目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第13話

/10


 挑発されたボスゴーレム達の眼が赤く輝き、ズシンズシンとこちらへと歩み寄ってくる。サイズが巨大な分だけ歩幅も大きいからノロそうに見えて意外と速く、かかるプレッシャーもすごい。


 開幕時とは打って変わってガーベラが柱に隠れて機を伺い走り出すタイミングを見計らってるのを確認。さっき渡してもらったアイテム数と光風翼の靴のスキル発動を確認して身構える。

 間違いなく、今回のボス戦で最も緊張している場面。落ち着く方が難しい。


『私なら、コアのバリアを破壊する超ダメージを叩きだせるスキルが使える』

『デメリットが多すぎて普段なら使いにくい攻撃スキルなんだが、破壊力に関しては手持ちでもピカイチだ』

『しかし……最大の難点は』


 敵が先制してくる前に、オレは走り出した。

 距離を詰めてボスゴーレムのタゲを自分に向けるために必要な攻撃を繰り出す。ミリ単位のダメージすら与えていない嫌な感触が走り、防御エフェクトが幾度も散った。


 敵は攻撃してきたオレを無視することはなく、飛んでるハエを叩き落とそうとするように攻撃面積の多い掌で押しつぶそうとしてくる。


「その程度じゃカスリもしないよ」


 レベリング(修行)の一環でガーベラの攻撃を避けて来たオレにとっては特段速くもない攻撃に当たることはなく、ひらりと回避。その直後にボスゴーレムの掌同士がぶつかりあう硬質の音が響いた。

 嘲笑うかのようにニヤリと笑ってみせる。


「そうだその調子、どんどん来い。オレはこっちだぞどうしたどうした!」


 大仰な態度は無機質な“バーサ”を少しは怒らせたのか。ぴょんぴょん飛び跳ねながら二体の間に入って距離を保つオレを、ヤツらは排除すべき対象として追いかけてきている。

 その間に、ガーベラが部屋の最奥に向かって気配を殺して移動。これまで使っていた剣よりも一際美しい装飾が施された大剣を装備して上段に構える。台座に乗ったコア(目玉)のギリギリ視界外に位置取った彼女が、目で合図を送ってきた。


 さあ、作戦の始まりだ。

 開幕時と同様にセットしていたタイマーを動かし、カウントダウンを開始する。表示されたカウントは――前よりもずっと長い。


『一分だ』

『私が大技を放つまでには一分が必要になる。その間、フウヤはデッドクリスタルゴーレム“バーサ”のタゲを取り続けるんだ』

『もし攻撃が私にきた場合、スキル発動までの無防備な溜め状態になっているため防御も回避もできず直撃してしまう。そうなったらゲームオーバー』

『…………いいな。合図をしてから一分だぞ』


 繰り返された一分という時間。

 ギミック解除までボスゴーレムとタイマンしていたガーベラは余裕で一分以上時間を稼いでいたが、オレと彼女とでは根本的に難易度が変わってくる。


 理由は単純明快。

 防御力が高いガーベラは敵の攻撃を避けるのではなく受けられる。最終的には装備破壊効果付きの攻撃でやられはしたものの、適宜回復アイテムを使用していけばある程度ミスしたところでリカバリーが効いた。


 一方オレの場合。

 素早さ一点特化の能力でやってきたため、防御力は無いに等しい。

 つまりボスゴーレムの攻撃が一発でも直撃したら即座に終わる。紙装甲の一撃死、死ななきゃ安い、一発アウトのシューティングゲームみたいなもんだ。


 以上を踏まえた上での持久戦。必要タイムは一分間。

 ガーベラをもぶったおした相手を前に、避け続けるだけの簡単なお仕事だ。涙が出てきそうだよ。


「まったく! これを作戦って呼んでいいのかどうか!!」


 ドゴン! ドゴン!! ズダーーン!!!


