夜の街を再び二人が歩いていた。
「まず、私の裏の仕事の話からよね。率直に言うわ。私、除霊師なの」
「除霊師? って、悪霊とか祓う……あの?」
裕之の脳裏にはフィクションで見るような大幣を持って悪霊退散するような光景が想像されている。
「そ、その除霊師。うち神社なの」
「え? あ。もしかして、北にある五所神社の?」
五所神社は北霊夏
「そう。そこの一人娘が、私」
結構有名だと思ってたけど、知らなかった? と憂紀が尋ねる。
もちろん、知らなかったので、裕之は黙って首を横に振る。
「ってことは、そうか。悪霊を祓うためにストッカーなんてやってるのか」
「それはちょっと違う。私達は元々ビハインドなんて頼らなくても、大幣やお札で除霊が出来ていた。ストッカーが現れ出したのは最近よ」
「そうだったのか……」
ずっと昔から幽霊ってのは実在してたってことか、などと関心する裕之。
「ま、脱線したわね。何が言いたいかって言うと、ストッカーが最初に使役するのは自身の背後霊だけど、霊魂ってのは決して背後霊だけじゃないの」
「そういえば、僕のビハインドは悪霊って言われてたね」
「そ。それも無数の悪霊が集まった、霊団と呼ばれる
あ、ちょうど気になってたことがあるんだけど、と裕之。
「悪霊って言うけど、こいつら僕を妬んでるみたいで、年齢考えるとみんな死んでるとは思えないんだよね。っていうか今朝会ったばかりの奴の声もしたし」
「それはきっと生き霊ね。人の妬みや恨み、そう言った悪意が分離して悪霊と化したものよ。へぇ、ユキチって生き霊が霊団になったものなのね」
憂紀が解説すると同時に興味深そうに頷く。
「ちなみにうちのレイコも厳密には背後霊じゃなくて悪霊よ。そう言う意味では悪霊使い仲間ね」
「へぇ、じゃあ五所さんも一度死んだの?」
「わけないでしょ、あんたみたいなケースは特別も特別よ」
「じゃあなんで?」
「…………、もっと仲良くなったら教えてあげるわ」
一瞬、と言うにはあまりに長く考えてから、憂紀は言った。
「で、霊魂には色んな種類がある。レイコのような悪霊、ユキチを構成する霊魂のような生き霊、その他にも自然発生した害のない自然霊、なんてのもいるわ。そして、ストッカーはそんな霊魂でもストックが出来る」
「へぇ、じゃあその気になればビハインドを一人も倒さなくても」
「そうね、魂を呼び戻すことも不可能じゃないかも。まぁ、ビハインドほどの霊力を持った霊魂はそんなにいないから、現実的ではないけどね」
「ん? 霊力? そいや、蘇生させる時も霊力って言ってたよね。じゃあ、僕のユキチに向けて言ってた、呪力ってのは?」
「そうね、同じものだけど、方向性の違うエネルギーってところかしら。ポジティブなエネルギーが霊力で、ネガティブなエネルギーが呪力よ。ま、今のところは悪霊が使うのが呪力で、それ以外が霊力だと思っておけばいいわ」
「なるほど」
分かりやすい説明に裕之が頷く。
「あ、あと、呪力の方が強力だけど扱いにくい。霊力は扱いやすいけど呪力ほどのパワーは出ない、とかも覚えておくといいかな。病院で私とスーツの男が戦うことになったのも、病院の
少し悔しげに憂紀は言う。
「知らぬこととはいえ、ごめん。ストックも使わせちゃったし」
「全くね。その分、私の仕事、たっぷり手伝ってもらうわ」
「分かった。人のためになることみたいだし、是非手伝わせてよ」
裕之は、人の道に外れたことよりは、人のためになることをしたい、とそう思った。その方がきっと、知永に顔向け出来るから。
「えぇ。と言うわけで、今回の仕事場はこちら」
辿り着いたのは小規模な墓地だった。
「墓場?」
「えぇ。多分低級な自然霊だとは思うんだけど、ここで不気味な〝何か〟を見た、って噂が頻発してるのよ」
「何か?」
頻発していると言う割にふわっとした情報に裕之が首を傾げる。
「霊感のない人は、霊力の低い霊魂の姿を完全には見えないから、不定形な何かとして認識するのよ」
「ちょ、ちょっと待って?」
聞き逃せない言葉が聞こえた気がして、裕之が話を止める。
「ぼ、僕、霊感なんてないよ?」
「でしょうね、最初、ビハインドが見えたのはビハインドの霊力や呪力が高いからでしょうし。ま、大丈夫よ、今はあなたにもビハインドがいるんだもの、ビハインドの感覚を通して、あなたにも見えるはず」
「し、信じるよ? 何も見えず一方的に殴られるとかってことはないんだよね?」
「ない……と思う……。まぁ私は後ろから見てるから、行ってきなさい。はいこれ、あげる」
そう言って差し出されたのは竹の筒だった。
「ここに自然霊をストックしなさい。低級でしょうから、使い道はないでしょうけど、ま、何かの足しにはなるでしょう」
何事も練習よ、と憂紀が微笑んだ。
そんなわけで、墓地へと足を踏み入れる裕之。
「夜の墓地って不気味だなぁ、如何にも何か出そう……」
いや、出てくるって言うから来たんだけど、とぼやきながら、奥へ奥へと裕之は進む。
と言いつつ、拍子抜けというべきか、出そうなのは雰囲気だけで、何者も出る気配はない。
「これ、やっぱり僕の霊感がないから気付いてないってことはないよね……?」
距離を取って、憂紀がついてきてくれているはずなので、とっくに敵に捕捉されていて危険、という状況ではないはずだが、不安は拭えない。
何せ、夜の墓地という怖い場所である。生まれた不安の種はヌルヌルと芽を出して茎と葉を伸ばしていく。
(本当についてきてるよね……?)
振り返る勇気もない。振り返ってもし憂紀を発見出来なかったら、そこで心が折れてしまいそうだからだ。
やがて、墓地の奥へと辿り着く。
「ここで、終点?」
そこには小さな山に木札が刺さっているシンプルな古いお墓があるのみだった。
誰も訪れていないのか、小さな山は雑草まみれで荒れ放題になっていた。
「ドウシテ……ドウシテ……」
「! なに!?」
どこからか声が聞こえた。声の聞こえ方から、人間の肉声ではない。むしろ、ユキチやレイコの声に近いものを感じた。
「ドウシテキテクレナインダヨ!」
その声と同時に、学生服に学生帽を被り、古い歩兵銃を構えた少年の霊が出現する。
「オマエノセイカァッ!」
歩兵銃が裕之に向けられる。
「えっ!?」
咄嗟に反応出来なかった。
「レイコ!」
背後から矢が飛来し、少年の霊の歩兵銃が跳ね上げられ、弾丸が空中へ飛んでいく。
「こいつ、第二次大戦期の幽霊だわ。強力よ、油断しないで」
駆けてきた憂紀とレイコが裕之に並ぶ。
(よかった、ちゃんと付いてきてくれてた)
内心安心しつつ、裕之は竹刀を抜き放ち、腰に持つ。
合わせて、ユキチが姿を現す。
この夜三度目となる、戦いが始まる。