目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第7話〜生活の変化

「どうしよ、今から電車で帰宅してからだと、学校遅刻しちゃうな」

 墓地を離れて歩きながら、そうぼやくのは裕之である。

「今日の時間割から考えると、昨日の荷物と教室に置いてあるテキストだけでなんとかなるでしょ。適当にコンビニで朝食を取ってから行きましょ」

 そう言って、憂紀は先導して歩き出す。

「あ、ちょっと。僕、お小遣い持ってきてないんだけど」

「いいわよ、奢ってあげる。仕事手伝ってもらったからね、現物支給ってことで」

 そう言ってコンビニに入っていく憂紀。

「どうしたの? 何買うか選ばないと、こっちで勝手に買っちゃうわよ?」

 お言葉に甘えて良いものだろうか、と立ち尽くす裕之に、コンビニから顔を出して、憂紀が裕之を呼ぶ。

「あ、うん。ごめん、ご馳走になります」

 裕之は憂紀に続き、お言葉に甘えて二つのおにぎりを購入してもらった。

 おにぎりを食べながら歩いていると、電話がかかってきた。

 スマートフォンの表示は【母さん】。

「はい、もしもし」

「もしもし、じゃないわよ! 全然、メッセージにも反応ないし、あんた、どこで何してるの!?」

 しまった、全然スマートフォンを確認してなかった、と裕之は自身の失敗に気付いた。

「ごめん、母さん。え、えーっと……、病院を出た後……」

 しまった、なんて説明しよう、と裕之は気付く。

 まさか、素直に「悪霊に取り憑かれてその悪霊と一緒に墓地の地縛霊を成仏させてきた」なんて話すわけには行かない。

 言葉に詰まっていると、憂紀が【母親? 帰らなかった貴方を心配してるの?】とスマートフォンに打ち込んだ文章を見せてくる。

 裕之は頷きだけで返事をする。

【なら、終電で帰らなくて困ってたら、五所神社の神主にあって神社に泊めてもらった、と伝えて】

 裕之は頷き、憂紀の言うとおりの言い訳をする。

「えぇ? 五所神社に?」

 母親が驚きの声を上げる。

「そう、和孝かずたかさんもそれなら電話をくれたら良いのに」

「あー、えーっと、電話しなかったのは……」

 ちら、と憂紀を見ると、何やらスマートフォンに文字入力を始める。

「なんか言ってたよ、なんだっけな」

【夜中に電話すると迷惑だったかもしれないから、と伝えて。それから、今は学校に向かってる旨と、用事が落ち着いたら電話すると言っていた、と】

「あー、そうそう、夜中に電話すると迷惑かもしれないから、って。学校に出かける時はなにか用事に追われてて、それが終わったら電話するって言ってたよ」

「あら、もう学校に向かってるのね? 分かったわ。じゃあ次はちゃんと連絡するのよ」

「はい、ごめんなさい」

「無事なら良いのよ。でも最近は夜、物騒だから気をつけて」

「うん、気をつける」

 電話が切れる。

 それを見ると同時に、憂紀もスマートフォンでどこかに電話をかけ始めた。

 会話を盗み聞きする趣味はないので、裕之は可能な限り聞かないようにしたが、漏れ聞こえる会話の内容から、父親に口裏合わせの連絡をしていると見える。

「はい、口裏合わせ終わり。あ、そうそう、あんた、今晩は本当に五所神社に来てもらうから」

「えぇ、なんで!?」

「協力者にするって伝えたら、父さん、自分の目で見極めておきたい、って」

「そ、そっか」

 憂紀の父親に会う、それは想像するだけで胃が痛くなりそうだが。

「知永ちゃんのためだ。頑張るよ」

「えぇ。私もストックを亡くした分、協力者がいれば助かるし、頑張って認められてよね」

 そんな話をしていると、いよいよ学生が多いエリアになってくる。

 まだ早朝なので、登校している生徒の殆どは朝練のために登校する運動部の生徒だ。

「ビハインド周りの話はそろそろ封印ね」

 短く憂紀がそう言うと、そこからは特に会話するわけでもない時間が過ぎていく。

