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2-5.ライラと、野宿

 アルが紫煙を燻らせている様はいかにも大人っぽくて、とても眩しい光景にライラには思えた。七歳差という数字が余計にそう感じさせたのかもしれない。


(七つも歳が離れてたら、ボクのことなんてまだまだ子供だって思ってるだろうし。きっと友達なんて思ってもらえないよね……)


 パチ、パチパチ。揺らめく炎がライラを誘う。

「ねえ。ボクも少し、焚火であったまってもいい?」

「好きにしろ」


 許可が下りたので、焚火を挟む形で向かい合って座る。どうせならアルの隣がよかったけれど、避けられたら嫌だな、と思ったのだ。手をかざせば、焚火の熱が溜め息を誘った。


「……なぜ、街の男がなにか隠していると思った?」

 アルの不意の問いかけに、ライラは少しだけ唾を飲んだ。

「な、なんとなくだよ。アルくんって見るからに只者じゃないっていうか、忙しそうな人に見えるから。そういう人と雑談するのって、勇気が要るかもしれないなって思ったんだ」


 半分、嘘をついた。あの男性はアルを見上げた瞬間、気迫に圧されたのか目を見開いていた。ライラは悟ったのだ。男性が、アルとの会話を早めに切り上げようとしていることを。そこに立っているだけで威圧感を与えてしまう彼はおそらく、聞き込みには絶望的に向いていない。


「ほら、少なくともボクは、そんなに忙しそうには見えないでしょ?」

「はっ、なるほどな。おまえを連れ立って歩く利点がようやく見つかったな」

 アルの皮肉にも気づかず、ライラの胸中はぱあっと華やぐ。

「えへへ。ね……、ボクも、少しは役に立てたかな?」

 マグを片手に、アルは勢いよくハーブティを飲み干した。

「異音がするのは、夜。決まってあの巨塔が現れるタイミングらしい」

 流されてしまった。なかなか褒めてもらえない。

「それってつまり、今夜ってことだよね」

「ああ」


 緑色の空を見上げる。昼間に消えたはずの巨塔はいま、月の光を浴びて仄かに反射していた。


「あのおじさんの話では、ゴオオオオ、ブオブオブオブオー、みたいな音がしたらしいけど。なんだろうね、動物の遠吠えとか?」

「さあな。山鳴りとも思えないが」

 ふうと吐き出される煙。漂う甘い香りに、頭の中がくらくらしてしまう。つい気を取られて会話が止まってしまった。もっと彼と話していたいのに。


「……ねえ。話は変わっちゃうけど、モンブラン隊の隊長ってどんな人なの?」

 ライラの頭の中には筋骨隆々、アルよりも大柄な男性の姿があった。「近衛騎士の隊長」という情報と貧しい想像力では、そのパターンしか思いつかない。けれどアルは、

「ただのおっさんだ」

 たった一言で片付けてしまった。


「……陛下の件でも思ってたんだけど。そんな言い方していいの?」

 上司だろうに。それも上下関係に厳しいだろう、近衛騎士団の。

「おっさんはおっさんなんだから、仕方ないだろ」

「もう、もっとちゃんと教えてよ!」

「近いうちに会えるんだからそれでいいだろう」

 取り付く島もないとはこのことか。再び会話が止まってしまった。


「うう、じ、じゃあ、王子様たちのことを教えてよ! どんな人たちなのか知っておかないと緊張しちゃうし、変なこと口走って不敬罪で打ち首になっちゃうかもしれないよ!」

「……いいだろう。おまえに死なれるのは、俺も困る」



 ライラは「王子様」という存在そのものに興味があったし、この国の王子様たちがどんな人たちなのかを知りたかった、のだが。


「長男のユークレースは、派手好きの骨董マニアだ。頭は良いし見た目も華やか、そのうえ交渉力もずば抜けているが、幼いころから体が弱い。年に一度の御前試合も毎年不参加だ。剣を握ったところなんか、誰も見たことがないんじゃないか。握ったところで、剣に振り回されるのがオチだろうが」