 ボスゴーレムからすればちょこまか動くオレがうっとうしくも余裕で回避しているように見えるかもしれないが、こちとら神経をすり減らしっぱなしだ。それだけ一撃死の恐怖はデカい。

 最善の判断力、緩急交えた攻撃への反射神経、つかず離れずの位置取りキープ。内心では「もうヤダ――――――!!」と叫び続けているさ。


「うわ!?」


 ボスゴーレムの拳で破壊された床の破片が耳元をビュンとかすめる。HPこそ減らなかったが、もし当たっていたら攻撃を受けたと判定された身体はわずかに硬直して次の回避に繋げられなかった可能性がある。そんな不幸な貰い事故は勘弁してほしい。


 ここまで二十回以上は攻撃を避けたと思うが、経過時間はわずか五秒。

 オレは最低でもこの十倍以上頑張らねばならない。明確なステータス値として確認できないものの、女神の地平にはスタミナ値があるためずっと同じパフォーマンスで動けないのも気を付ける必要がある。


「ああ、考える事が多すぎて訳分からなくなりそうだ。もうダメ、変に考えるのは止めよう!」


 長い思考は動きを鈍らせる。それで死んだら目も当てられない。

 まずはスタミナを回復させるポーションを飲んで回復。そんでゴーレムの挙動を確認しながら動き出す。


 と、さっきまで両手足の猛攻を繰り広げていたゴーレム達が不意にピタリと止まった。


「ん? どうした、まさかエネルギー切れなんて嬉しい誤算が……」


 淡い期待を抱きつつ様子を窺うと、当然のようにヤツはこっちの希望を裏切った。背面部からガシャンガシャンと四角い箱(?)がせり上がってきて、それらが両肩・両腕・両足に装備される。箱の前面部には綺麗に整った大小の穴がいくつも空いており、まるで発射口のよう――。


「っていうか発射口だなそれ!!?」


 ブゥンと、ボスゴーレム達の眼が鈍く光る。

 まるで「そのとおりだ」とニヒルに告げたかのように。


 ズダダダダダダダダ!! バシュンバシュンバシュン! ドドドドドドドッッツ!!


「うわあああああああ!! ファンタジー世界で現代兵器みたいな武装を乱射するなよ世界観が壊れるだろおおおおお!!?」


 両手両足攻撃の何倍になるかも分からない攻撃は、とにかく当たればこっちの勝ちだと言わんばかりの無茶苦茶な物。そりゃあ確かに手数は多いかもしれないが、むしろ正確性に欠けてるんじゃないか? そう思った時がオレにもあったよ!


「くぅぅぅぅぅ!!」


 もはや完全に弾幕ゲーみたいだ。

 こっちは当たり判定が1ドットじゃなく全身なんだぞ!! 加減しろ!!


「か、回避回避回避!!」


 死にもの狂いで避ける、避ける、避ける、とにかく重火器による攻撃を避けるのに必死になった。たまに手足を掠める度にゾッとするが、足を止めたらそれこそ蜂の巣になってしまうので少々のダメージは諦めるしかない。

 しかもボスゴーレムはまだ複数の攻撃パターン――つうか兵器を持っているようで。


 ゴゴゴゴゴッ、ガコン。……バシュン、バシューン。


 背中から生えたでっかいミサイル(?)みたいなものまで打ち始めた。着弾点は当然のようにオレ狙い。


「わあああああああ榴弾か!? 榴弾だな!!? ふざけんなよもおおおおお!!」


 急いで着弾点から離れた次の瞬間。

 ドーム状の大爆発が巻き起こり、爆風がオレの身体を吹き飛ばしていた。



◇◇◇


 ――三十秒。

 私がスキル発動の溜めに入ってから経過した時間は、半分程になった。

 フウヤのHPバーは時折少々減ってはいるものの、一気にゼロになってはいない。後方から聞こえる音だけで凄まじいが、そんな状態でも彼は無茶な作戦を成功させるために頑張っているのが分かる。


 私に向けてボスゴーレムが攻撃してこないのもいい証拠だ。フウヤは完璧に仕事をこなしているといっていい。


「早く……」


 どれだけ焦燥に駆られても、溜め時間が減ったりはしない。

 それでも焦らずにはいられない。ダメだ、落ち着け……これでバリア破壊に失敗なんてしたら全てが無駄になる。


 私達のために頑張っているフウヤの決意を、台無しにしてたまるか。

 私は、私は……願いを叶えて妹を救ってみせる。


「必ず、必ずだッ」


 大上段に構えた大剣から光が零れだす。

 最強の威力を誇るスキル発動までの時間は、およそ二十五秒を切っており。


 ギョロリ!


 危機を察知したコアの瞳が、ガーベラが掲げる剣の脅威に気付いたのはほぼ同じタイミングだった。


◇◇◇


「げほっ、げほっ!」


 爆発の煙の嫌な臭いにむせながら、自分の体を確認する。

 HPは半分程減少しているがスタン等の動けない状態異常にはなっていない。カウントダウンも半分を過ぎており、最高ではないにしろ決して悪くないペース――。


 のはずなのに。

 “バーサ”の頭がこちらを見ていないように見えた。


 何故――?