 憂紀は沈黙が苦ではない方らしく、口を一文字に結んだまま真っすぐ歩いていく。

 裕之はその隣を歩きながら、少し沈黙に苦しみを感じていた。

 なんとか話題を探すが、憂紀の事で気になることというと、ビハインド絡みの話ばかりになってしまい、日常的な雑談というのが思いつかない。

 結局、苦痛な無言の空間は校門をくぐり、教室に到着するまで続いた。

「疲れた……」

 自分の席に座り、机に腕を広げて、そこに顔を埋める。

 思えば、昨晩は一睡もしていない。

 気がつくと、眠気が襲ってきた、ということに気付くよりもはやく、裕之は眠りに落ちていた。


「よっ、裕之、おはよ」

 自分が眠っていたことに気付き、顔をあげると、そこには健太がいた。

「健太……、今何時?」

「まだ予鈴が鳴ったところだ。始業まではあと五分あるぞ」

 普通、予鈴が鳴ったら後五分しかない、と思うところではないだろうか、と思いつつ、裕之はそうか、と頷いた。

「そっか。授業中に寝たんじゃなくてよかった」

 授業を放棄したなんて知永に知られたら怒られちゃう、と裕之が笑う。

「裕之……? お前なんか変わったか?」

「そうかな? ……いや、そうかも」

 前なら、授業なんて受けても仕方ない、早く知永に会いたい、と思っていたはずだから。

「なんだよ、もしかして、橋口さんに回復の見込みでも?」

「うん、そんなとこ。まだ分かんないけど」

「おぉ、よかったじゃねぇか!!」

 詳しくは言えないけれど、自分を心配してくれる親友にはそれくらいは言っていいと、裕之は思った。

 そして、裕之の思ったとおり、健太は詳しく聞くことはせず、ただその事を喜んでくれた。

 ところで、裕之と健太の会話が盛り上がっているのを見て、周囲の男衆が近付いてくる。

「なぁ、裕之! お前!」

 ギクリと、裕之が硬直する。騒ぎすぎただろうか、あるいは、また部に戻ってこいという話だろうか。

「お前! 五所さんと一緒に登校してきたらしいじゃないか! どういうことだ!」

「そうだそうだ!」

 だが、話題は予想外のものだった。どうやら、談笑している裕之を見て、いまなら話し合っけても大丈夫そうだ、と感じたらしい。

「え、えーっと……」

 裕之が言い訳しようとしたところで、チャイムが鳴り、教師が入ってくる。

「授業を始めるぞー、おまえら席につけー」

 結果、混乱の収束は一時限目の終了を待つことのなるのであった。

 ちなみに、裕之の言い訳は「病院で寝過ごしちゃって、終電を逃して困ってたら、五所神社の神主さんが神社に泊めてくれて、一緒に登校することになった」という、母親にしたのと同じ言い訳だったことを申し添えておく。

 なお、多くの男子は「あの五所さんと同じひとつ屋根の下で過ごしただと」とさらに吹き上がったことのはまた別の話としておこう。


 ◆ ◆ ◆


 一方その頃、教室がそんな話で盛り上がっているとはつゆ知らず――知っても全く気にしないだろうが――、憂紀は三階の女子トイレにいた。

 この北霊夏高等学校には七つのトイレが存在する。

 教室棟と特別教室棟の各階層に一つずつの六つと、二階職員室前の教員来賓用のトイレである。

 一般的に生徒は教室棟の自分のクラスがある階層のトイレを利用する。

 だが、憂紀達二年生の教室は二階にあった。

「間違いない、この呪力の残滓は夜中にこの場所に悪霊がいた痕跡。この規模は都市伝説級……?」

 そんなはずはない、と憂紀は首を横に振る。

「ここにいたトイレの花子さんは先月に払ったばかりよ。向こう一年は安全のはず……」

 しかし、現実にはここに呪力の残滓がある。それを否定することは除霊師として許されない。

「他のストッカーがここに気付く前に、そう、今晩にでも、ここを払わないとね」


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?