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第8話

/6.5


「フウヤは失礼にもほどがある。男だと思われていたのは、さすがの私でも深く傷ついたぞ」

「ごめんなさい……」


 頭をさすりながら何度も謝ったが、目の前にいる女性はご機嫌斜めのまま。

 全面的に自分が悪いとは思う。だけど、間違えるのも仕方がないじゃないか。

 あんな全身鎧で顔も見えないし口調も男っぽかったし。あと、完全に性別が気にしてなかっただけなんだ……いやほんとに。


 実際にリアルで会ったら、両腕でむぎゅっと持ち上がった胸が強調されていやでっかいなじゃなくて、顔も相当美人だぞこの人どうなってんだ一体。ゲームの世界で廃人で現実でもハイスペックなのかチートだよそんなの――。


「おい、おいって」

「は!?」

「やっと反応したか。まったく何を考えているか知らんが、無視は良くないぞ」

「どう謝ればいいか考えてたんだよ」


 まさか美人すぎて見惚れてたとか言えないよね!

 オレの半分でまかせな発言を彼女は信じてくれたらしく、ようやく怒りを収めてくれた。


「もういい。今日はそんな話をするために来たんじゃないだろう」

「……はい」

「まずはそうだな。私はお前にこうするべきだ」


 そう言った彼女は何の躊躇もなく、深く深く頭を下げた。

 テーブルにぶつけそうな程に、大きく気持ちをこめて「すまなかった」と謝ってくれたのだ。


「一方的な物別れになったのはこちらの落ち度だ。こんな場所まで足を運んでくれた事も含めてな」

「え、いやあの!?」

「許されるのであればキミが納得するまで話しをさせて欲しい。私にはその責任がある」


 いきなり会えなくなった事情が知りたいオレとしては、彼女の話は望むところでしかない。ただそれは、こんな重苦しい雰囲気の中でしたいものじゃないんだ。


 だから返事はこうだ。


「顔をあげてください。えっと、ガーベラさん……でいいですか?」

「さんはいらない、敬語も不要だ。本名を名乗っても構わないが、お前の呼びたいようにしてくれ」

「じゃあガーベラって呼ぶから、そっちもいつもどおりにしてよ。本名は必要だったら教えてくれればいい、その時はオレも教えるから」

「わかった」


 場を仕切り直したところで、早速オレは聞くべきところから口にし始める。


「なんで、いきなり会わなくなったのさ」

「そうすべきだと判断したからだ。私は、お前を利用していた……そんなヤツとこれ以上一緒にいるべきではないと」


「どうして? オレが一緒に居たくないなんて、一回でも言った?」

「レベリング中に似たような発言をしてたと記憶してるが」

「それ絶対意味合いが違うからね!?」


 スパルタすぎてオレが音を上げた時と一緒にしないで欲しい。


「ああもう、茶化さないでもっとちゃんと話して! ガーベラはあのPK連中の戯言を気にしたんだろ!?」


「戯言ではなく、本当のことだ」

「嘘だね」

「どうして言い切れる」

「あいつらの言葉が正しかったとしたら、ガーベラがオレみたいなのを仲間に誘う理由がない。大体レジェンダリークエストなんて秘密の情報を渡す時点でそっちにデメリットが大きすぎない? 仮に嘘だったとしても、長い時間をかけて初心者を鍛える理由も思いつかないし」


「そこも含めて利用した、とも考えられる」

「たらればはいい。聞けば聞くほど、ガーベラを自分の為じゃなくてオレのためにあえて言葉を選んでるようにしか感じられないよ」

「…………」

「悪いけど、納得するためにきたから。今日は野暮でも藪でも突っつくよ」

「……ふぅ。納得できるかは分からないが、突かれた分は話すさ」


 席を立って二人分のコーヒーを持ってきた後、ようやくガーベラは事情を語りはじめた。


「先に言っておくが、私がパーティを組んだ仲間を殺したのは本当だ」

「理由は?」

「苦しませないため。あの世界のシステムにな」


 世界のシステム。

 ガーベラによると、女神の地平は現実としか思えない程のリアリティとシステム面による弊害が発生しうる。仲間を手にかけたのはその弊害を回避するためだったらし。


「あの世界でプレイヤーの瀕死状態になるとな、キャラクターはその場に倒れたまま残る。セーブポイントなんかに戻ったりはしない。いわゆる蘇生や回復するための手段を待つ状態だな」


