「これで三つ!」
さっきの突っ切りはさすがに危なかったので、まだ心臓がバクバクしている。
一歩間違えたら高所から地面に落下してダメージを受ける上に、“バーサ”に狙われるわギミック解除に余計な時間が必要になるわと良い事無しだったから!
でも成功さえすれば大きなアドバンテージになりうるから取った行動によって、ガーベラは体勢を立て直している。やる価値は十分にあったってわけだ。
「あとひとつは、北側!」
ラス1のチェックポイントを操作すればゴールは目前だ。無茶な空中移動をせずにトラップが無さそうな外周部を壁走りしながら目的地へと向かう。途中、明らかにこっち狙いのゴーレムレーザーが飛んできたが、来るのがわかっていれば最初の一発ほど慌てることもない。
「待っててガーベラ! もう少しで終わるから!」
目に見えて減少速度が増した仲間のHPバーをちら見しながら、遂に北側の小部屋へと到着。すかさずレバーを下ろすと、これまでより大きな振動が足元から伝わってきた。
念のため警戒していた追加エネミーの出現やトラップの発動は……ない!
「よし!」
小部屋から飛び出して、一直線に壁を滑り降りる。
四つの障壁が消えた最奥部の前に着地すると、そこには光り輝く球体が安置された台座が出現していた。
「手に取れフウヤ! それで私達の勝ちだ!!」
後ろから飛んできたガーベラの声に背を押されるように、オレは球体へと手を伸ばす。
届いた。そう確信した手の先――指が球体に触れかけた瞬間。
――ギョロリと目玉のようなものが球体の表面に出現した。
モンスター? トラップ? 他の何か?? ここにきて驚愕の波が押し寄せてきたが、最終的には触れてみなければ何もわからないと勇猛な決断が下される。
間違いなく触った。
そう感じた直後。オレの手にバチィ!! と静電気のような衝撃が走り腕が跳ね上がる。
「攻撃!? いや、バリアーみたいなもので防御されたのか!!?」
球体の位置は変わらず台座の上。
ただ、新たな変化は発生していた。球体の上にHPバーと名前が出現したのだ。
デッドクリスタルゴーレム“バーサ”・コア。
それがそいつの名前。そのまま捉えるのであれば、ガーベラが戦っているボスゴーレムの核ということになる。
予想を超えた事態に全身から冷や汗が噴き出す。
少しでもデータを得るために小手で殴ってみると、尋常ではない硬い感触が返ってきた。この時、ダメージエフェクトの光が発生したので無敵では無さそうだが、コアのHPバーにはミリ単位の変化もない。
そこから推測できるのは、とんでもない防御力かHPを備えていること。尋常ではない耐久力の証明。じっと目をこらせばバリアの向こう、目玉の内部には小さな宝珠のようなものが確認できた。
「ッッッッ!!」
何か対抗策はないか、頭がフル回転する。
けれど回避特化のオレには恒常的な高い攻撃力はない。一応一度だけ瞬間的な火力は出せるかもしれないが、それでイケるかどうかの確証はなかった。
「フウヤ! どうした、何かあったのか!? なぜ宝珠を手に取らない?!!」
困惑するガーベラの声に意識が引き戻され、慌てて答える。
「取れないんだ!!!」
「なにッ!?」
「壁のギミックを解除したら、新しいエネミーが沸いてバリアを張ってる! こいつを倒さないと宝珠が取れない!!」
なるべく短くした報告を終えると、ガーベラの悲鳴が上がった。
振り返ると彼女の装備していた蒼い鎧の一部が破壊されている。
「きゃあああああああ!?」
「ガーベラ!!」
名前を呼びながら走り出す。
直線で十秒もあれば辿りつけるであろう距離を詰めている間。拳がボーリングマシンのように変化したボスゴーレムの攻撃が、転倒したガーベラに炸裂する。
彼女がいつも身に着けていた最高ランクの鎧が砕け散り、無数の破片が血のような色の破壊エフェクトと共に宙を舞い散る。ヘルムに隠れていた顔――リアルのガーベラにどこか似ていた――がさらけ出され、トラックにでも跳ねられたかのようにアバターが地面を跳ね、転がりながら壁に激突する。
「------ッッッッ!!」
何かの足しになればいいと考えながら、使い捨ての最高級煙玉をボスゴーレムに向けて投擲する。巨大な足の周りに落ちた煙玉から噴き出た紫色の煙がボスゴーレム達を中心に立ち込めている間に、オレはガーベラを助け出していた。
「ガーベラ! おい、しっかり!!」
「…………す、すまん。直撃でスタンしている、動けるようになるのに時間が……」
「了解!」
半ば引きずるような形で大きな柱の影までガーベラを避難させる。
煙玉の効果もあるのか、ボスゴーレムは周囲を見渡してはいるもののオレ達をしっかり補足はできていない。
これなら少しは話すぐらい出来るだろう。
「状況を……」
「“バーサ”のコアがバリアで宝珠を守ってる。攻撃によるダメージエフェクトが出てたから無敵じゃないだろうけど、防御力やHPがめちゃくちゃ高そうなんだ」
「……ダメージエフェクトが、出たなら……おそらく後者だ。攻撃してHPを削りきれば倒せる……」
大きく深呼吸をしたガーベラが回復アイテムを自身に使用して、HPバーとスタンが回復する。ただそれで破壊された鎧までは元に戻るわけじゃない。
「ふぅ……まったくギミックを解除したかと思えば新しい仕掛けとはな。作ったヤツは本当に意地が悪い」
「……どうする?」
様々な気持ちをこめた問いかけに、ガーベラは諦めの悪そうな不敵な笑みを浮かべた。
「ひとつだけ方法が無いわけでもない。……分が悪いってもんじゃないが」
「あるんだね! 何をどうすればいい!?」
「今から必要そうなものを渡しておく。ただ作戦成功率は高くはないぞ?」
「やろう」
「……まだどんな作戦かも言ってないだろ?」
「やれることがあるならやるべきだよ。……妹さんを助ける、そのためならなんでもやるって言葉は嘘じゃないだろ」
「お前は……存外ギャンブラー気質だ」
「どこかのギャンブルゲーマーが言ってたよ。大きなリスクの向こうにしか、見合ったリターンはないってね」
中途半端なところで投げ出す事は出来ない。したくもない。
だったら前に進もう。
決意の灯を宿した目でお互いを見合いながら、オレはガーベラの作戦とやらを聞いた。最初に言ってたとおり、オレに成否がかかっていると言ってもいい大胆な作戦。人によっては無謀だと切り捨ててもおかしくないもの。
オレは、ただゆっくりと頷いて。
煙玉の効果が無くなって、ゆっくりと動き出したゴーレムに向けて。
「オレが相手になってやる! こい!!」
盛大に啖呵を切ったのだった。