「よーし、裏門開いてたーー。さぁ、肝試しだー。ってあれ……、五所さんと……裕之ぃ?」
聞こえてきたのは複数の男子生徒のざわざわとした声と、そして、自分達を見つけた、という様子の健太の声だった。
「健太? なんでこんなところに」
憂紀は慌てて姿を隠そうとしたが、それより早く裕之が返事をしてしまう。良くも悪くも直なのが裕之のいいところである、と言うのは、既に憂紀も理解し始めていたが、何もこんなところで素直さが発揮されなくてもいいのではないか、と憂紀は嘆息する。
「おぉ、やっぱ裕之だよな」
健太が二人の元に近づいてくる。
「で、こっちは五所さん?」
「……、えぇ、ほぼ初めましてね、木村君」
「おぉ、やっぱ五所さんですよね」
健太が頷く。
健太を追って数人の男子がやってくる。
「で、裕之。こんなところで、五所さんと何を?」
当然の疑問に健太が行き当たる。
「えーっとそれは……」
裕之が答えるか悩む、と言うそぶりを見せつつ、チラリと憂紀を見る。
以前に嘘をついて裕之を助けた実績があるので、今回もなんとかなるのではないか、とちょっと期待である。
当然、裕之とて憂紀に丸投げするつもりはないが、とはいえ、下手な言い訳をして、憂紀が用意していたカバーストーリーと矛盾しても困る。
そんなわけで、憂紀の方をチラリと見ている裕之なのである。
一方の憂紀は、勝手な言い訳をせずこちらの様子を伺ってくれるのは、勝手に言い訳をしなかった分助かったが、その一方で、憂紀にも言い訳が特に思いつかないと言うのも事実であった。
何せ、憂紀としては「夜の学校にいた」と言う情報が確定されるだけで嫌なのだ。本当は無視して姿を隠し、「あれ、気のせいだったかなぁ?」となれば良し、そこまではいかなくても最悪「いた」と言う噂こそ立つが、証拠はない、と言う状況に留めておきたかった。
ともかく、憂紀にとっての最善は既に失われている。
残るはダメージをどれだけ最小限に抑えるか、だ。
最初に気にするべきは、裕之の扱いをどうするか、だろう。一緒にいたと思われているが、たまたま出会ったのか、最初から一緒に学校にいたのか、だけでも違うはずだ。
次に気にするべきは、夜の学校にいる理由だ。どんな理由なら自分のイメージを毀損せず、かつ、いておかしくないと思ってもらえるだろうか。
とりあえず、前者については裕之と自分はバラバラに来た、と主張しておくべきだろう。
憂紀は必死で、そして高速で、思考している。けれど、人間の思考速度には限界があり、既に沈黙が一分は続いていた。
「何悩んでるんだよ、裕之。俺にも言えない理由か?」
なので、憂紀が思考しており、裕之が憂紀の様子を伺っている間にも、健太は裕之に話しかける。
むしろ、沈黙を一分待っただけ、健太は偉いと言ってもいいだろう。
「え、いや、えーっと……」
「ま、まさか、お前、橋口さんを諦めたのか? 五所さんに乗り換えか? お前が元気になったのってそう言う……?」
健太の軽い問い詰めは続く。そして、その言葉には流石に裕之も黙っていられなかった。「違うよ! 僕の一番はいつだって知永ちゃんだ!」
「おぉ、落ち着け、裕之。夜中にその大声は近所に迷惑だ」
慌てて、健太が裕之を宥める。
長い坂の上、山の中腹にある北霊夏高等学校の周囲は山と畑が多く、家はあまりないため、この大声がなんらかの苦情に繋がり、夜の学校に侵入したと言うことがバレる危険は少ないが、念の為、用心するに越したことはない。
「いい、健太。僕はいつも知永ちゃんの事を考えてるよ。今だって、知永ちゃんのために……」
「高橋君?」
「あ、うん」
その短いやりとりを見て、健太は、裕之の本質は自分の知っているそのままだと理解した。
彼は知永のことを一番に考えており、それ故に、憂紀と一緒にいるのだ、と。