 ――正確にはいくつかの段階と条件はあるが、まあそれはいい。

 そう呟きつつ、ガーベラは話しを続けた。


「この待ちの状態時、瀕死状態の本人はスキルやアイテムを使えない。つまり自前で復活は不可能だし、いいとこ声を出すか這いずるか、物を見る程度しかできない。ここまではいいか?」

「大体は。ちょっと意地悪な仕様だね」

「ゲーマーのフウヤらしい感想だな。だが、あの世界においてその仕様は時にプレイヤー本人を危険な領域に落とす」


 ガーベラの声のトーンが低くなる。


「たとえば……ログアウトやシステム的な撤退ができないエリア内で、戦闘不能になった者が、“誰も助けることができなくなる”場所に強制移動された場合だ」


「は?」


 なんとも間抜けな声が出た。

 内容が理解できなかった訳ではないが、正直何を言ってるんだろうと思った。


「何それ。ハメ技やバグ? それとも念入りなPKか――一種の嫌がらせみたいなやつ?」

「どれでもあるし、どれとも違うかもしれない」


 なお、女神の地平における設定だとHPが0になったら戦闘不能状態になる。この戦闘不能状態時にトドメを刺すと、最悪のペナルティ・キャラロストとなる。


「ただあの世界ではそういう事象が発生しえるんだ。私の時は偶々ダンジョン攻略を共にした三人組がいてな、ソロだと厳しいダンジョンだったから臨時で組んだ。いい奴らだったよ」


 話しを聞きながら、コーヒーに口を付ける。

 大分苦く感じたので砂糖とミルクをたっぷり足したが、中々甘くならない。


「お目当てのアイテムを手に入れた私達がダンジョンを脱出してる途中で、ソレは起きた。モンスターの攻撃で戦闘不能状態になった一人が叩きつけられた際、壁が動いてそいつを閉じ込めようとした」

「壁に擬態したモンスター?」

「いや、プレイヤーを閉じ込めるタイプのトラップだ。壁の向こうはモンスターが大量にいるエリアだったりする」

「…………ヤる気満々だ」


「そうだな、何者かの悪意を感じるよ。なんせその壁の奥には暗闇と人一人がやっと入れる程度の小部屋――隙間しかなかったんだ」


 小部屋。

 暗闇。

 人一人がやっと入れる程度の??


 ソレをイメージした直後、背筋が――ゾッとした。


「か、壁の中から脱出する方法は……?」

「今となっては分からないな」


 無言のまま。

 オレはガーベラの説明を整理し、当時の状況を推測する。

 答えはすぐに出たが、正直合っている自信はない。


「ガーベラは、罠にかかった仲間を助けようとした。そのまま放っておけば、その人が身動きひとつとれないまま暗闇に閉じ込められて……現実にいるプレイヤーの心が壊れてしまう可能性があったから……?」


 何かの記事で読んだことがある。

 暗闇に放置・監禁される感覚遮断を実験したら、被験者の半分以上が大したことのない時間で幻覚を見るようになった。これは被験者が心理的に弱る環境にあったことで起きたものであり、拷問や洗脳にも利用される。また、長時間になると精神崩壊を起こすとかかんとか。


「で、でもさ! そういったトラブルなら、女神の地平の運営――ゲームマスターに助けを求めれば解決できたんじゃない?」

「女神の地平にはお前が知ってるようなゲームマスターは存在しないんだ。だから緊急トラブル時のヘルプなんてものは機能しない」

「……じゃあ、壁の中に閉じ込められたら……そのまま? ずっと?」

「ああ」


 ゾワゾワする、なんとも恐ろしい話だ。

 きっとガーベラはその仲間を本当の意味で助けるために、ロクに身動き取れない状態で長時間暗闇に放り込まれる――精神がおかしくなる前になんとかしようとしたんだ。しかし、瞬間的に取れた手段は限られていた。


 手が届くうちにその人にトドメを刺すこと。


 見ようによってその行動は悪意を持って仲間を殺した、と見えてもおかしくない。貴重なアイテムを独り占めするため元々そういう考えで、用意周到で悪意に満ちた行動だと勘違いもされやすいだろう。


