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第14話

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「はぁ~~…………疲れたぁ」


 回復ポーションでHPを少しだけ回復させながら座り込む。

 極限の集中力を使ったあとの疲労感はいつもヘトヘトで今すぐにでも倒れ込みたくなるが、今回はクエストクリアの達成感の方が強い。


 あと安心感もすごい。

 さっきまでこっちを全力で仕留めにかかってたゴーレム達がすっかり停止しているから。


「ガーベラ」


 持っていた宝珠を投げ渡す。


「クリア報酬の願い事は……えーと、それを使えばいいのかな?」

「クエストをクリアさえすれば後は自動的にイベントが発生するはずだ」


 ガーベラがそう口にすると、宝珠がキラキラとした光があふれだした。光はどんどん強くなり空中に何かを形作る。膨大な輝きが満ちて弾けると、そこには小柄な女性――というか女の子? が現れていた。


《……あなた達が私を助けてくれた英雄ですね。私は封じられた女神の一人。よくぞたった二人で成し遂げてくれました》


「お!? どうやら本当に終わったみたいだね」

「そのようだな」


 実は意地の悪い製作者が更なるトラップを仕掛けてるのでは? と疑っていたけれど、どうやら普通にエンディングに移行したらしい。良かった良かった。


《私を救ってくれた方に心ばかりの恩寵を授けたいと思うのですが、よろしいでしょうか?》


 その問いかけにはYESしかない。

 オレ達は揃って首を縦に振った。既に願い事は決まっているのだから考える必要もないのだ。


 妹さんが罹っている病気を治す。

 ガーベラ本人のもだ。


 具体的にどういった手順で願いを叶えるのかは分からないけれど、ガーベラの予想通り大金が手に入るならそれはそれでってところかな。あとでリアルにメールが届いて、それからやり取りでもするのだろうか――――。


《それでは叶えたい願いをどうぞ》


「私からでもいいか?」

「もちろんだよ。どうせすぐにオレも言うしね、順番なんか関係ないさ」

「では……」


 ガーベラの声には喜びが滲み出ていた。

 そうだよな、ニュービーから間もないオレと違って彼女は多分ずっとこのために頑張ってきたんだから。そう思うと感動も一塩だ、この場に居れて良かった。


「何でもいい。手段は問わないから、私の妹の……病気を治して欲しい!」

「オレのお願いは、ガーベラの病気を治してくれ、だ。姉妹揃って元気になれるようにってね」


 オレの願いを耳にしたガーベラが驚いた表情をする。その眼は「いいのか?」と確認しているように感じたが、見えていないフリをした。大分気恥ずかしいのもあるが、姉妹揃って元気になって欲しいのも嘘ではないが、それでも何よりオレが……今後もガーベラと一緒に女神の地平をプレイしたいという気持ちがあるからだった。