 その疑問は、ヤツの頭部がガーベラの方に向けられているからだと気づく。

 何度も耳にした収束音と共にボスゴーレムの口に光が集まり発射体制が取られる。


「やばい!!」


 後先考えずに地面を蹴って大ジャンプ。何度かボスゴーレムの各部位を足場にしながら、横っ面に飛び蹴りをお見舞いすると……。


 チュイン、ズドオオオオオオン!!


 これまでよりも高出力とおぼしきレーザーが放たれ、蹴りの分だけ向きがズレたレーザーがボス部屋の天井をぶっ飛ばした。


「おい、相手はオレだって言っただろうが! よそ見してたら何するかわかんねえぞ、どっちが怖いか教えてやるぞ!!」


 大声で挑発。

 肩に止まっているオレが大声をあげれば絶対に気付くはずなのだが、“バーサ”はガーベラかオレか。どちらを攻撃すべきか逡巡してるように頭を左右に動かしていた。


 なんでだ!? どう考えても近くにいるオレの方が攻撃対象としてヘイトを向ける相手のはずなのに、なんでコイツは迷っている!?


 ――おそらく、コアの方がガーベラに気付いてボスゴーレムに攻撃をさせようとしたから。

 答えを導き出したところで困るしかない。もしボスゴーレムのタゲが完全にガーベラに向いてしまえば作戦失敗待ったなし。

 ならば、よりヘイトを稼ぐために強引でも攻撃し続けるしかないか!


「このっ、このっ!」


 たとえダメージが通らずとも何度も何度も攻撃すれば嫌でも反応せざるを得ない。そう判断しての行動だったが、やればやるほどオレの回避専念に隙ができるデメリットは大きい。

 先にオレを始末した方がいい判断したボスゴーレムが身体をぐるんぐるん回転させて強引にオレを振りほどいたあと、地面に着地した時。


 ガチン!


「ガチン?」


 何かに足を捕まれた感覚があった。 

 足元を確認すると、何やらプライズキャッチャーの爪みたいな物が四本生えた小さいクリスタル(?)がしがみついている。しかもそいつは点滅していた。徐々に速度が上がるカウントダウンのような点滅を――。


「爆弾!?」


 急いで蹴り上げる動作でしがみついていた奴をふりほどくと、吹っ飛んで行った先でチュドーン! と爆発が起きた。やっぱ爆弾じゃねーか?!? さっきはこんなのなかっただろ、一体どっから沸いたんだよ!!


 カチン、ガチン、カチン、ガチン!


 今度は一斉に四体が飛び跳ねながらオレの四肢をロックする。

 正確な威力はわからないが爆弾でダメージが低い事も考えにくい。なんとかそいつらを振りほどこうと手足をバタつかせようとすると、この動く小型爆弾の発生源が見えた。


 “バーサ”の腹が開き、小型爆弾はそこから出てきていたのだ。

 それも四体だけではなく無数にうじゃうじゃと、あとからあとから湧き出てきている。もしこいつらが一斉に連鎖爆発でもしたら――一秒先の未来を想像してゾワリとするが、回避する手段がない。

 もはや必中といっていいほどの爆発が起こる高速カウントダウンが一斉に始まっていた。


 自身にダメージが入っても構わない自爆攻撃。

 しかし、デッドクリスタルゴーレムは無敵である。どれだけ大規模な爆発が起ころうがきっとダメージは入らないだろう。この状況はオレを殺すためだけの必殺手段を選択したために起きていると思っていい。


