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第10話〜争奪戦の始まり

 都市伝説級仮想悪霊「トイレの花子さん」。

 それを祓い、可能ならストックしようと学校に忍び込んだ二人だが、その間に割り込んだのは見知らぬストッカー。

 今ここに、ストッカー同士によるトイレの花子さん争奪戦が始まろうとしていた。

 即座に竹刀を腰に戻し、さらなる追撃をノリコなるビハインドに仕掛けようとする裕之。

 だが、それより早く、ノリコが手元に包丁を出現させ直す。

「何度試しても……」

 再び裕之の居合が放たれ、ノリコの包丁が再び吹き飛ぶ。

「同じことだ」

 そして、裕之は素早く腰に竹刀を戻し、もう一度居合を放った。

「キャアッ!」

「ノリコ!」

 鋭い竹刀の一撃がノリコにヒットし、ノリコが苦痛に顔を歪める。

 そして、花子さんはそんな隙を見せたノリコを見逃さず、鎖で貫く。

(こいつ、でかい口叩いた割には大したことない、倒せる!)

 再び、裕之が竹刀を腰に戻し、構える。

「させるか!」

 破れかぶれのつもりか、ストッカーが裕之を殴りに来る。

 咄嗟に居合を放とうとして、かつてスーツの男のビハインドに竹刀で殴られて自分がどうなったかを思い出し、後方に下がって拳を回避することを選ぶ。

(僕は人を殺さない)

 それが憂紀との約束だから、そして何より、そんな事をしたら知永が悲しむから。

 だが、その動きは人としてはあるいは正しくとも、戦場においては必ずしも正しくなかったのかもしれない。

 その動きを見て、ストッカーがニヤリと笑う。

 即ち、こいつ、こっちを殺しに来ないぞ、と。

 バタフライナイフが取り出される。

(僕を殺しに来るつもりか)

 そう、ストッカーを殺せないストッカーの弱点。それは、突っ込んでくるストッカーに対処できないということだ。

 瞬く間に裕之は女子トイレの角に追い詰められる。

 ナイフの刃だけを居合で砕ければベストだが、流石に裕之もそこまで精密な狙いが出来るか自信がない。うっかり腕に当たれば腕が砕けるだろう。最悪出血多量で死んでしまうかもしれない。

 呪力のこもっていない竹刀であれば、まだ戦えるという自信はあるが、如何せん、裕之は居合道の人間。普通に竹刀を振るう戦い方については、剣道部以下である可能性が高く、刃物を持った相手に戦うにはリスクがある。

 そしてなにより、裕之は込めた呪力を抜く方法など知らない。

「はっ、俺の勝ちだな、覚悟の足りないストッカーさんよう!」


 一方、憂紀は花子さんとの勝負を優位に進めていた。

 一度は鎖に貫かれたものの、相手の方が呪力が上なのだとさえ分かれば、迂闊に呪力で攻撃を受け止めるようなことをせず、回避に専念しながら攻撃すればいいだけのことだ。

 変幻自在の触手が如き鎖を回避するのは困難を極めたが、決して不可能ではない。

 多少の擦り傷を追いながらも、レイコがそれ以上の損傷を花子さんに与えていく。

(それにしてもこいつ、ストッカーの方ばっかり狙ってる。ストッカーという概念を理解してる……?)

 攻撃をうまく回避しつつ、憂紀は攻撃が自分に向けてしか飛んできていない事に気付く。

 直接攻撃しているのは自分の背後にいるレイコであるにも拘らず、だ。

 いかに呪力に優れた都市伝説級の仮想悪霊と言えども、簡単にはストッカーとビハインドの関係性は見抜けない。

 だが、この花子さんはどうだろうか。憂紀とレイコを相手取ると決めると、すぐに憂紀だけを狙って攻撃してきた。

 試しに、レイコと距離を取り、レイコに弓を連射させてみたが、花子さんの動きに変化はない。

(やっぱりこいつ、普通の仮想悪霊じゃない……!)

