夜の病院。僅かな夜勤の医療従事者と入院患者以外いないはずの聖域。
そんな聖域の廊下を二人の影が踊る。
「この進路、狙いは一緒ってことね」
影の片方、長い髪をワンサイドアップにした高校生くらいの少女が呟く。
直後、廊下の角から飛び出したもう一人の人影。飛び出すと同時、人影から少女に向けて青白い炎が飛ぶ。
「仕掛けてきたか! レイコ!」
少女が叫ぶと、少女の背後に和弓を構え、弓道着を身に纏ったポニーテールの少女が出現する。
その足元は揺らめいており、まるで実体がないかのよう。
レイコと呼ばれた何かが弓に矢を番え、放つ。
青白い炎と矢がぶつかり合い、互いに消滅する。
「ビハインドの性能は拮抗してる! 一気に距離を詰めるわ!」
少女が一気に地面を蹴って駆け出す。
人影はさらに青白い炎を数発放った後、さらに奥へと逃走を始める。
「同じ手を数だけ増やしたって無駄よ!」
レイコが再び矢を放つ。それは空中で分裂し青白い炎を相殺していく。
「レイコ、先行して!」
少女の指示に従い、レイコは滑るように少女の先を行く。
だが、人影はその動きを見越していた。
「タケシ!」
人影、スーツの男はポケットからタバコの箱を取り出し、開きながら叫ぶ。中身は空だった。
否、箱の内部からレイコと同じく、足元が揺らめく男が出現した。その手には竹刀。
「下がって、レイコ!」
慌てて、少女が叫ぶが、あまりに遅い。タケシと呼ばれた何かの竹刀が鋭くレイコを打ち据える。レイコの姿がノイズが走るように揺らめき、より朧げになる。
「ストック持ちとはね……」
少女が悔しげに呟く。
タケシがタバコの空箱の中に戻り、男はその空箱をポケットにしまった。
「トドメだ、シオリ」
男の背後に着物を着た長い黒髪の少女が出現する。これまでのレイコやタケシと同じく、足元がゆらめいている。
シオリと呼ばれた何かが手のひらをレイコに向ける。
「レイコ! 私を呪いなさい!!」
「ウウ……、アアア……!
少女が叫ぶ。直後、レイコは一瞬呻いてから、激しい怨嗟の声を上げる。
同時、レイコを紫色の炎の如きオーラが纏う。
シオリの手のひらの先から青白い炎が飛ぶが、レイコが纏う紫色の炎の如きオーラが掻き消す。
「なにっ!?」
男が驚愕する。
だが、それは一瞬でありながら致命的な隙だった。
その驚愕している間に、男へ肉薄した少女は、抜き放った警棒で、男の頭部へと殴りかかった。
「
だが、それより早く、男の指示なしにシオリが間に割り込む。
「へぇ、指示なしにビハインドが庇いに来るなんて。随分懐かれてるのね」
シオリの青白い炎を帯びた手刀と警棒が触れ合う。刹那、警棒にレイコが纏っているのと同じ紫色の炎が如きオーラが纏わりつき、青白い炎と紫の炎が如きオーラの両者が拮抗する。
「そちらこそ、ビハインドと人間が拮抗するなど聞いたこともないぞ」
「ビハインド」。それがレイコと、シオリの正体だった。
彼女らは背後霊。英語で言うならば「ゴースト・ビハインド」。背後霊を使役する彼らはそれらを縮めて単に「ビハインド」と呼んだ。
「ちっ」
シオリと呼ばれたビハインドを抜けないと判断した少女……憂紀は後方に飛び下がり、レイコと呼ばれたビハインドと並ぶ。
そして、両者はほぼ同時に、それぞれ別々のものを取り出した。
男……紫煙はタバコの空箱を。憂紀は竹筒を。
「タケシ!」
「コウヘイ!」
それぞれの容器から新たなビハインドが出現する。
タケシの見た目は既に説明した通り。
コウヘイはボクシンググローブを両手につけた半裸の少年だ。
両者の竹刀と拳がぶつかり合う。
「やはり既にストックしているビハインドがいたか。ならばここには君もストックを増やしに?」
「あなたと一緒にしないで頂戴」
通常、人間が使役出来るビハインドは一体だけだ。ビハインドの使役とは即ち「取り憑かせている」状態であり、二体以上のビハインドに取り憑かれて、無事でいられる保証はない。一体取り憑かせて無事でいること自体、使役者の特殊な才能なのだから。
だが、直接取り憑かせず、何かに封印して必要に応じて封印を解く方式であれば?
この発想から生まれたのがビハインドを空の容器に封印する「ストック」と呼ばれる技術。
彼らこそはこの現代にあってビハインドと言う名の超常を操る者。
「ビハインド・ストッカー」である。