「ジャマスルナ!!」
少年霊は歩兵銃のボルトを操作し、次弾を装填する。
合わせて、レイコも弓に矢を番る。
銃相手に遠距離戦は無謀!
裕之は竹刀に呪力を込めながら、一気に少年霊に肉薄する。
「クルナヨッ!」
歩兵銃の先端に銃剣が着剣され、青白いオーラを纏って、裕之の竹刀とぶつかり合い、拮抗する。
「そのまま惹きつけて!」
レイコの矢が放たれる。
少年霊は一気に側面に飛び下がり、矢を回避する。
そのまま少年霊は歩兵銃を構え、裕之に狙いを定める。
「っ」
裕之は居合の構えを取り、呪力をチャージする。先ほどより多くチャージし、そして弾丸が放たれる。
同時、裕之が手を一瞬動かした。
と思った瞬間、紫色の衝撃波が弾丸ごと少年霊に迫る。
「ッ!」
少年霊は青白いオーラを纏った銃剣で衝撃波を受け止める。
「青白いオーラ……霊力を操るってことは、この子は悪霊ではない。地縛霊の一種? けど、なんで墓地に……」
「幽霊が墓地にいて何がおかしいんだ?」
「地縛霊ってのは普通、自分の心残りや死んだ場所に留まるものなのよ。死んだ後の墓地に縛られるってのは、極めて珍しいわ」
と言う憂紀の説明に、ふむ、と裕之は考える。
「まぁいいわ。相手が悪霊じゃないなら。こっちは悪霊二人よ。呪力によるゴリ押しで押し切りましょう」
「押し切るって……倒しちゃっていいのか? ストックしないと……」
「分かってる。けど、ビハインドも地縛霊もまずは弱らせないとストック出来る状態にならない。地縛霊ってのはある意味好都合だわ。ストックする準備の方法がビハインドと少し似てる。とにかく、まずは弱らせて」
「とにかく了解! いくぜ、ユキチ!」
会話の間に少年霊はボルトを操作し、次弾の装填を終えている。
だが、裕之は怯むことなく、腰に刀を構えた、居合の構えのままで一気に少年霊の方へと接近する。
「ヨクモッ! ヨクモッ!」
弾丸が放たれる。
だが、あまりに真っ直ぐなその狙いは、ライフル持ちとの戦闘が初めての裕之からしても対処は容易であった。
少年霊が引き金に力をかけるのと同時、体をさらに下げ、射線から体を逃す。
「君が引き金を引かずに銃を撃てるようだったら危なかったけど、違うなら……」
一気に少年霊の元まで肉薄した裕之はそのまま一気に竹刀を抜き、最大まで高まった呪力の一撃を少年霊にお見舞いする。
少年霊は青白いオーラを纏った銃剣でこれに応じるが、瞬間最大風速的に高い呪力を発揮する裕之の抜刀術に対し、霊力で防御するのはあまりに心許ない。
拮抗すらせず、竹刀が一気に押し勝って、少年霊の歩兵銃が明後日の方向へと飛び去っていく。
「ナイス、高橋君!」
と言う言葉に合わせ、レイコの矢が放たれる。それは無数に分裂し、少年霊に襲いかかる。
「ウワアアッ!」
歩兵銃が飛ばされたことに気を取られた少年霊は飛来する無数の弓を避ける事が出来ず、モロにくらって傷だらけになる。
「ごめんな」
その隙だらけのところを逃す理由はない。
さらに裕之が居合を披露し、その体を袈裟斬りにするように叩きつける。
「よし、弱らせたわね、さぁここからよ!」
「ヨクモ……ヨクモォォォォォ!!」
少年霊がボロボロになりながらも顔を上げ、鋭く二人を睨む。
合わせて、少年霊の背中から何かが現出する。
「鎖……?」
それは鎖だった。その鎖を辿ると、さっきの荒れ放題の墓に伸びているのが分かった。
「地縛霊と背後霊はよく似てるの。違うのは、結びつている相手が人間か、土地か、ってだけ」
「背後霊はシルバーコード? で人間と結びついてて、地縛霊は鎖で土地と結びついてる……ってことか?」
「そ。大正解。よく、シルバーコードって単語を覚えてたわね、物覚えがいいのは良いことよ」
鎖が脈動するように蠢き、少年霊の傷が治り始める。
「つまり、ビハインドをストックしたければ、シルバーコードを切ればいいのよ。それがストッカーとビハインドの結びつきの証だから」
「けど、普段シルバーコードなんて普段見えな……、あ」
「そう。背後霊のシルバーコードと、地縛霊の鎖は同じ役割を持つ。即ち、結びついている先から霊力を汲み上げる役割。だから、霊力が必要な状況まで追い込んであげれば、シルバーコードや鎖が実体化してこうして見えるようになる」
何か気付いた様子の裕之に憂紀が頷く。
「つまり、鎖が実体化した今のうちに鎖を叩き切れってことだね!」
