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第11話〜初戦の結末

 夜の学校。

 中庭を二人の男性が走っている。

 一人は名も知らぬストッカー。ノリコなるビハインドを連れ、トイレの花子さんをストックしようとし、そして、ライバルとなるストッカーを躊躇なく殺そうとした男だ。今は、ノリコの窮地に慌てて三階から飛び降り、中庭を逃げようと走っている。

 もう一人は高橋 裕之。ユキチとケイタロウ、二人のビハインドを連れ、名も知らぬストッカーと交戦した後、殺人すら躊躇せぬ彼を逃してはならぬと三階の窓から飛び降り、名も知らぬストッカーを追いかけて、中庭を走っている。

 やはり日頃の鍛えている分の差か、スピードは裕之の方が上。

 飛び降りる際にやや躊躇した分と、ケイタロウと一瞬やりとりした分で、やや遅れており、中庭の中にいる間に追いつくことは難しそうだが、この分なら、校門前付近で追いつけそうだ。

 特別教室棟を回り込む、中庭からグラウンド前を走る二人。

 後は校門まで一直線だが、距離はかなり近づいてきている。

 幸い、ノリコには遠距離攻撃手段がない様子で、他にストックしているビハインドもいない様子で、本当に逃げてばかりだ。

 相手の走りは素人そのもので、特別教室棟を回り込むカーブで一気に距離が詰まっている。

(良かった。もし追いつけなさそうなら、ケイタロウに足を撃ってもらうとか考える必要があるかと思ったけど、その心配はなさそうだ)

 裕之は追いつけることを確信し、竹刀を腰に構えて、さらに加速する。

 一方のストッカーの男はもう体力の限界を迎えそうな様子で、今にも立ち止まってしまいそうだ。

「の、ノリコ!!」

 振り返って、なお接近してくる裕之に、思わず男は叫ぶ。

 まだ霊力の回復していないノリコはシルバーコードを拍動させながら、包丁を構えて実体化する。

(ここで、シルバーコードを断ち切る!)

「行くよ、ユキチ!」

 裕之の背後にユキチが実体化し、裕之の竹刀に呪力が蓄えられる。

 ノリコの包丁が迫る。

「ケイタロウ!」

「ウン!」

 裕之の背後にケイタロウが実体化し、歩兵銃で包丁に向けて発砲。包丁を吹き飛ばす。

 完全に死に体となったノリコのシルバーコードに向けて、裕之の鋭い居合の一撃が放たれようと腰から竹刀が抜き放たれ……。

「ぐっ」

 突如、肩にズシンとした重みがのしかかり、勢いを失った竹刀はシルバーコードを切断出来ずに終わる。

「何か分かんないけど、チャンスだ、ノリコ!」

 シルバーコードが拍動し、ノリコの手に再び包丁が実体化する。

「くっ……」

 突然発生した不調の意味も分からないまま、裕之は咄嗟に後方に大きく飛び下がり、包丁を回避する。

 裕之と睨み合うノリコ。の背後で、二人に背中を向けて駆け出すストッカー。

「もう、往生際の悪い……」

 肩に強い重みがかかっているのに耐えながら、裕之は再び竹刀を腰に構え、居合の構えを取る。

(次の一撃で決めないと……)

 一歩踏み込み、竹刀を振るう。

 が。

 逃げ行くストッカーの引き摺られるように、ノリコが後方ズレていく。

 ストッカーとノリコを繋ぐシルバーコードはピンと張り詰めており、本当に引っ張られているのが分かる。

(そっか、ビハインドってあくまでシルバーコードで繋がった主従だから、ストッカーから離れられないんだ)

 納得する裕之。

「なんで着いてくるんだ、ノリコ! 足止めしろ、足止め!」

 一方、そんな簡単な事実も分からず、ストッカーはノリコに無茶な指示を送りながら走って逃げている。

(とはいえ、やりにくいな……)

 明らかに敵は連携を失っており、攻撃のチャンスなのだが、ストッカーとノリコの間でシルバーコードがピンと張っているということは、シルバーコードを断ちたい裕之にはマイナスに働く。

 何せ、こちらに正面向いているノリコを回り込んで、背後のシルバーコードを断たねばならないのである。

 もし裕之が万全であれば、一気に大回りに回り込んで、シルバーコードを強襲することも出来ただろう。

 だが、今の裕之は謎の不調に悩まされており、体が重い。

 可能なら先にストッカーの方を抑えて、これ以上逃げるのを抑止したいのだが、ノリコが引っ張られ、後退りながらも、裕之の方を見ているため、結果的にこれが牽制になり、ストッカーに何かアクションを起こすことも難しくなった。

 間も無く、ストッカーは校門前に到着する。

(これは良くない……)

