翌朝、今度は鈴木が登校してきていなかった。
もう、悪い予感しかしない。
案の定、ホームルームで担任から鈴木の死が告げられた。
今日も呪いだとみんな、ひそひそと話していた。
聞こえよがしに次に死ぬのは僕だと言うものもいる。
じっと身を丸め、それら心ない声に耐えた。
「……はぁーっ」
昨日と同じ屋上へと続く階段の踊り場でひとりお弁当を広げていたが、中身は全然減っていない。
ため息をついて諦め、蓋をして傍らに置いた。
携帯を取り出し、ニュースをさらう。
鈴木の死因は粗悪品のVRゴーグルが暴発し、運悪くネジが両目から脳に貫通したからだった。
「……地をさすは矛。
天をさすは指」
異形の言葉が蘇る。
佐々木はあの、持っている矛で刺し殺されたんじゃないだろうか。
鈴木は指で目を突かれた。
人が聞けば笑うだろうが、僕としてはそうとしか思えなかった。
「なんと答えるのが正解なのだろう……」
そんなの、いくら考えたところでわからない。
とりあえず思いついたことがあり、僕は放課後、実行に移した。
「こんなものかな……」
僕の目の前には随分不格好ながら、修復された祠が建っていた。
授業が終わって速攻で近くの百均に駆け込み、木材や釘、トンカチと鋸を調達してきた。
元祠の廃材にそれらを加え、どうにか祠を修復したというわけだ。
「壊してすみませんでした!
どうかこれで許してくれますように!」
それが正しいのかわからないが、柏手を打って祈ってみた。
これでダメならもう、覚悟を決めるしかない。
「おーおー、ゴミが立派なゴミになったな」
聞こえてきた、のんびりとした声の主は僕と並んで立った。
興味深そうに彼――忌宮先生は咥え煙草で、しげしげと僕が直した祠を観察している。
「ゴミって……」
確かに不器用な僕が直したそれは、ビフォアーアフターがあまり変わっているようには見えない。
「まー、こんなんじゃアイツは許してくれないと思うけどな」
煙草をひとくち吸い、先生はにかっと爽やかに笑った。
「そんな……」
「ま、せいぜい頑張れ」
慰めるにしては軽い調子で肩を叩き、ひらひらと手を振りながら去っていった。
その背中を絶望に打ちひしがれて立ち尽くし、見つめる。
「……帰ろう」
今日はたぶん、僕の人生最後の日だ。
せめて両親に今まで育ててくれた感謝を伝え、少しでも後悔のないように逝きたい。
あ、冷凍庫に入れたままの、限定アイスも食べておかなければ。
今晩、死ぬなんて両親には言えず、なんとなく笑って最後の夜を過ごす。
アイスは忘れずに食べ、オタグッズの処分方法なんかをノートに書いておく。
一緒に、両親への感謝も書いた。
「いよいよ、か」
ベッドに入ったが興奮しているのか寝付けない。
いや、このまま眠らなければ生き延びられるのではないかと考えている自分がいる。
そんなの、無理なのに。
眠らないように頑張っていたが、いつの間にかうとうとしてしまったようだ。
気づけばいつもの、真っ暗闇の中にいた。
「地をさすは矛。
天をさすは指。
では人をさすのは」
ぬーっと異形が鼻を突き合わせる距離にまで顔を近づけてくる。
おかげでなんともいえない生臭い息がかかった。
「……わからない。
そんなの、知らない」
じりじりと下がり、距離を作る。
ある程度、離れたところで振り返った先は異形の顔があった。
「地をさすは矛。
天をさすは指。
では人をさすのは」
「ひっ」
無様に悲鳴を上げ、その場に尻餅をついた。
再び異形が僕に顔を近づけてくる。
「では人をさすのは」
きっと矛と答えれば佐々木のようにその矛で刺し殺される。
指と答えれば鈴木のように指で目を突かれる。
それ以外でさされても死なないものと考えるが、なにも思いつかない。
「では人をさすのは」
チャッと鋭い音がし、異形が矛をかまえたのがわかった。
答えなくてもあれで刺されて殺されるなんて理不尽だ。
「では人をさすのは……!」
「赦して。
赦してください……」
異形が腕を大きく引き、矛をかまえる。
両腕で身体を庇い、情けなくガタガタと震えるしか僕はできなかった。
もうこれで、死ぬんだ。
怯えながらそのときを待ったが。
「人をさしていいわけねーだろうがっ!」
突然、大きな声が響き渡ったかと思ったら、がつん!と鈍い音がした。
おそるおそる目を開けると白衣の男が見えた。
「人様に刃物を向けてはいけませんって、親に習わなかったのか?」
そう言いつつ、雑にガツガツと倒れている異形に男――忌宮先生は蹴りを入れている。
「ひぃっ!
ひぃっ!」
今度は異形が両腕で頭を庇い身体を小さく丸めているが、先生はおかまいなしに蹴りを入れ続けていた。
そのうち、黒い煙になって異形が――消えた。
「ったくよー」
面倒臭そうに言い、先生は僕を立たせようと腕を掴みかけたが、なにかに気づいたかのようにやめた。
僕が自力で立ち上がるあいだに、先生が白衣のポケットから煙草を取り出して火をつける。
「え、なんで?
というかここ、僕の夢……」
なにが起こっているのかいまいち理解ができない。
どうして忌宮先生が僕の夢に出てきているんだ?
「あー。
ちぃっとコツを掴めば、人の夢に入るのなんて簡単よ」
可笑しそうににしにしと笑い、先生はふーっと煙を吐き出した。
「でもなんで、僕を助けてくれたんですか?」
僕らなんて助ける義理はないと先生は言っていた。
それがなんで、助けてくれたんだろう。
「あ?
教師が生徒を守るのは当たり前だろ?」
「えっと……」
先生は若干、不機嫌そうで、なにか間違ったことでも言ったのかと怯えた。
それにこのあいだは、僕らは守る価値もないと言ったではないか。
「お前はちゃんと、反省したからな。
まともな生徒は守ってやる。
それだけだ」
「えっ、ちょっと!」
乱雑に先生が僕の頭を撫で回してくる。
それでようやく、僕は助かったのだという実感が湧いてきた。
「……僕、助かったんだ」
気が緩んだ途端、涙がぽろりと転がり落ちた。
「うっ、うっ……」
それを皮切りに涙は次々に落ちていく。
きっと今晩、死ぬのだとばかり思っていた。
それがこうやって、生きている。
「これに懲りてもう、自分がやりたくないことはやるな。
友達は選べ」
慰めるように先生が僕の頭をぽんぽんと軽く叩く。
先生には僕が、ただ佐々木と鈴木に従ってなにも考えず、やったとわかっていたんだ。
「……そう、します」
涙を拭い、先生を見上げる。
だいたい、仲間はずれにされるのが怖いからと自分の意志を殺し、彼らに従っていたのが悪かったのだ。
彼らの仲間に入ったところでやはり、僕は仲間内カーストの最下層で、彼らにいいように使われていただけなのに。
これからはもっと自分の意志を持ち、自分自身の考えで行動しよう。
いくら友達でも、嫌なものははっきりと拒否する。
それで仲間はずれにされても、犯罪まがいの行いをしてこんな事態になるよりはいい。
「じゃー、俺はそろそろ行くわー」
手をひらひらと振りながら先生が去っていく。
その背中に頭を下げた。
先生の姿が見えなくなって、目が覚めた。
「朝だ……」
カーテンの向こうが白々と明るくなりはじめる。
僕には来なかったはずの朝が、来た。