「あなた、少しは落ち着いて下さい」
ソファーに座って一口飲むが、まったくもって落ち着かない。
「そうはいってもな……どんな男かも分からんし」
「まだそんな事言ってるんですか。もう観念して下さい」
「うむ……」
三兄妹末っ子の
生まれたばかりの奈央子をこの手に抱いた瞬間から「娘さんを僕に下さい!」と、いつか言われるだろうと覚悟はしていた。
しかしいざその日を迎えると……いても立ってもいられない。
お相手は会社の先輩、
年齢的に少し早過ぎやしないかと思うが、今の時代、晩婚どころか未婚のまま生涯を終える人も多い。
不安定な職でもないし、娘の結婚相手として文句の付けようもない相手だ。
ピンポーン。
ああ、来てしまった。
聡子はキッチンにいる。私は意を決してインターホンを取った。
「はい」
「第一問!」
「はい!?」
「娘さんを僕に下さい! イエス、オア、ノー?」
「えっ、クイズ形式で結婚報告するのっ!?」
「ちっちっちっちっちっ……どうします? テレホン使います?」
「なんなら今、インターホン使ってるよっ!?」
思わず受話器越しにツッコむと、玄関の外で娘と盛り上がってる声が聴こえてくる。
『お義父さんツッコミ速い!』『でしょっ!』『マジパナいっ!』
パリピかっ!? 娘もパリピなのかっ?
いやいや。そんなばかな。
きっと信彦くんは「娘さんを僕に下さい」のセリフを繰り返し練習していて、思わずそれが飛び出してしまったに違いない。
それで咄嗟に、場を和ませるためにクイズを始めてしまったのだろう、きっと、たぶん、そうであってほしい。
振り返れば、自分も緊張のあまり聡子の父親に粗相をやらかした覚えがある。それでも養父は笑って許してくれた。
今度は私の番だ。ここは亡き養父を見習って、温かく未来の息子を迎えようじゃないか。
そんな事を考えているうちに、玄関まで迎えに行った聡子が、若い二人と一緒に部屋に戻ってきた。
「初めましてお義父さん! 信彦です」
スーツを着込んだ青年が、元気な挨拶をしてくる。あーなるほど、確かに営業マンっぽい。
隣で奈央子がスマホで撮影してるのが気になるけど……まぁ一生に一度の記録を、残しておきたいのだろう。
「こちらこそ、初めまし――」
「はいっ! というわけでね。今回の企画はっ!」
「じゃじゃん♡」
信彦君がばかデカい声を張り上げると、奈央子が口でSEを入れる。
「YouTuberの彼氏に、大事な一人娘を任せられるのか? 第一回チキチキ、親への結婚報告ぅ~!」
「ヒューヒュー♡」
「本日のゲストは~……お義父さん!」
「ちょっ、待って待って。奈央子、カメラ止めて」
「あー、ダメだよお父さん! 本名言っちゃ!」
「録画は編集でピー付けるから、大丈夫です!」
「いや、そういう問題じゃなくて……信彦くん。これはもしかして……?」
「あ、これ今、ライブ配信してますんで」
「君は、相手の親への結婚報告を、全世界に公開してるのかっ!?」
「僕は、そのくらい本気です! リスナーのみんなに、僕らの結婚を認めてほしいんですっ!」
「まず私に、認めてもらえるようにしないのかなっ!?」
信彦くんは「あーそういえば」みたいな顔すると、私の手を取り懇願してきた。
「お義父さんっ! 僕、本気です! 本気でシノちゃんと添い遂げたいんです!」
「ウチの娘、奈央子だけど……」
「苗字が
「紛らわしいだろ! なんなら君以外ここにいる全員、一度はシノちゃんって呼ばれてきてるから!」
「そうかっかすんなよ、シノちゃん」
「それ娘に言ってないよね? 私に言ってるよね!?」
「つまりお義父さんは、ダメって言いたいんですか? 愛しあってる僕たちの結婚に、反対なんですかっ!?」
「いや、そんな事、私はまだ、一言も――」
「あざま~す! 幸せにしてもらいま~すっ‼」
「だから結論を急ぐなっ!? そもそもなんで受動態? 君がウチの娘を幸せにしなさいよっ!」
「てことはぁ~?」
「認めてねーよ、ポジティブ過ぎだろ君!」
いい加減ツッコミ疲れてきたところで、スマホカメラマン奈央子が天の声を上げる。
「NOBUくんもパパも息ピッタリ! さすが親子!」
