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3-11.ライラと、自由

 王妃は、「未来の話をしよう」と言った。ライラは思わず身構えてしまった。選挙の話をされても、ライラには何もわからないからだ。


 しかし王妃が口にしたのは、

「『角が万能薬になる」なんて迷信のせいで、竜人族は他種族から長らく迫害されてきたという歴史がある。あなたは地上最後の竜人族だから、何者かから身の安全を脅かされる可能性もゼロではない……。よって、あなたのことは国で手厚く保護すべきだと、私は考えているの」

 ……ライラの、身の安全のことだった。


「帰る場所を失って、不安な気持ちでいることでしょう。心の傷が癒えるまで、城で過ごすのもよし。竜人族特有の戦闘力を活かし軍に属して、国を支える礎となるのもよし。場所は一般には秘匿されることになるけれど、好きな土地で静かに暮らすもよし……。これからの生き方を選ぶのは、ライラさんよ」

 並べ立てられた、誠実さに満ちた言葉たち。

 灰色の強い瞳は、まっすぐにライラを射抜く。

「さあ。望みを仰ってみて?」

 灰色の強い瞳は、嘘も偽りも遠慮も許さない。


 だからライラも、本心を口にした。


「……ボクは……世界を知りたいです。う、生まれてこのかた、里から出たことがなかったのです。今まで機会に恵まれなくて。やっと出られたと思ったら、怪しいオークションにかけられそうになって。ですから、まだほんの少ししかこの国のことも、世界のことも知らないのです。……だからこそ、ボクはこの世界のことをもっと知りたいと思っています」

 震える唇で、しどろもどろになりながらもライラは続けた。

「もし、なにかひとつ望みを叶えてくださるというなら……どうかボクに自由をください。この世界を知るための、自由をください」


 予想外の返答に面食らったのか、王妃は少しだけ首を傾げた。

「“自由”……ですか。モンブラン、こちらへ」

「はっ、殿下」

 ライラの後方にいたキッドが、王妃の足元に膝をつく。

「報告書によれば、ライラさんは現在、十五歳ということでしたね」

「左様にございます」

「ライラさん、あなた、十六歳になるのはいつかしら」

「え? えっと、次の春です。三月十四日です」

「竜人族の成人規定にはあと半年足りないと……ふむ」

 口元に指を運び、なにやら考え込むようなポーズを彼女はしてみせたが、それも僅かな時間でしかなかった。


「では、ライラさん。半年です。次期国王陛下を決める選挙までの残り半年間、モンブラン隊の遠征に同行することを許可します」


 その言葉に、ライラの胸中は一気に華やいだ。

 モンブラン隊の遠征に同行できるということは、堂々とアルの傍にいられるということだ。アルの傍で世界を見て回ることを、王妃直々に許されたのだ。


「この国を知り、世界を知るのです。世界を知ったあなたが、三人の王子の中から誰を次期国王陛下に選出するのか……わたくしは楽しみにしています」

「は、はいっ」

「それから──モンブラン。ライラさんの住まいや身の回りのことなどは、すべてモンブラン隊に一任します。予算の件は評議会にて、報告を待っています」

「はっ」


 王妃はああそれから、と再び口を開いた。

「ライラさん……あなたとの謁見を果たしたからには、陛下の崩御を近く公表することになるのだけれど……同時に、竜人族の里が滅ぼされたこと、ライラさんだけが生き残ったことも、正式に公表することになる。心得ておいてちょうだいね」

「は、はい」

 当然のことと思えた。いくら次期国王が決まっていないからといって、いつまでも秘匿できるものではないはずだ。

「それから……次男だけは、あいにく遠征中で不在なのだけれど。息子たちは今、城の中にいるの。特に長男は竜人族の里の件で、心を痛めていたわ。挨拶だけでもしてくれると嬉しいわ」


 王妃だけでもこんなに緊張するのに、加えて王子二人とも謁見しなくてはならないなんて。そう思っても、否とは言えない。

「よ、喜んで!」

「ライラさん」

「はいっ」

「竜人族の文化にわたくし、とても興味があるの。時々でもいいから、わたくしのお茶の時間にもお付き合いくださいね」

「はいっ……ぜひ!」

 海賊の青年から聞いた話よりも、実際に会った彼女の穏やかさにライラは心が晴れていた。人の噂なんて当てにならないものだ、と。


 謁見の間から退いて、扉が閉じる前に振り返る。

 王妃の優しい笑みと白い花々が、ライラの背中を見送ってくれていた。



「はーっ、さすがのおっさんもちょっと緊張しちゃったわ……」

扉から離れ、人気も失せたところで、キッドが溜め息とともにそんなセリフを吐く。

「ボクも緊張しちゃいました。けど王妃様、すごく優しいお方でしたね」

 優しかったのは言葉の使い方や眼差しだけではない。選挙の話をもっと振られてもおかしくなかったのに、ほとんどその話題を彼女は出さなかったのだ。まるでライラが政治に関して無知なのを見越して、気遣ってくれたようだった。

「ね? おっさんの言ったとおりでしょ、手厚い歓迎になるよって。普通、同じテーブルでお茶なんか飲まないからね」

「そ、そうですよね」


 螺旋状の階段を下り、とある廊下に差し掛かるとキッドが振り返る。

「王子殿下の謁見の申請をしてくるから、ちょっと待っててね」

 ライラは走り去るキッドの背中を見送った。なるほど、王族との謁見にはいちいち許可が要るのだなと感心していると──背後からの気配。

 一体誰だろうと振り返ったその瞬間、細長い指が視界に飛び込んできた。

 その白く細長い指は、ライラの腰まで伸びた髪を掬う。まるで接吻でもするかのように唇に近づけ、指の持ち主である男はたった一言、それを口にした。


「……………………美しい……………………」


 長い。余韻が長い。

 けれどそんなセリフを発した彼自身がとても美しい容姿をしていたので、ライラはただ固まってしまった。顔のパーツひとつひとつになんの歪みもなく、その完璧なまでの配置は、オークション会場の舞台裏に並んでいた彫刻をも思わせる。切れ長の灰色の瞳は、少しもぶれることなくまっすぐにライラを見つめていた。


「……神というのは、なかなか残酷なことをなさる。手に取ってしまいたくなるほど美しい緑の宝石を、君の瞳に代えて閉じ込めてしまうなんてね……」

 同じ言語を使っているはずなのに、不思議だ。彼が何を口にしているのか、ライラにはわからない。おそらく目の色を褒められているらしい……のは、なんとなく理解できたのだけれど。

「あ、ありがとうございます?」

「おお、声まで愛らしいとは……。素晴らしい、実に素晴らしいよ! ぜひ自室に招待して、いろいろ保存してしまいたい!」


 その時、ようやくライラは理解した。

(まずい、この人、やばい人だ!)

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