「どうする……」
レイコの弓射をユキチを盾に受け止めながら、裕之は考える。
無傷のように見えるユキチだが、その実、確実になんらかのリソース——呪力だが裕之はそれを知らない——が失われているのが、裕之には分かる。
(このままユキチを壁にしてたら、いつか負ける……)
裕之は思案する。ふと、視界の隅に公園の入り口が目に入る。
「だったら!!」
裕之は一気に側面へと駆け出し、そこにあった公園へと逃げ込んだ。
「逃がさないで、レイコ!」
レイコの矢の射撃が裕之に迫る。
「ゆ、ユキチ!」
ユキチに指示を送るが、モゴモゴした見た目のユキチはその見た目通り、動きが鈍く、全速で駆けている裕之の速度に追いつけない。
「マジ!?」
憂紀に殺意がないのが救いか。矢は足を狙ったのだろう、足元に弾着し、裕之に命中することはなかった。
(ユキチの動きが鈍すぎる。これじゃ戦うエリアを広く取っても無駄じゃないか)
とはいえ、立ち止まってはいられない。
立ち止まった暁には、あのレイコの矢で足を殺される。
「くそ、本当にどうする……」
思わず、汚い言葉が飛び出す。
裕之の作戦はこうだった。
まず、広い公園に移動する。
そして、ユキチで自身を守りつつ、ユキチの方へとレイコを誘引。
その隙に一気に憂紀に接近。竹刀でどうにかする……恐らく投降を勧める余裕はないので、昏倒させる、あたりになるだろう。
が、それはもう潰えた。
ユキチはちっとも自分についてこないし、レイコはぴったり憂紀に張り付いているし、今のまま、竹刀を持って、憂紀に突っ込もうものなら、レイコに攻撃されて終わることだろう。
何せ、殺された時の記憶の通りなら、ビハインドの攻撃を物理的に防ぐのは不可能だ。
レイコの矢を竹刀で迎撃する事はできない。
従って、裕之はこうして、レイコの矢を走り続けて避け続けるしか出来ない。
「ん?」
見ればユキチは何やら公園の隅に落ちている木の枝に興味を示している。
ユキチに触れられた木の枝は紫色のオーラを薄く纏っている。
「あれか!」
その紫のオーラは、ユキチ本人の纏うオーラとよく似ている。
あるいは、あれであれば……。
裕之が木の枝を拾い、飛んでくる矢を迎撃しようと、枝を振るう。
だが、木の枝と矢は一瞬拮抗した末、矢の方が貫通して、引き続き飛んでくる。
「ちっ」
裕之は咄嗟に横に飛んで、矢を回避する。
「ダメなのか」
見たところ、矢とぶつかった直後に、紫のオーラが消失したように見えた。
(長続きしないのか……?)
「チガウダロォ? 裕之ィ!」
「え?」
さっきまで無言だったユキチが——厳密にはユキチから生えている顔の一つが、というべきかもしれないが——突然喋り出した。
「オレタチノォ」
黙って聞いてもいられない。裕之は駆け出し、矢を避けながら、話を聞く。
「タタカイカタハァ」
もう少し早く喋れないのか、と内心思いつつ、矢の鋭い弾着音に紛れながら聞こえるユキチの声に意識を集中させ続ける。
——俺達の戦い方?
ユキチの奇妙な言葉に首を傾げる。ユキチは見たところたくさんの人間? 幽霊? の集合体のような見た目をしているから、それを「俺達」と言っているのだろうか
「ソウジャナイダロォ」
そうじゃない? 木の枝の使い方のことを言っているのか?
——って言われても、本来の戦い方なんて知らないよ。
そこでふと気付く。そういえばこいつらは何者だ?
