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第3話〜始まりの夜

 夜の街。

 北霊夏はどちらかというと閑散とした住宅街であり、背の高い建物といえば、三階建てのマンションくらいのものだ。

 そんな夜の街を二人の男女が歩いている。

「これからあなたの身に起きたことについて一つずつ説明していくわ。ちゃんとよく聞いてね」

「あ、あぁ、頼むよ」

 真剣な眼差しの憂紀に、裕之は頷く。

「まずは私やスーツの男が呼び出していた人間のような存在について」

「あぁ、あれ、やっぱり夢じゃなかったんだね」

 憂紀が最初の話題を提示すると、驚いたように裕之が言う。紫色の球体、ユキチの存在が夢でなかったことを証明したとは思ったが、とはいえ、流石に荒唐無稽であり、どこからが夢でどこからが現実なのか境界が区別ついていないのである。

「言っておくけど、どこまでも現実だからね」

「え、それはおかしい。だって僕の頭はかち割られたはずだ」

 ほら、今はちゃんとあるし、と頭を両手で抑えながら裕之が言う。

「その話は最後に回していい? 順を追って説明しないと訳分からないと思うから」

「そっか、じゃあ頼む」

 と裕之はあっさりと提案を呑む。

「あれは『ビハインド』って言うの。簡単に言えば背後霊ね。ちょっと特殊な例だけど、あなたのユキチもビハインドよ」

「あれもビハインドなのか? 背後霊ってよりは悪霊っぽかったけど……」

「まぁ、あくまでビハインドの代表霊が背後霊ってだけだと思って。私も違うし」

 最後にぼそっと呟いた言葉は裕之には伝わらなかった。

「ビハインドの定義はその主人とシルバーコード……魂と肉体を結びつける線で繋げっていることよ」

「まぁよく分からないけど、定義が明確にあるなら、あれもビハインドだってことは納得したよ」

 裕之はとりあえず頷くことにする。聞きたいことはまだあるが、下手に聞いて話の腰を降りたくないからだ。

「で、ビハインドを連れている人間の事を通称『ストッカー』って言うの」

「ストッカー? ストッカーって、在庫とか蓄えって意味のストックのer系? 蓄える人? なんだか実態に則してるとは思えないけど」

「良い着眼点ね。そう、ストッカーの本質はビハインドを連れてる事じゃない。ビハインドを連れている存在、ストッカーはね、倒した他人のビハインドを捕まえて、使役出来るのよ」

 思いがけなく話が早いことに驚きつつ、憂紀は話を続ける。

「ビハインドをストックするからストッカー、ってことか?」

「そ、っていうか。本当は『ビハインド・ストッカー』って言うのよ。でも大体みんな、ストッカーって略すわね」

 なるほど、と裕之が頷く。

「ストックするには密閉された容器が必要よ。だから、ストッカーは必ず密閉出来る容器をたくさん持ち歩いてる。私なら竹筒、さっきの男、紫煙とか名乗ってたけど、あいつはタバコの空箱」

「そこが正直よく分からないんだけど、結局、ストッカーはなんのためにビハインドをストックするの? 戦力にするため? 強くなってどうするの?」

「お、鋭いわね。霊呪詛師みたいにただ強くなって、人を呪ったりすることを生業にするストッカーもいるみたいだけど、多くの場合、ストッカーにはストックを集めたい明確な目的があるわ」

 それこそがストッカーの基本的な最終目的、と憂紀は告げる。

「ストッカーはね、最終的にストックした大量のビハインドを解放することで、霊界……つまり幽霊の世界への道を一瞬、こじ開ける事が出来るの。そこに自分自身のビハインドを差し向けることで、そうね、概ね一人、誰かの魂を呼び戻す事が出来るの」

「つまり、ストッカーは概ね死者を蘇生させるために戦ってるの?」

「そう言うことね」

 そこでふと、裕之は気付いた。死者の世界をこじ開ける、まさにそんな光景をさっき見たような……。

「ま、まさか、五所さん……使ったのか? そのストックを集めて得た死者蘇生の権利を? 僕に?」

「そ。あなたを蘇らせたのは私。おかげで、ストックはすっからかんよ」

 空っぽの竹筒を振りながら、憂紀は軽く笑う。

「ご、ごめん。君にも蘇らせたい人がいたんだろうに」

「え? ……あ、あぁ……そうなるわよね」

 思わぬ言葉に一瞬、憂紀は目を丸くして、笑う。

「大丈夫、私は……少し特殊だから」

「それって、さっき言ってた霊呪詛師って奴か!?」

「レイコ呼ぶわよ」

 声色が本気だったので、素直に裕之はごめん、と謝った。

「けど、脳天かち割られたんだよな? なんで戻ってるんだ?」

「簡単に言うと、魂には元の見た目に戻ろうとする性質があるからね。霊界に戻って霊力を回復した魂には、肉体を元に戻すだけの力があるの」

「ふむ……」

 きょとんとした表情の裕之。

「何よその釈然としない顔」

「いや、突然霊力とかオカルトだなって」

「ビハインドからしてバリバリオカルトでしょうが」

 憂紀が呆れた顔で言い返す。

「説明はこんな感じ、何か質問ある? さっきは山ほどあるって顔してたけど」

「あぁ、いや。大体わかったよ。けどさ」

「けど、何?」

「今朝、僕を睨んでたのは、なんで?」

「にらっ!?」

 思わぬ言葉に憂紀が不服、と言った表情をする。

「失礼ね、睨んでなんかないわよ。ちょっと同級生とのやりとりが聞こえちゃって、気の毒ねって思っただけ」

「赤の他人の事情を聞いて? 随分……」

「まぁ、全くの無関係とも言えないから。だって、あなたの幼馴染さん、?」

「え?」

 それは想定を超えた言葉だった。

「ま、待てよ。じゃあ、何? 知永の原因不明の植物人間化ってのは……」

「うん、霊呪詛師に魂を取られたからよ。今頃はもう霊界に戻ってることでしょうけど」

 裕之にとって極めて重要な情報を、憂紀はあっさりと言ってのけたのであった。

「じゃあ、どれだけお見舞いに行っても、知永は目覚めない……ってことか?」

「残酷な事実だけど、その通りよ」

 真剣な顔で、憂紀は頷いた。

「い、いや……。でも今言ったよね? 知永の魂は、今はもう霊界にいるって」

「えぇ、恐らくそう思うわ、何せ……」

「なら、俺がビハインドをストックし続ければ、いつかは知永を取り戻せる、って、事だよね?」

 真剣な表情で裕之が問う。

「本気?」

 すぅ、と憂紀の顔から表情が消える。

「あぁ、本気だよ」

 だが、裕之はその表情の変化には気付かなかった。

「ねぇ、高橋君、さっき私は事情が特殊だ、って言ったわよね」

「? あぁ、言ってたね」

「あれはね、私はストッカー同士の殺し合いを止めるためにストッカーになったからなの」

 その言葉に呼応するように、レイコが憂紀の背後に出現する。

「ストックを集める? それはストッカー同士争うと言うこと。そして、ストッカーと殺し合うと言うこと」

 レイコが弓をつがえる。

「そんなことは、私がさせない」

 レイコの矢が放たれる。

「ゆ、ユキチ!」

 咄嗟に裕之が叫ぶと、ユキチが姿を現し、矢の一撃を受け止める。

「相変わらず大した呪力ね。ストッカー殺しの悪霊使い、なんて存在、許すわけにはいかない。あなた自身のためにも、あなたのビハインド、ここで私のストックにさせてもらうわ」

 夜が更けていく。

 再び、戦いが始まる。


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