「そう言うことよ」
そうと分かれば躊躇する理由はない。
竹刀を腰に構え、呪力を溜めながら、再び、少年霊に肉薄する。
「クルナヨッ!」
少年霊が歩兵銃を構える。
その背後で鎖が脈動している。
「大きく避けて!」
憂紀の言葉に裕之は咄嗟に右に大きく跳躍する。
右においてあった二つの墓跡の間を通り抜けて、墓地の果て、ブロック塀に激突する。
その直後、少年霊の歩兵銃から無数の青白い炎が散弾の如く散らばった。
「な、なんか、さっきより強くなってない?」
「大地から継続的に霊力供給を受けてるのよ、当然でしょ」
そんな常識みたいに言われても、と裕之はぼやきながら、墓石の陰から、次の手を考える。
「ちょっと、そんなモタモタしてたら、戦闘状態を止めちゃうわよ、攻め続けなさい!」
しかし、そんな態度は憂紀のお気に召さなかったらしい。
レイコが矢を放つ。
分裂した無数の矢を、しかし、少年霊は鎖を拍動させながら歩兵銃から散弾を放って迎撃する。
青白い炎によって構成された散弾は無数に分裂した矢を追尾し、寸分違わず迎撃した。
「よし今だ!」
少年霊の歩兵銃は毎回ボルト——と言う名称を裕之は知らないが——を操作する必要性があるらしい。なら、それがこそが隙。
発射してすぐの今こそがチャンスのはずだった。
「クルナッテッ!」
鎖が脈動し少年霊が歩兵銃を裕之に向ける。
裕之は嫌な予感がして、咄嗟に左へ飛ぶ。
刹那、歩兵銃から青白い散弾が飛ぶ。
(今は銃の操作なしで攻撃出来るのか)
引き金すら引く様子がなかったことに驚きながら、裕之は地面に着地し、やや滑りながら、憂紀の隣に移動する。
「あら、お手上げ?」
「いや、まだ攻め手を考えてる」
「そ、諦めてないならいいわ。しばらくは私が牽制しててあげる。行くわよ、レイコ」
レイコがまた分裂する矢を放ち、少年霊が迎撃する。
その間に裕之は考える。
相手は連射可能な上、接近しながらの回避困難な弾幕でこちらの接近を許さない。
(そもそも、あの地縛霊はなんであんなに苦しんでるんだろう。まるで泣きながら、駄々を捏ねてるみたいだ)
裕之は一度思考を相手の立場になって考えてみる。演舞による評価式である居合道では役に立たないが、精神鍛錬として嗜んでいる将棋などでは役に立つ考え方だ。
(確か最初に言ってた言葉は『どうして来てくれないんだ』だったな)
そこから先の言葉はこちらを警戒しての言葉のはず、つまり、この言葉にこそ彼の全てが詰まっている気がした。
裕之の視界に荒れた墓が目に入る。
(そう言うこと……か?)
幸い、少年霊はレイコに釘付けになっている。裕之は荒れた墓に近づき、しゃがむ。
そして、草むしりを始めた。
「ア」
少年霊が動きを止める。
「え? ちょっと、裕之?」
少年霊が裕之に近づく。
「ヤット、キテクレタノ?」
「あぁ、来てやれなくてごめんな……。ええっと、
木札に書かれた名前を裕之が読み上げる。
「ウン。ヒドイヨ、ズットキテクレナインダカラ」
「すまんな、また定期的に手入れに来るから」
「ホント? ヤクソクダヨ!」
「あぁ、約束だ」
脈動する鎖が消えていく。
「ちょっと、鎖が消えて……いえ、あんた……」
鎖だけではない、体までが少しずつ青白い粒子となって消え始めていた。
「ちょっとあんた! 成仏させてどうするのよ。これだけ強力な地縛霊なら、十分あんたの目的に叶うし、何より遠距離攻撃が出来るストックが出来れば、戦術の幅も広がるのに……」
「あぁ、分かってる。憂紀が正しい」
「ならなんで……」
「けど、苦しんでる理由が明白なのに、それを助けずに自分の力にしちゃうのは、違うだろ」
「あんた……」
ケイタロウの姿が消えていく。
空は白んできている。もうすぐ、新しい朝が来る。
「……負けたわ。除霊師としては完全にあんたが正しい。私、ストッカーになって、ちょっと価値観が揺らいでたみたい。ストッカーに成り立てのあんたに気付かされるなんてね」
「そんな、僕は甘いだけだよ」
「でも、その甘さに目を覚まさせられたの。ねぇ、これからも私の助手をしない? ストックはあんたが優先的にしていいことにしてあげる。あなたは霊魂のストックを増やせる。私は優秀な助手を得られる。どう? Win-Winじゃない?」
「僕でいいなら、喜んで」
二人が握手を交わす。
日が登り、空は青く染まり始めていた。