に弾んだものを感じて、思わず司の表情を探ってしまう。

 三峰家での夕食後である。母は入浴に、父はその介助で一緒に風呂場へ行っている。崇文は司と並んで、四人分の食器を片付けていた。

「――来たよ。佐々木に何か用でもあった?」

 できるだけ平静を装い、内心の苛立ちを隠して訊くと、司はううん、とかぶりを振った。

「あの女子高生の事件、どうなってるのか聞きたかっただけ。興味本位でこういうこと訊くの、よくないってわかってはいるんだけど……」

 どうしても気になっちゃって、と恥ずかしそうに俯く。佐々木自身を心待ちにしていたのではないとわかり、崇文こそ自分の器の小ささに恥ずかしくなった。

(お釈迦様、すみません……)

 司がモテるのは今に始まったことではない。それなのに、どうしてか近ごろ、司を取り巻く人間関係が気になってならない。

「母校の生徒だと思うと、どうしても気になるよね」

「まあ、な……。佐々木に聞いたけど、あまり捜査に進展ないみたいだ。って言っても、俺たちに捜査状況を全部話しているとは思えないけど」

「早く見つかるといいね」

「ああ」

 もちろん元気な姿で見つかってほしいが、家族からしたらどんな姿であっても帰ってきてほしいだろう。ずっと行方知れずのままでは、子がどこかで助けを求めているのではないかと、親は永遠に苦しむ。

「――本当に、早く見つかるといいな」

 できれば元気な姿で――。

 司の手から雫が落ちているのに気づき、崇文は肘で隣りをつついた。

「……司、司、ちゃんと拭いてくれ。水分が残ってるとグラスに拭きスジが残る」

 ふ、と我に返り、司が目を吊り上げた。

こまか。いいじゃん、それくらい。ただの水なんだから。崇文こそもっとちゃんとスポンジで擦ってよ。これ、まだぬるついてる」

 洗ったばかりの皿を二枚ほどシンクに戻される。汚れそのものを気にする司と、仕上がりを重視する崇文とで、食後の片づけではしょっちゅうバトルになった。では皿洗いと食器拭きの役割を交代すれば解決かというと、今度は互いに「時間がかかり過ぎだ」と責め合いまたバトルになる。

 言い合っているうちに、司の表情に明るさが戻ってきた。

「行方不明の子も可哀そうだけどさ、同じ高校に通ってる子たちも不安だと思うんだ。友達が急にいなくなったこと自体もショックだし、自分も攫われるんじゃないかって怖いと思う」

「ああ、たしかに」

「同じ学校の子たちだけじゃない。他校の子だって不安を感じてると思う。自分の住んでいる地域で、しかも自分と同年代の子が行方不明だなんて、ショックだよ」

 そんなふうに考えていたのかと、純粋に驚く。自分は、行方不明の本人や家族のことばかり心配していた。

 同じ学校に通う生徒たち。事件を聞いた、地域の高校生たち。司の言うように、不安を抱えて登校している者も多いだろう。

「学校側もケアしてるとは思うんだけど」

 司が気遣わしげに息を吐いた。

 優しさにも種類があるが、司はひとの気づかないところや細やかな部分に目配りがきく。弱きを助け強きを挫く、ではないが、常に弱い者に寄り添ってものを考える。先日の本庄恵の一件でもそうだった。

「みんなの気持ちが落ち着くように……、そうだ! 崇文、法話でもしに行ったら?」

 司の提案に、崇文は眉をひそめた。

「力になってあげたいとは思うけど、高校生が坊さんの法話を喜ぶと思うか? 寝るだろ」

 真剣な顔つきでこちらを見ていた司だが、崇文の溜息まじりのぼやきを聞いて笑い出した。

「寝るね。お父さんが涅槃会ねはんえの日に講演に来たとき、私、寝たもん」

 崇文たちが通った高校は仏教系の学園だったため、四季折々の行事で現役の僧侶が説法を聞かせにきた。

「俺も寝たよ。親父の話はくどくて長いんだよ」

「ちょっと、長いよね」

 司が申し訳なさそうに笑う。

「性格はせっかちなくせに、話は長いってどうゆうことなんだ」

 早口なわりにいつまでも結論に向かわない父の話を思い出し、司と二人で少し笑った。

 退屈な授業や講義で思わず寝てしまう。そんなこれまで通りの日常を高校生たちが過ごせるよう、心から願った。

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