 このままでは逃げられる、と裕之は焦る。

「ユキチ! 僕を呪え!」

 焦った末、考えついたのは強引なるゴリ押しだった。

 同時、裕之は一気に加速する。

 ノリコは迎撃のための包丁を振りかざす。

「裕之ィ! 裕之ィィィィィィッ!」

 裕之を紫色の炎が如きオーラが纏う。

 包丁が裕之に迫り、紫色の炎が如き呪力のオーラに阻まれる。

 裕之の視界がどんどんスローモーションになっていく。

 空気は重く、ネットリと粘性を持つかのよう。

 ただでさえ体が重かったのに、さらに肩が重くなる。

 もう一歩も歩けない、と体が警告を鳴らす。

 これ以上歩いては体に関わる、と脳が警告を鳴らす。

「それでも、ここで決める!」

 膨大な呪力が腰に構えた竹刀に流れ込む。

 裕之の主観で、あまりに重い一歩が踏み込まれる。

 すぐ左にノリコがいる。

 ノリコは鬼のような形相で裕之を睨みながら、包丁を構え直す。

 目前にはノリコとストッカーを結ぶ白い銀色のか細い線、シルバーコード。

「しっ!!」

 右腕に強く強く力を入れて、全ての体と脳の訴える警告を無視して、居合が放たれる。

 シルバーコードが砕かれる。

 直後、あまりに膨大な呪力に耐えかねた竹刀が砕け散る。

「ア……」

 ノリコが動きを止め、項垂れる。

「よし! ストックだ!」

 裕之が体に鞭打って懐から憂紀から貰った竹筒をノリコに向けて突きつける。

「アア……」

 竹筒に吸い込まれるように、ノリコの体が竹筒の中に消えていく。

「サヨウナラ……アナタ……」

「ノリコ!?」

 慌てたように、ストッカーが振り返る。

 ストッカーの目に映ったのは、竹筒の中に消えて行くノリコの姿。

「な、なんだよ、どうなってんだ。なんで俺がやられてないのに、ビハインドがストックされるんだよ……」

(やっぱり、この人、シルバーコードのことを知らないんだ)

 自分と違い、ストッカーとしての知識があまり与えられていないように思える。

 そう考えると気の毒な気がして。

「あの……」

 裕之はストッカーに声をかけようとして、肩の重さに膝を付く。

 その瞬間、一つの疑問が脳裏を過ぎる。

(あれ? でもそんな知識のないストッカーが、どうしてトイレの花子さんのことなんて知って……)

「よくもノリコを……。殺してやる」

 バタフライナイフを構え、男が近づいてくる。

 裕之は体の不調により全く身動きが取れない。

「レイコ」

 だが、ストッカーと裕之の間に三本の矢が降り注ぐ。

「ヒィッ」

 思わず、ストッカーは後退り、そこで転倒して、尻餅をつく。

「花子さんは私がストックしたわ。そしてアナタももうビハインドはいないようね。決着はついたでしょう? 死にたくないなら、去りなさい」

「ち、畜生ーーーーーー!」

 男は校門に向かって走り、校門を乗り越えて学校を去った。

「ふぅ、全く、随分無茶したみたいね」

 呆れ顔で憂紀が裕之に近づいてくる。

 憂紀の取り出したお札が裕之に触れ、呪力が和らぐ。

自呪じじゅとは関係なく、肩が重いんでしょ」

 そして、憂紀は見事に裕之の不調を言い当てる。

「それ、ケイタロウのせいよ。人間はね、二人もビハインドに取り憑かれて生きてはいけないの。霊力が保たないのよ」

 憂紀は説明する。ビハインドを宿すとは、ビハインドに取りつかれるということ。二人も取り憑かせていては、自身の霊力が保たないのだ、と。

「だから、ケイタロウをストックしなさい」

 そう言って、憂紀は竹筒を差し出した。

「いいか?」

「ウン、オ兄チャンノ力ニナレルナラ」

「大したもんね。地縛霊が人間を気に入ってその人間の背後霊になるって例は除霊師連盟でも聞いたことあるけど、ふふ、よほど気に入られたのね、高橋君」

「じゃあ、行くぞ」

 手近な木の棒で居合の構えを取り、鋭い抜刀術でケイタロウと自分を結ぶシルバーコードを切断する。

 動きを止めたケイタロウに、裕之は竹筒を向ける。

 ケイタロウが竹筒の中に吸い込まれていく。

「一夜にして二人もビハインドをストックするなんて、順調じゃない」

 じゃ、帰りましょ。と憂紀が裏門の方へ踵を返す。

 裕之もそれに続く。

 が。

「よーし、裏門開いてたーー。さぁ、肝試しだー。ってあれ……、五所さんと……裕之ぃ?」

 聞こえてきたのは複数の男子生徒のざわざわとした声と、そして、自分達を見つけた、という様子の健太の声だった。


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