夢の中……実際には現実の光景らしいが、で語りかけてきた魂達のはずだ。
彼らは一様に自分がエースであることを恨んでいた。
つまり……。
「君達の戦い方ってのは……」
踏ん張って、足を止める。砂埃が舞い、足が止まる。
その瞬間を逃さないとばかりに、レイコが新たな矢を番える。
「いいや、これは確かに、
木の枝を腰にやり、左手で押さえつけ、右手で棒を握る。構え慣れた、居合の構えを取る。
「ソウソウ。ソウダヨォ、裕之ィ!」
直後、膨大な紫色のオーラが木の枝に纏わり付く。
「!」
憂紀が驚愕の表情に染まる。
「しっ!」
裕之が居合を放つと、レイコから放たれた矢は空中で真っ二つになって、消滅した。
「やっぱり、そういうことか!」
そうだ。自分でユキチと名付けておいて、すっかり忘れていた。
ユキチは居合道に身を置くもの達の妬みの集合体。戦い方も居合を基本とするに決まっていた。
そしてそれは、当然のように裕之も得意とするところ。
再び居合の構えを取りつつ、裕之は一気に憂紀に肉薄する。
「レイコ! 手加減は止めよ! 全力でやって!」
レイコが矢を放つ。
それは途中で分裂し、無数の矢となって裕之に迫る。
こんな隠し玉を持っていたとは、手加減という言葉に嘘偽りはないようだ、と裕之は驚愕しながらも、しかし、冷静に裕之は言う。
「ユキチ、こっちも全力だ」
「オオオオオオオオオ!!」
無数の顔がエコーをかけるように一斉に吠える。
居合の構えを取った木の枝にさっきよりもさらに膨大な紫色のオーラが纏わり付く。
「ふっ!」
木の枝が抜かれ、そして腰に戻る。
同時、無数の矢は衝撃波の如く放たれた紫色のオーラによって破壊される。
だが、直後。
木の枝がボロボロに砕けて消える。
ユキチという悪霊の持つ膨大な呪力に木の枝が耐えられなかったのだ。
裕之はそれを理解するだけの知識がないが、だが、何が起きたのかは理解出来た。
「レイコ、私を呪って!」
「ウアアアアアアアア! 憂紀ィィィィィィィィィッ!!」
レイコが怨嗟の声をあげ、憂紀を炎の如き紫色のオーラが纏う。
裕之は足を止めず、背中から竹刀を抜き放つ。
憂紀が鋭い拳を放つのと、裕之が居合の構えを取るのが同時。
拳が裕之に届くより先に、裕之の素早い居合が放たれ、拳と竹刀がぶつかり合い、紫色のオーラがせめぎあう。
「聞いてくれ、五所さん!」
このままでは本当に殺し合いになる、そう感じた裕之は憂紀に叫ぶ。
「なぁに、命乞いかしら?」
憂紀が拳を下げ、後方に飛び下がる。
裕之も竹刀を居合の構えに戻し、一気に前進する。
レイコが散らばる弓を連射するが、もはや裕之には通じない。
「ちっ、本当に冗談みたいな呪力量ね!」
憂紀が前に出て、再び拳と竹刀がぶつかり合う。
「君は僕が殺し合いをするから、僕を止めたいんだろ?」
「そうよ、私はストッカー同士の殺し合いなんて絶対にさせない!」
連続した拳のラッシュに裕之は防戦を余儀なくされる。
だが、いつまでも防戦ではいられない。ある程度のタイミングで、一度竹刀を腰に戻さないと、紫色のオーラ、呪力をチャージ出来ない。
居合の構えによりシンクロし、ユキチの呪力を借り受ける裕之。
両者は共に、ビハインドの呪力を借り受けるという点では極めて似ているが、ある一点が大きく異なる。
まず、裕之は呪力を借り受けるにあたり、居合の構えが必要となる。この関係上、居合の構えから最初の一撃が最も纏う呪力が高く、そこから呪力は低下していく一方だ。
対して、
では、常に一定の憂紀が一方的に優れているのかというとそうではない。憂紀は自身に呪いを振りかける分、
故に、最初の一撃の呪力は裕之の方が高く、それ以降低下していくと、憂紀に負けはじめ、最後には負けてしまうようになる。
例えるなら裕之は無酸素運動の
従って、憂紀のラッシュを受け続け、居合の構えというチャージに戻れない裕之は圧倒的に不利な状態にあった。
「聞いてくれ! 僕は! 人を殺さない!」
「でも、ストックを集めるつもりなんでしょう? それは人を殺すという事だわ」
裕之は不利を承知で後方に飛び下がる。
憂紀がダッシュで肉薄してくる。
——一瞬……。構える時間を稼げればいい。
裕之は居合の構えを取る。
「しっ!」
再び両者の呪力がぶつかり合う。
「殺さなくても集める方法があるんじゃないのか? 君の集めたストックは、全部君が人を殺したものなのか? 人殺しを嫌う君が、そんなことしたとは思えない!」
「……っ。だったらなんだっていうの! じゃああなたは不殺を貫いていてはストックを得られない状態になっても、殺さないっていうの?」
そんなの綺麗事だわ、と、憂紀のラッシュが炸裂する。
裕之はこれを黙って受け止めながら、続ける。
「あぁ。僕は人を殺さない。それじゃ知永は喜ばないから」
その視線があまりにまっすぐで、その表情があまりに真剣だったから。憂紀は毒気を抜かれてしまった。
憂紀の両腕が下される。レイコが困惑した表情をしながら、スゥと消えていく。
「……」
念の為、竹刀を腰に戻しつつ、様子を見る。
「はぁ、分かった。一度あなたを信じてみる。ただし、あなたの悪霊が一度でも人を殺したなら、その時は私があなたの悪霊を祓うわ」
その言葉を聞いて、安堵し、裕之も竹刀を竹刀袋に戻す。
ユキチの姿が消える。
「じゃあ、あなたに、人殺さずにストックを集める方法を教えてあげる。早速だけど、私の仕事を手伝ってくれる?」
憂紀はそう言って、手を差し出したのだった。