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第9話

/7




「準備はいいか?」


「ああ!」


「気合が入ってるな。まずは最下層までダンジョンを進む必要から、バテるんじゃないぞ」


「……大丈夫、問題ない。ちゃんと一番必要な場面で力を出せるように調整しとく」




 黒い森の奥地。


 大きな怪物が口を開けているかのようなダンジョンの入口前で、オレ達は突入準備をしていた。


 ゲームの中とはいえひどく緊張するのは、女神の地平がリアリティに溢れているからか、それとも先日ガーベラから聞かされた話によるものか。多分両方だろう。




『実はな、私も奇病“V”と思われる症状が出ているんだ』


『誰にも言うなよ? 誰かに知られたら病院で監禁生活待った無しだろうから』


『ああ、近くにいるからうつるってわけじゃないからそこは安心していい』




 あっけらかんと言うものだから、最初は冗談かと思った。


 だけどガーベラは意味もなく嘘はつかないタイプだ。そんな彼女が打ち明けたのならば真実なのだろう。




 ――正直、ショックだった。


 妹さんだけでなくガーベラまで奇病“V”にかかっているなんて。放っておけば、いつかはガーベラも昏睡状態に陥るのか。




 ――そんなのはイヤに決まっている。


 だったらどうするべきかと言えば、最もわかりやすいのは一つだけ。


 これから挑むレジェンダリークエストをクリアして、ガーベラの病気も治してもらうのだ。




 そう考えてからは無駄に気合が入った。


 リアルのガーベラと会ってから数週間。レベル上げの効率を求めた結果、ガーベラのレベルには到底及ばないものの以前に比べたらオレのプレイヤースキルとキャラの能力値は大幅に向上している。レアドロップでGETした光風翼の靴は勿論のこと、ガーベラが所持していた装備や今回の為に購入した回復アイテムもある。事前準備にも手は抜いていない




 これで上手くいかないのであれば、それはプレイヤースキル――腕の問題だ。女神の地平においてはレベル・能力値:装備性能がどんなに高くてもプレイヤーが下手ならアドバンテージは失われてしまうのだから。


 ひとまずオレがやるべき事は、ガーベラの足を引っ張らないこと。そしてギミック解除に全力を尽くす事だろう。




「フウヤ、あまり気負いすぎるなよ」


「別に気負ってなんか……」


「お前はゲーマーとして楽しむくらいがちょうどいいさ。そういう時の方が動きもよくなる」


「……そんなもんかな」


「ああ。レアドロップを手に入れた時なんか特に動けてたし嬉しそうだった」


「それはガーベラも一緒だろ!」




 貴重なドロップアイテムは、ゲームを遊んでいるときに最も嬉しい瞬間の一つだ。中にはそこに熱中する人もいるので、特段オレが珍しいわけではない。


 実は、という訳でもないけれど……今回のクエストをクリアしたらおめでとうの意味も含めてガーベラに渡したいレアアイテムがあったりする。




 ガーベラがいない時のレベル上げ時に偶然手に入れた装備なのだが、これまで優先的にオレにアイテムを渡してくれていた彼女に対するちょっとした恩返しになればいいなと、多少は期待していたりも――。




「フウヤ? おい、フウヤ」


「わあ!? なになに、どうかした!?」


「ダンジョンに入る前の、打ち合わせをしようと思うんだが」


「あ、ああ。分かった、頼むよ」




 などと、色々緊張する場面はあったものの。


 誰かの手で作られたと人口物を思わせる壁や床が滑らかな石造りのダンジョンは、




「はあああ!!」


《ギョハア?!》




 ずんずん進んで行く蒼い鎧の騎士によって、ガンガン攻略されていった。




「つ、強い……」




 正直オレの出番なんてどこにもない。いざ攻撃を仕掛けるタイミングがあっても、モンスターのほとんどはガーベラの攻撃で倒されてしまうからだ。


 なんだこれ、いつからこのゲームは雑魚をなぎ倒す無双ゲーになってしまったんだ。




「フウヤのおかげで大分楽が出来てるな」


「どこが!?」


「ちゃんと敵のタゲを取った上で全部避けてるじゃないか」




 確かにガーベラの言う通りではある。


 しかし、さっきから出てくるゴブリンの上位種みたいなモンスターはすべてガーベラが倒してしまっているわけで。もっとオレも攻撃に参加した方がいいのでは、と感じたりはするのだ。




「適材適所だよフウヤ。お前が回避に専念してくれるのが最もありがたいんだ」


「うーん……」


「このダンジョンのいやらしさは、さっきも説明しただろ」


「まあねぇ」




 今回のレジェンダリークエスト(ダンジョン攻略含む)がどんだけいやらしい仕様なのかは、もう十分に教えられている。その最もたるのが、このダンジョンにおける敵の出現パターン。




 はっきり言って、このダンジョンを作ったヤツは性格が悪い。悪すぎる。


 何が面白くて『ダンジョン内に入った人数に比例したモンスターが出現する』なんて代物にしてしまったのだろうか。




 多少のランダム性や差異はあるんだろうけど、まず人数分のモンスターが出現するってのは人数の多さによる優位性を完全に殺しにかかっているといっていいクソ仕様じゃないか!