「くっそおおおおおおおお!!」


 絶叫が合図になったように、ボス部屋全体を照らす閃光が煌めき、最大規模の大爆発がオレを飲みこむのに大した時間はかからなかった――。


◇◇◇


「フウヤ!!!」


 これまでの爆発を遥かに凌駕する爆炎に、フウヤが巻き込まれたのが見えた。

 いますぐ助けに行きたいがスキルの溜め状態はまだ十秒はかかるし、何より少しでも動けば溜めがキャンセルされてやり直しになってしまう。


 混乱しかける頭を冷静さで押さえつけながら、今は専念することしか出来ない。

 一瞬でも早く私がバリアを破壊できれば、まだクエストクリアは不可能ではないはずなのだ。そう、宝珠を手にしてクリアさえすれば……。


「…………ッッ」


 ズシン ズシン ズシン


 重い足音が煙の向こうから聞こえてくる。

 視線を向ける事が出来たなら、こちらへ近づいてくるクソボスの姿が見えたのだろうが今は全神経をスキルを注いでいるためそれも叶わない。


 フウヤはクエストをクリアするために役割をスイッチしてくれた。

 無謀な作戦にも乗ってくれた。

 今更、この局面で私が臆するわけにはいかない……。


 レーザーの収束音が聞こえてくる。

 発射まで長くて一秒。私の溜めが終わるまでは5秒程。


 足りない。圧倒的に足りない。

 ほんの何秒かをここまで長く感じるのは、私の頭が必死に打開策を考えているからなのか。


 しかし、もうその必要もない。

 これで終わりなのだ。


「――そうだろう、フウヤ」


 私の声が届いたのかは分からない。

 確実に言えるのは、もくもくと漂う黒煙の向こうから一人の影が弾丸のようにボスゴーレムに向かっていたのが判明したこと。


「やらせないって、いってんだろおおおおおおお!!」


 装備している靴を翡翠色に輝かせながら、まるで背中に翼を生やしたかな紋様を浮かびあがらせて飛び進む。頼りになるすぎる相棒が大技を放つ。

 クールタイムが長すぎて、実質一度の戦闘では一回しか使用できない。光風翼の靴に備わった二つ目のスキルは、使用者の素早さに関係するステータスを参照し、その数値に比例して爆発的な攻撃力を発揮する。


「【光輝く翼の一撃(オーバーウイングストライク)】!!」


 ここぞという時に使用する切り札。

 直前に私が渡したレアアイテム。一度だけ即死級の攻撃のダメージをHP1で耐える効果を持ったチョーカーをバラバラにしながら、ボロボロの身体を突きうごかすフウヤが流星のように思えた。


 私達を救ってくれる。願いを叶えてくれる美しい流れ星に。


 ダメージは入らなくても、衝撃は伝わることは実証済み。

 可能な限りのリソースをすべて費やしたフウヤの一撃は、巨大なゴーレムをぐらつかせ転倒させた。


 その三秒後。ゴーレムがまだ起き上がれていない間に、私の溜めが終了した。

 ここまで繋いだ希望を叩きつけるために、私は光り輝く大剣を振り下ろすのだ。


「くらえっ」


 バギャギャギャギャーーーー!!


 バリアと光の大剣がせめぎあい、耳をつんざくような衝撃音が発生する。

 そしてまた私の全身に耐えがたい衝撃と痺れに似た痛みが走った。


「ガッ!?」


 コアのHPバー――正確にはバリアの耐久値は完全に突破していた。しかし、私のHPもまた一気に減少している。


 ――反射ダメージ!


 おそらくバリアを破壊した者に対してデッドクリスタルゴーレム・コアが使用する反撃手段なのだろう。


「まさか……そんなものまで、ある……なんてっ」


 どこまでもこのクエストは意地が悪い!

 無敵のゴーレムに段階を踏むギミック、バリアを壊したあとには反射ダメージのおまけ付きときた。


「ほ、宝珠……が」


 バリアを破壊したからクリアではない。コアの中に眠る宝珠を手に入れなければクエストは終わらない。なのに、私の身体は身動きがとれなくなる程のダメージで硬直しており、バリアを失ったコアがひとりでにその場から離れどこかへとゆっくり飛び去ろうとしていた。っていうか逃げるなよ!!


 腕を伸ばしても届かない距離まで、コアが離れていく。

 逃がせば再び動き出したボスゴーレムが攻撃をしてくる。飛び回るコアと鬼ごっこをする余裕はないだろう。


「くそぅ……」


 くやし涙があふれて止まらない。

 ここまできて、クエスト失敗は容赦なく心をへし折るトドメの一撃だ。


 でも、それは杞憂だった。

 だってほら。


「いい加減にしろ、このひねくれ者ボス!」


 私が頼りお願いをした翼を生やした流れ星が、いつの間にか逃げようとしたコアを捕まえていたのだから。


「よーーーし!」


 視界の中央に豪華なウィンドウが表示される。

 そこには確かにこう書かれていた。


【レジェンダリークエスト・クリア】

【クエスト:女神を守る最悪の番人がクリアされました】


「…………ははっ」


 泣きながら笑ったのはいつ以来だろう。

 私は安堵しながら、ゆっくり降りて着地しようとしているフウヤを見守ったのだった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?