 そもそも、地縛霊の鎖が生えている時点で普通ではないのだ。自分の預かり知らないところで何かが起きている。憂紀はギリと軽く歯軋りしながら戦闘を続行する。

 そうして花子さんとの戦いを優先していた憂紀はその時まで、裕之のピンチに気付けなかった。

「はっ、俺の勝ちだな、覚悟の足りないストッカーさんよう!」

「裕之!?」

 乱入してきたそのストッカーの言葉に、憂紀は初めて裕之がピンチに陥っている事に気づいた。

 角度的にレイコからはあのナイフは狙えない。

 憂紀では、裕之を救えない。

「高橋君! 正当防衛よ、抵抗して!」

 だから、憂紀としてはただ、そう告げるしかなかった。


「高橋君! 正当防衛よ、抵抗して!」

 勿論、裕之の耳にはその憂紀の子は届いた。

 けれど、裕之は憂紀の思っている以上に、固い意志があり、そして頑固だった。

(知永に顔向けするためにも、俺は人を殺さない)

 スローモーションのようにゆっくりとナイフが迫ってくる。

「ジャア、モウ生キルノヲ諦メチャウノ?」

 自問自答だろうか、どこか聞き覚えのある声が尋ねる。

(いや。知永に顔向けするためにも、僕は生きる)

 ナイフがスローモーションに見えるのは、まだ裕之が死ぬのを諦めていないから。

 超高速で思考を巡らせて、生き残る道を探る。

「ソッカ、ジャア、今度ハ僕ガオ兄チャンヲ助ケルヨ」

 直後、突然雷が落ちたかのような大きな破裂音が鳴り響き、バタフライナイフが空中に飛び上がる。

「!」

 裕之は咄嗟にストッカーにタックルを仕掛けていた。

 日頃の鍛錬により鍛えられた裕之の膂力がストッカーを押し倒し、その行動を封じる。

 空中に飛び上がったバタフライナイフはそのまま、ストッカーと裕之の後方に落下した。

「く、クソ! ノリコ!!」

 ストッカーが叫び、実体化したノリコが包丁を振り上げる。

「まずい」

 裕之はストッカーを押し倒しており、身動きが取れない。

「サセナイヨッ!」

 間に割り込むように学生服に学生帽を被り、古い歩兵銃を構えた少年の霊が割り込む。

「き、君……ケイタロウ?」

 それは昨日の夜、成仏させたはずの地縛霊、ケイタロウだった。

「ウン。オ兄チャンガ心配デ着イテキチャッタ」

 ケイタロウが頷き、歩兵銃の引き金を引く。

「ギャアッ」

 ノリコがその銃弾にダメージを受け、後方に飛び下がる。

 ダメージが蓄積してきたためだろう。ノリコとストッカーを繋ぐ白い線が実体化する。

 裕之は考える。このままこのストッカーを制圧し続けなければ、またこちらの命を狙ってくる可能性がある。

 けれど、ケイタロウの歩兵銃はダメージを与えるには向いているが、シルバーコードを断つのには向いてなさそうだ。

 逡巡は一瞬。

 裕之は男の制圧をやめ、竹刀を腰に構えつつ一気にノリコに肉薄する。

 ストッカーは即座に立ち上がり、バタフライナイフに向けて駆け出す。

「ケイタロウ!」

「ウン!」

 その気配を感じた裕之はケイタロウに呼びかける。

 ケイタロウは素早く意図を理解し、バタフライナイフに向けて再び歩兵銃を発砲。バタフライナイフを空中に飛ばし、再度射撃。窓の外へと吹き飛ばす。

 派手に窓が割れる音がしたのを聞いて、これはやりすぎたかな、と不安になりつつ、裕之はさらにノリコに向けて駆ける。

 ノリコは脅威の接近を理解し、シルバーコードを拍動させながら、包丁を構える。

「しっ」

 だが、それより裕之の方が早い。

 素早い居合の一撃が確実にシルバーコードを断ち切った……かに思われた。直前。

「ノリコ、着地任せた!」

 というストッカーの言葉と同時、ノリコの姿が掻き消える。

 振り向けば、男は割れた窓ガラスから飛び降りており、ノリコはその落下を落下死しないように助けていた。

 瞬間移動するなんて聞いてないよ、と思いつつ、裕之は窓ガラスに近づく。

 一瞬、裕之は悩む。自分達の目的は都市伝説級仮想悪霊「トイレの花子さん」の除霊及び確保だ。

 ならば、あの男を追うのは脇道だ。

 けれど……。躊躇なくバタフライナイフを抜いたあの男を、裕之はどうしても許せない。

 あのまま、ストッカーにしておけばいつか人を殺す。あるいは既に殺したことがある可能性すらある。

「ケイタロウ、同じこと、出来る?」

「任セテヨ」

 頼もしいケイタロウの返事に頷き、裕之は窓から身を踊らせた。


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