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第8話〜憂紀の父親

 五所神社。

 北霊夏高等学校から見て、裏手、更に北側にある霊夏市と隣町の市境にもなっている山である北霊夏山にある大きな神社である。

 北霊夏どころか、霊夏市全体で見ても最も大きな規模を持つ神社であり、初詣などでは、霊夏市の殆どの市民がこの五所神社に殺到することになり、長蛇の列を形成する。

 神主さんが直々に福銭袋を配っているのもあり、裕之も神主である和孝のことを顔は知っている。和孝という名前は、今朝初めて知ったが。

 が。

「娘に手を出さんとする不届きものめ! この神社をくぐりたければこの私の矢の雨を越えて来るが良い!」

 紫の袴という出で立ちの和孝が大きな和弓を構えて、階段の上から、裕之に向けて話しかける。

「えぇ……」

「ちょっと父さん! 試すのはもう私がやったから!」

「私はやってない!」

 何も番えられていない弓の弦を和孝が引くと、そこに青白い矢が出現する。

「これは……、冗談ではなさそうだね。行くよ、ユキチ!」

 そう言って、裕之も覚悟を決め、一気に前進を始める。

 矢が放たれる。

 裕之が竹刀袋から竹刀を取り出し、腰に回す。呪力が貯まり、紫色のオーラが纏わり付く。

「しっ!」

 階段を駆け上がりながら、飛んでくる矢を居合の一撃で受け止める。

「ほう、なかなかの呪力操作だ。だがこれならどうかな?」

 和孝が面白そうに笑い、再び、弓に青白い霊力の矢を番える。

 それは放たれると同時に無数に分裂し、面制圧で裕之に迫る。

「っ!」

 すぐに思いつく回避法は側面に飛ぶことだが、それでは前に進めないし、なにより隙を晒すことになる。

 ここが平地であれば斜め前に飛ぶ事で、前者の問題は解決可能だが、ここは階段。斜め前に飛ぶことにはリスクが伴う。

「だったら……」

 裕之は飛んでくる矢の軌道を見て、足に被弾しそうなものだけを狙って素早い居合で矢を叩き落とす。

「裕之!」

「ぐっ……」

 残った霊力の矢が裕之に命中する。それは肉体的損傷こそ生み出さないが、魂という人間の根幹を揺さぶる。

 裕之は知らぬことだが、その程度で済んだのは、和孝が攻撃の出力を絞っているからである。

「ほほう、思い切りがよいな。その意気やよし!」

 三度みたび、和孝が霊力の矢を番える。

(後一発凌げば、階段の頂上に手が届く……!)

「先に言っておく。これを防げなければ、お主はそれで意識を失うぞ」

 その言葉で、背後で憂紀が裕之を受け止める体制に入っていることに気付いた。

(こんなところで止まれるか!)

 やはり矢は分裂し面制圧。先程と同じ手では、意識を失う。

(考えろ。攻撃を防ぐ方法がなにかあるはずだ……)

 きっと、なにか手がある。だから、こんな試し方をしている。

 自分の先生は憂紀だ。彼女も悪霊をビハインドとして宿すもの。だから、彼女に出来て、今の自分がまだやっていない何かを考える。

(……そうか!)

 一つ、思い当たった。

 全ては賭けになる。だが、打って出る価値はあると感じた。

「ユキチ! 俺を呪え!」

「ウオオオ!! 裕之ィ! 裕之ィィィィィィィィィィィィッ!」

 無数の声が合わさったような怨嗟の声がユキチの無数の口から漏れる。

「ぐっ……」

 裕之に燃える炎のような紫のオーラが纏わり付く。

 同時、ガクッと肩が重くなる。

「お前のせいだ」「お前のせいだ」「お前のせいだ」「お前のせいだ」「お前のせいだ」「お前のせいだ」「お前のせいだ」「お前のせいだ」「お前のせいだ」「お前のせいだ」

「妬ましい」「妬ましい」「妬ましい」「妬ましい」「妬ましい」「妬ましい」「妬ましい」「妬ましい」「妬ましい」「妬ましい」

 無数の声が裕之の脳内にこだまする。

 あまりの肩の重さについ足が止まりそうになる。

 一歩、一歩があまりに重い。

 あまりの苦しみに一秒が何分にも引き伸ばされているかのような感覚に襲われる。空気がドロっとして、迫りくる矢もスローモーションのよう。

(嘘だろ、憂紀はいつもこんな感覚に襲われながら接近戦をやってるのか!?)