 アルのほうがよほど不敬罪で打ち首になりそうだ。よくぞ今まで生きてこられたものだと背筋が冷えていく。そこを指摘したところで、「ただの事実だ」と何食わぬ顔で言ってのけそうで恐ろしい。


「……ところで、御前試合ってなんなの?」

「国中から腕に自信のある騎士を募り、互いに競わせ、勝ち抜き方式で優勝者を決める催しだ。実践に近い訓練という側面もあるが、新人騎士がどの隊に入隊を希望するのかの目安にもなる」

「へえ、国中から強い人が集まってくるなんて、すごいね」

 アルくんも参加するの、なんて質問が喉から出かかったが、どんどん話が逸れていってしまいそうだ。おとなしく話の続きを待つに留めると、アルが再び口を開く。


「次男のサイファーは……捉えどころのない性格をしているな。飄々としているというか、活力を感じさせない。ユーシュヴァルの紛争も、設計士が行方不明になったせいで頓挫している機関車の開発整備も、部下に投げっぱなしだ。だが槍術が得意で、御前試合では常に好成績を叩き出している。その強さに惹かれるのか、奴の抱える隊には血気盛んな連中が多い」


 アルの説明に、ライラはふむふむ、と咀嚼する。まとめると長男は頭脳系、次男はパワー系といったところか。


「機関車って、ものすごく速く走れるっていうあの乗り物? 乗り物図鑑で見たことある!」

「速さも誇るべき点だが、一度に大量の人材や資材を運べるというのが大きいな。計画は滞っているがもし再開されれば、国はさらに経済的に発展することになるだろう。イデアル平原に開通させることができれば、ユーシュヴァルだけじゃなくハディントンシティも巨大商業都市と認定されるようになるはずだ」


 ライラは知らず知らずのうちにニコニコしていた。きっと、暇だから、質問されたから、でしかないのだろうけれど、アルがたくさん話してくれるから。それに、国の政策のことを話している時は、彼の気分がわずかに浮上しているような気もして。


 けれど、

「ねえねえ、三番目の王子様は、どんな人なの?」

 ライラがそう問いかけてから。アルの瞼に、深い陰が落ちたようだった。


「……三番目は」


 その瞬間、空気の震え。同時に耳に届く轟音。

 近くではないが、ユーシュヴァルの夜の街をゴウゴウゴウゴウ、と不気味な音が包んでいく。


「な、なに? こんな音、聞いたことないよ……?」

「来たか」

 アルは立ち上がり、目をつぶる。音の出所を探っているのだろう。ライラは喉を上下させながらその様子を見守るしかない。彼は再び瞼を開くと、カバンから何かを取り出した。


「おまえはここで待っていろ。腹が空いたらこれを食え。緊急事態に陥ったらこれを吹くといい、俺の耳に届く」

 口早の命令に、脳内処理が追い付かない。白いパンと小さな角笛を慌てて受け取るも、まさか置いて行かれるとは思わなかった。既にアルはライラに背を向けている。


「そ、そんな! ボクも行くよ!」

 振り返る彼の表情からは、隠すつもりもなさそうな呆れが滲み出ていた。

「おまえに何ができる? よく考えろ」

 そのまま、アルは森の奥へと姿を消してしまった。


「……何ができるって言われたって」


 ぽつん。取り残されたライラは、手のひらに収まる笛とパンを見つめる。

 自分にできることはこの二つしかないのだと言われているみたいだ。


 こういうとき、夢想してしまう。もし自分が『英雄物語』の王子様だったら。きっとアルも喜んで調査に同行させてくれたことだろう。そういえば歳も近いし、友達にもなれたかもしれない。

 ライラはそう思うと深く長いため息をついた。


(でも、しょうがないじゃないか。ボクは、王子様にはなれないんだから……)


 パチパチ、パチパチ。焚き火が、ライラを急かすように音を立てる。

 その音に紛れたのかもしれない。その火に魅入られていたからかもしれない。


 背後から近づいてくる複数の気配に、ライラは気づくことができなかった。



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