 しかし、オレ達の願いに対して女神様は困った表情を浮かべる。


《……申し訳ありません。それらの願いを叶えることはできません》


 その言葉に興奮が一気に冷める。

 頭の上から足の爪先までを氷がなぞったかのようだった。


「叶え……られない?」

「おいちょっと! 冗談は止してくれよ!!」


 数歩前に出て、小さな女神をくってかかる。冷静になんてとてもなれなかった。


「レジェンダリークエストの報酬は、女神を助けた者の願いを叶えることなんじゃないのか!?」


 確かに元々は荒唐無稽かつ嘘にしか聞こえない報酬だ。

 だけど、オレ達はその報酬のためにここまでやってきたのだ。今更叶えられないで済まされるわけにはいかない。


《順番にお答えします。第一に、クエストの報酬は女神を助けた者の願いを叶えることで間違いありません。ただし、なんでも叶えられるわけではありません》


「…………この世界の物じゃないとダメ、と?」


《いいえ。あなたの妹様を救うこと自体は不可能でもないのです》


「え!? なーんだ、出来るんじゃないか。驚かせないでよ全くもう…………って、それならなんで願いを叶えることはできませんなんて――」


 そして女神は、とても口にし辛そうに残酷な真実を告げた。


《それらの願いを叶える事はできない……のです。ごめんなさい、本当にごめんなさい。今の私では……それらを叶えることは……》


 女神は同じ言葉を悲しげに繰り返した。

 そう、同じ言葉だ。この女神のキャラクターは、同じ言葉を強調していた。


 突然、ピンときた。

 なぞなぞのような女神の言葉、その答えに、本当に唐突に辿りつく。その時の衝撃が、気持ちがこぼれ出る。


 それらの願いを叶える事はできない……それら、“それ”ではなく”それら”……。

 クエストの報酬は願いを叶えること。……でも、願いの権利はクリアした全員に与えられるんじゃないとすれば。


 叶う願いはひとつだけ。

 女神が伝えようとしているのは、そういう事なのか?


「ガ――――」


 急いで後ろにいるガーベラに声をかけようとしたが、振りかえるよりも早く強い衝撃が身体に奔った。胴体にめり込んでいたのは蒼い手甲だと分かったのは、既に一発お見舞いされた後だ。


「…………なん、で……」

「済まない。もう時間がないんだ」


 床に崩れ落ちるオレを尻目に、ガーベラが女神の前に歩み寄る。

 止めねばならない。いや、オレは彼女を止めたかった。だが、スタンの状態異常が入っているせいで起き上がることもできない。


「安心してくれ、スタンを付与しただけだ。少し経てばクエスト終了後の強制送還が始まるから、モンスターにやられるなんて事もない」

「…………ッッ」


「女神様。叶える願いは私のにしてくれ、あいつのは無視していい」

《…………よろしいのですね?》

「うん。悪いのは全部私だからな」

《…………ここは邪悪な力が強い。力を行使できる場所、光の中へお進みください》

「わかった」


 女神の手から放たれた光が、光のドアのようなものを生み出す。

 そちらへ進もうとするガーベラに向けてオレに出来たのは、叫ぶことだけだった。


「待てガーベラ! 一度考えよう、他にきっといい手があるはずだ!」

「……言ったろう? 時間がないんだ。仮にいい手があったとして、それを見出すための時間がな。…………一応確認するが、願いを叶える権利は保留できるか?」


《それは……できません。時間が経てば、私はその力を発揮できなくなります》

「だそうだ……残念だったな」


 無慈悲な宣言にトドメを刺されて、何も言えなくなってしまう。

 そんなオレに対してガーベラは少しだけ時間をとって言葉を残そうとした。遺言のように。


「フウヤ。お前との日々は中々良かったぞ」

「…………ッッッ」


「短い間だったが充実していた。強くなるお前を育てるのは愉しかったし、私の自分勝手なお願いに付き合ってくれて感謝している」

「やめ……ろ」


「目的を果たしたならパーティは解散だ。でも、お前だけが損をする形を私は望まないから、後で補填は送っておく。足りないかもしれないが、何かの足しにしてくれ」

「そんなの……望んじゃいない」


「フウヤ」


 名前が呼ばれる。

 今まで、そんな優しく呼んだことなんてない癖に。


「信じられないなら忘れていい。だが、お前には伝えておく」

「……」


「女神の地平は、普通のゲームじゃない。この世界は本物だ」

「!」


「だから私は挑んだ。世界の真実を知っていたからだ」

「なにを……言って」


 ボロボロの蒼い鎧を纏った女騎士が、光の扉の向こうへと消えていく。

 その姿が薄れていく。まるで彼女のその後を現すかのように。


「ああ、ダメだな。言いたい事が纏まらない……本来私は口下手なんだ、許してくれ」

「う、うぅ…………」


 涙があふれて止まらなかった。

 なんでオレは、こんなにも悲しんでいるのかが分からない。


「お前ならきっと――――もっと――――」

「ガ――」


 時間がきて、強制転移が始まる。

 周囲の空間が乱れて、ガーベラとの距離がさらに大きく開いていき。


「がーべらああああああ!!!」


 涙も、絶叫も、すべては乱れた空間の向こうに飲みこまれていった。

 おそらく数秒もなかったであろう時間を経て目を開けると、そこはダンジョンの入口があった場所の前で。


 そこに共に戦ったガーベラの姿は、どこにもなかった――。


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