 仮に四人パーティで攻略しようとすると同じモンスターが最低四体出現。八人や十二人で挑もうものなら八体、十二体と増えていき……そいつらが一斉に襲い掛かってくるわけで。仮にモロい後衛が狙われたりしたらお陀仏待った無しだろう。




 この仕様をオレ達は逆手に取っている。




 二人パーティというソロを除けば最小人数での攻略は、人数分のモンスターが出現するという仕様において敵が最小限しか出てこないようになる=つまり敵は2体までしか出現しない、のだ。


 なんだったらオレが狼の群れに追われた森より最大エネミー数が少なくなるって寸法ってわけ。




「というか、そもそもモンスターもあまり強くない?」


「一階層だからこんなものだろう。弱いと感じるのはフウヤが強くなったからだ」




 いや、多分すぐ近くにモンスターを一刀両断できる廃人がいるせいだと思う。




「とりあえず練習だと思って、行ける所まで行こう」


「あ、はい」




 そこから始まったのは、無駄に調子のよい快進撃――というか廃人による一方的な蹂躙だといっていいだろう。


 モンスターが現れては倒し、ちぎってはなげ、ちぎってはなげ、さすがに下の回想になると偶に強いモンスターも出てきたりはしたものの。




「ふん!! はあ!! せいやあ!!!」


《ギョハア!?》




 もはや見慣れた光景が繰り返されるのは変わらない。


 ガーベラの超強力な攻撃にかかれば、大抵のモンスターはすぐにドロップ品に変わるだけだった。




「……あの、もしかしてオレってアイテム回収要員だったりする?」


「はははっ、面白い冗談だな」




 床に落ちたアイテムをきっちり拾いつつ進む、進む、とにかく前へ。


 そんなこんなで感覚的には割とあっと言う間に辿りついたのは最下層ボス部屋の前である。




「よし、さすがに闘い続けて疲れたから休憩にしよう」


「疲れた? ほんとに??」


「そりゃあそうだろう。到達タイムは前回よりもずっと速いんだから」


「は???」




 もしかしてこの人、以前にもボス部屋まで到着したことがあるのか?


 どうやって?? まさかソロで??? とんでもないなぁほんとっ。




「ここならモンスターも湧かない。ゆっくり休んで大丈夫だ」


「そりゃ何より……」




 いつかの森であったように。


 もはや最近では御馴染になった、たき火を囲うスタイルで休息をとる。HPを回復する意味あいもあるが、何より数値化されないプレイヤー自身の体力回復に努める大事な時間だ。


 ただ逸る気持ちはそうそう抑えられるもんじゃなく、




「ガーベラ。この先で待っているのって」


「……ああ。最も攻略が難しいボスモンスターだ」




 オレは改めてガーベラに確認をした。




「超硬いクリスタルで出来たゴーレムだね。扉を抜けたらすぐに出現するの?」 


「そうだな……一応デッドクリスタルゴーレム“バーサ”はボス部屋の中央まで移動するか、移動しなかったとしても少し時間が経過すると出現する」


「じゃあ、慌てずに隠れる時間くらいはあるか……」


「円状のボス部屋のにはいくつもの大きな柱が立っているから、打ち合わせ通り最初はそこに隠れればいいさ。そのあとどう行動するかはフウヤに任せる」




 ただ……、とガーベラが頭部を覆っていたヘルムを外して、真剣な眼差しを向けてくる。




「ほぼ間違いなく、私はフウヤの援護をすることは出来ないだろう。例のギミック攻略は完全に任せる形になるし、その上でお前がサポートをする必要が出てくるかもしれない。こればっかりはやってみないと分からないが……」


「大丈夫、そこはやってみせる。適材適所、だろ?」




 オレの気持ち的には一発成功狙いのワンチャンスしかないと考えている。




 クエスト攻略にあたってガーベラは財産のほとんどを費やして装備やアイテムを揃えている。その中には強力な代わりに一回使い捨ての超高額品もあるし、ドロップ品かプレイヤー間のやり取りでしか入手できない物も存在した。


 それらは様子見で使うのはデメリットがデカすぎる。




 何より……オレはガーベラの体調が気になっていた。


 ゲームにログインしている時は以前と変わらないようだけど、ログイン時間は前より減っている。彼女は「妹のお見舞いや仕事があっていきなり居なくなるかも」と口にしていたが、前触れなくログアウトすることもある。


 きっとアレはガーベラ本人のリアルで何かが起こった際の強制ログアウトだ。例の奇病は何かしらの形で悪影響を及ぼしているのだろう。




 だから時間なんてない。


 一度失敗したら、二度と挑戦できなくなるのはとても恐ろしいことだから。




「ガーベラ。この戦いが終わったら、妹さんに会わせてよ」


「お前……こんなところで死亡フラグを立てるなんて」




「そんなつもりじゃないんだけど!? ああでも、オレが今の内にフラグを立てておけば死ぬのはオレだけで済むかもか。よし、この際ガンガン立てておこうか!」


「フウヤは楽しそうな地雷原があったら自分からタップダンスしに行くタイプか?」


「これから行く先も似たようなもんじゃない? 違うのは、さらに先にとんでもないご褒美があって、オレ達は必ずそこまで到達するつもりだってとこ」


「はははっ! その通りかもな」




「死亡フラグって他にどんなのがあったっけ?」


「故郷に帰ったら結婚するとか、このあと伝えたい事があるとか……」


「お前だけは必ず守ってみせる! とか」


「ああ、あるあるだな!」




「よーし、じゃあガーベラはオレが守るよ! 必ずね」


「そうか、よろしく頼む」


「ふー、これで二回分くらいは死ねるかな」


「ボス戦開始直後に一撃死したら盛大に笑ってやろう」


「それもうただの事故じゃん……」




 張りつめた空気が、ようやく少しだけ柔らかくなった気がする。


 ガーベラが可笑しそうに反応してくれたのも嬉しかった。どうせならオレではなく妹さんの前でやってくれた方がいいんだろうけど。




 そのためには、オレの役目を全うしないとな。


 よーし、やるか!!




「よし、軽く飲み食いしたらボス戦だぁ!」


「食べ過ぎて横っ腹が痛いなんて言い出すなよ?」





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