「親子じゃないよねっ!? 奈央子とお父さんが、親子だよねっ!?」
「まぁまぁお義父さん、立ち話もなんですし」
「お前が言うなっ、私の家だぞ!」
「それもいつまでかなって」
「おい絶対コイツなんか企んでるぞっ、聡子っ!」
はいはいと言いながら聡子がお茶を持ってきてくれたので、ようやく全員がソファーに座った。
しかしヤバいぞコイツ……下手に追い返したらモンペ扱いされ、炎上案件になってしまう。
もしかして、公開配信する事で断られないようにしている? それはそれで、ちょっと優秀な気もしないでもない。
「じゃあお義父さんの気持ちの整理が必要だという事で、本題前にちょっと雑談でもしましょうかね」
「確かに整理は必要だけど! それを言うのは私の方だ!」
「これ、手土産です。どうぞ」
「あ、いや、これはご丁寧に」
突然のご挨拶テンプレートに、私は思わず敬語で紙袋を受け取った。
なんだ、ちゃんと礼儀作法も
私が中から箱を引っ張り出すと、そこには『PLAYSTATION 5 PRO MAX』と書かれている。
「これ、全然手に入らないんですよ! ゴルフコンペでもらっちゃいました!」
「あのねぇ信彦くん。普通こういう時はお茶菓子とか――」
「すごいわ信彦くんっ、これってCOD BO6で4K144FPS張り付きなのよねっ! ありがとう、ありがとう!」
それまで大人しかった聡子が秒でゲーム機を奪い取ると、信彦くんに繰り返し感謝の言葉を述べ始めた。
そういえば聡子の趣味はゲームだったな。最近は銃で撃ち合うゲームにハマっていたような。
新エンジンだ糞リスだ、信彦くんと聡子の会話は私にはさっぱりだが、こうなっては文句の付けようもない。
ゲーム話が一段落したところで、私はとりあえず礼を言う。
「あ、ありがとう信彦くん。ところで君は営業職なんだってね。どんなものを売ってるんだい?」
「あっ、会社は辞めました」
「え? それじゃあ今は……?」
「主にゲーム実況してます」
「それってつまり……動画配信は副業じゃなく、本業としてやってるのか!? 君はYouTuberみたいな不安定な職で、娘と結婚しようっていうのか!」
「安心して下さい、お義父さん。僕はほとんど稼げてないので、YouTuberとも言い切れません」
「それもっとダメなヤツだろ! ただの無職って事だよね!?」
「実はいい企画があるんです。聡子さんと一緒にBO6配信すれば、稼げると思うんですよ!」
「それ絶対今思いついた企画だよね!?」
「聡子さんを、僕に下さい!」
「ちょっとNOBUくんっ! どうしてお母さんもらう話になってるのっ!?」
「あら奈央子。あなた本当に、信彦さんに相応しいと言えるのかしら?」
いつの間にセットアップしたのか、聡子はテレビの前に置いたPS5 PRO MAXの電源を入れゲームを起動している。
「勝負よ奈央子。大人のエイムを見せてあげるわ」
「私だってCOD、結構やってたんだから! 望むところよ!」
「おー
なんやかんや、ゲームで楽しそうに盛り上がってる三人。
親に挨拶に来てそれはないだろうと、私は文句を言おうとするものの、唐突な既視感に襲われてしまう。
そういえばまだ奈央子が小さい頃、テレビの前で兄妹三人集まって、わいわいゲームを楽しんでいた。
記憶に残る大家族の思い出が、目の前の光景とダブってしまう。
「お義父さんも! 一緒にやりましょうよ!」
信彦くんが声をかけてくる……なんだ、優しい子じゃないか。
「いや、私はゲームやらないから」
「違いますよ。僕らと一緒に、家族! やりましょう!」
「……だから言っているだろう、信彦くん」
こんな失礼極まりない、人の心に簡単に入ってくるこの男に言うべき事は。
「それを言うのは、私の方だ」
NOBUくんは、私に向けて居住まいを正す。
「俺、頑張ります。配信だってもっとやって、スパチャや広告で稼いでみせますから!」
「でも君、今はほとんど稼げてないのだろう?」
「それは……」
「……私と家族コラボ、やってみるかい?」
「お義父さんっ……!」
ふっ……趣味の沖釣りにでも、連れていってやるとするか。
「コラボは聡子さんでお願いします」
「君ウチの娘、どうでもよくなってない!?」