 つい、足を止めてしまいそうになる

(だめだ、止まれない!)

 だが、止まれない。

 裕之の脳裏に知永の微笑みが写る。

「あの笑顔を、取り戻すんだっ!」

 止まりかけた足が前に進む。

 飛んでくる霊力の矢があまりに膨大な呪力の前に霧散する。

「ほう、乗り切ったか」

 満足気に和孝が微笑み、山門の中へと戻っていく。

 裕之が階段を上り終え、山門の前にたどり着いたのはその直後だった。

「見事だ、裕之君。君を憂紀のパートナーとして認めよう」

 そう言って、和孝が微笑む。だが、裕之にはそれを見る余裕がない。怨嗟の声と肩の重みがちっとも和らがないのだ。

「ただ、煽っておいてなんだがね、自分を呪わせるのはもっと、ビハインドの制御がうまくなってからにしなさい。でないと、敵を倒した後に自滅してしまうよ」

 紫のオーラを纏い、苦しむ裕之に御札を貼り付ける。

「ウゥ……、裕之ィ……」

 紫のオーラが消え、ユキチが薄くなっていく。

「あ、楽になった……。すみません、ありがとうございます」

「私が煽ったことだ、礼は不要だよ。さて、少しだけ二人で話そう」

「父さん!」

「もう試しは終わった。これ以上妙なことはしないよ」

 裕之を伴い、和孝が神社の中へと入っていく。

 憂紀はため息を吐いて、自分の部屋へと戻ることを選んだのだった。


「改めて、君を憂紀のパートナーとして認めよう。娘を、よろしく頼む」

 和孝が頭を下げる。

「え、いや、そんな……。結婚するわけじゃないんですから」

「あぁ、事情は知っている。君には大切な幼馴染がいるんだろう? その子を蘇らせるまでの期間限定のパートナーだということも承知している」

 それでもね、私は娘に信頼できる他人が出来て嬉しいんだ、と和孝は語る。

「レイコの所以は知っているかい?」

「いえ……」

「そうか。本当なら本人から聞くべきなんだろうが、ここで話しておこう。彼女はね、憂紀が最初に除霊に臨んで、そして失敗した、救えなかった少女なんだ」

「え……」

 そうだ。レイコは悪霊だ。ならば、ユキチがそうであるように、なにかレイコには憂紀を呪う理由があるはずだ。今までのそのことに思い当たらなかった事を、裕之は恥じた。

「その少女、玲子れいこは、霊呪詛師に呪われていてね、そして、憂紀は彼女を救えなかった。彼女は呪殺されたんだ」

「そんな……」

「玲子は自分を救わなかった憂紀を呪った。そうして、今も呪っている」

「そんな、それはおかしい。呪われるべきは彼女を呪い殺した霊呪詛師でしょう!」

「その通りだ。だが、憂紀はその罪悪感から呪われることを受け入れている。だから、今も祓われずにに彼女に取り憑いているんだ」

 あまりの事実に裕之は絶句するしかなかった。

「自分を呪わせる苦しみは君も身を持って知っただろう? 憂紀は戦術上必要とはいえ、躊躇なくあれをして見せる。私はそれが心配でね。君が一緒にいてくれるなら助かるよ」

 私が憂紀を手伝えれば良いんだが、仕事もあるからね、と和孝。

「ともかく、娘を頼んだよ」

 真剣な目で和孝が言う。

「はい」

 その目線をまっすぐ合わせて、裕之は頷いた。


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