「よく分からねぇが、分かった。二人は何か理由があって一緒にいるんだな」
結局、憂紀が自分と裕之は別口でこの学校にいる、と言い訳するより早く、二人は一緒に来たのだ、と決まってしまった。
一方で、健太が一人「理由は言えないんだな」と納得してくれたことで、理由の言い訳を考える必要は無くなった。
同行している他の男子生徒達はまだ気になっているようだったが、知永が入院して以来、気難しくなってしまった裕之と、そもそも当たりのキツイ憂紀に物事を尋ねる勇気を持った人間はその場にはいなかった。
「あ、そうだ。二人もせっかくだからどう? これから肝試しするんだけど」
「肝試し?」
憂紀が聞き返す。
「そう。理科準備室まで行って、先輩が昼のうちに用意してくれたお札を回収するんだ」
「へぇ、なるほどね。道理で」
憂紀は頷く。
「それ、みんなで行くの? それとも一人ずつ?」
「二人一組です」
「コースは?」
「昇降口から入って、三階まで登って、そこから渡り廊下を通って、特別教室棟へ。そのまま理科室へ直行して、特別教室棟の階段を降りて一階へ。渡り廊下から中庭に出て、ここに戻ってくる、ってコースです」
随分遠回りなコースだな、と裕之は思ったが、まぁ肝試しってそんなものか、と納得する。
「分かった。じゃ、私から行くわ。行きましょ、裕之」
憂紀が振り向く。
「え、ちょっと、五所さん? 順番はこれから……」
「私が一番手になれないほど臆病者だとでも? 冗談じゃないわ」
「え、いや、そう言うわけでは……」
「じゃ、行くわ」
「あ、はい」
強気な憂紀にさらに強気で返せる生徒はこの場にいなかった。
裕之は憂紀の様子に首を傾げなら、それに続く。
「じゃ、あとでな、健太」
「なんであんな言い方してまで一番手に?」
「さっき、霞級仮想悪霊が大勢いたでしょ、理由が分かったわ。あの連中が肝試し、と言いながら、内心怖がってるから、その気持ちが集まってるのよ」
「そうだったんだ」
「で、私達は教室棟三階の仮想悪霊しか祓ってない。だから……」
「他のルート上の仮想悪霊を祓うわけだね」
「そ。行くわよ」
その間のことは特に語るほどのことはない。
憂紀がレイコを使役して、霞級仮想悪霊を祓っていった。
「裕之は、新しい武器を用意しないとね」
「うん……、けど竹刀を毎回買ってたらお小遣いがいくらあっても足りないな……」
「壊れない武器がいいわね」
「竹刀も結構丈夫だけどそれ以上ってなんだろう……」
模造刀とか買う? など、裕之が思案し始める。
「それよりは、人の思念がたくさんこもってるものがいいわね。人の思念がこもってればこもってるほど、思念が通り慣れてるから、呪力によって壊れる可能性も下がるわ」
まぁ、そう言う意味では究極的には実際に使われてた刀とかになっちゃうんでしょうけど、と憂紀。
「必要なら、刀、手配しようか? 持ち歩くのに苦労するけど」
「出来るの?」
「まぁ、歴史の古い刀はそれだけで、除霊に使えるからね。除霊師の中には刀を使うものもいなくはないから、除霊師連盟に頼めば……」
いくら積めばいいかしらね、と思案する憂紀。
「でも、多分大丈夫だよ、僕にも一つアテはあるから」
「そう? ならいいけど」
二人は理科準備室で待ち構えていた自然霊級仮想悪霊が取り憑いた動く人体模型を破壊し、お札を手に取ってその場を後にした。
「結局何も出なかったなー」
帰り道、健太がそんな言葉を呟く。周囲の男子達も口々に同意し、中には残念がって見せるものもいる。
その言葉の背後には、二人の人知れない尽力があるのだが、もちろん、健太を含む誰もそんなことは知らない。
一般人にとっては今日も世は全てこともなし。平和な一日のまま終わるのだった。