「……他のパーティメンバーは」

「説明しても受け入れられなかったよ。彼らからすれば、私は仲間殺しのPK野郎。基本的にソロで行動してたのも良くない方向に影響してな、いつの間にかジュデッカ――【凍てつく孤独者】なんて異名で呼ばれるようになった」


「誤解だろそれ!!」

「どうかな。その気が無かったといえば嘘になるかもしれない」

「なんで!?」

「私が願いを叶えるためなら、どんなことでもすると決めたからだ」


 そこにあったのは諦めではなく覚悟だ。

 少なくともオレはそう感じた。話している間も、一息入れるようにコーヒーを飲んでいる今も、彼女の表情や瞳には何かしらの厳しさがあった。 


「……こんなタイミングで打ち明ける事になるとは思わなかったが、フウヤには話しておくよ。私の願いについてを」


 彼女がポケットから取り出した携帯電話を操作してから、オレの方に画面を見せてくる。そこにはガーベラらしき女の子の笑顔が写っていた。


「これ、昔のガーベラ?」

「私はこんなに可愛くないよ。これは愛すべき妹だ」


 目の前にいる女性の表情に、悲しみが差す。


「妹は私みたいにヒネくれてもスレてもいない良い子でね。正直、ボーイフレンドでも連れて来た日には殴り飛ばすつもりでいる」

「愛が重い……。まさか、妹さんを変な男から守るのが願いだなんて言わないよね?」

「言わないさ。私の願いは、妹の病気を治すことだからな」


 その言葉は重く、オレは次の言葉を口にするのに勇気がいった。


「……………重いの?」

「以前から一部のニュースで騒がれている奇病を知ってるか? 妹はその奇病にかかっている」


 聞いたことはあった。

 症状は様々だが、最終的には眠りにつくかのように昏睡状態に陥り、目を覚まさなくなる――最悪死亡することになる病。ネット上では奇病“V”と呼ばれている奴だ。


「治るケースもゼロではないらしいが、明確な治療法はまだない。様々なアプローチが試みられているが、どれも一般人がおいそれと手を出せるものでもない。妹はしばらく前からずっと入院してるよ、目を覚ましていられる時間を徐々に減らしながらな」

「だから願いを叶えるって……?」

「そうだ。私の目的はレジェンダリークエストをクリアすること。そして、その報酬で妹の病気を治すことだ」


「…………ファンタジーがすぎるよ」

「だが、確証がある手立ては他に思いつかなかった」


「確証があるの? その、願い叶うっていうのは何かの比喩とかさ」

「前に願いを叶えた奴が実在するんだ。その情報からすると願いを叶えるとは、一般人では手の届かない大金を意味するらしい。あくまで一説だがね……でも病気を治す切っ掛けには繋がるだろう。そうでなければ困る」


 カップはいつの間にか空になっていた。

 オレの方は、まだたっぷり入っているのに。


「私はこういう人間だ、妹のためになりふり構わず他者を利用するのもわけない。そんな奴と一緒にいてフウヤに良い事はない」


 席からガーベラが立ち上がろうとする。

 話しはこれで終わりだと遮るように。


「話せてよかったよ、これで心置きなく私は邁進できる。なんだかんだで、フウヤと冒険するのは悪くなかった」

「…………」

「それじゃあこれで。もうメッセージを連打するなんてストーカー行為は止すようにな」


「――待って」


 立ち去ろうとするガーベラを、引き留める。


「ガーベラの話は分かったよ。聞けて良かったとも思う。でも、まだオレからは何も話せてない!」

「フウヤ……」

「座って。切り上げるにしても、せめてオレの言葉を聞いてからにして」


 逡巡した様子のガーベラだったが、さほど時間も空けずに座席に座り直した。どことなく話しを聞く側として真面目に相対していくれている雰囲気がある。


「意外と強引なんだな」

「ガーベラ程じゃないよ」


 なんて伝えるのが正解かは分からない。

 そんな時は素直に伝えるのが良いと、ネットの名前も知らない誰かが書いていた。


「オレの言い分は………………うん、上手くまとまらない。言いたい事がいっぱいあった気がするのに、こうして対峙すると消えちゃうというか」

「話すの下手くそか」


「あーあー! きとら世間一般じゃコミュニケーション下手と言われる部類だからね。わかったもういい、言うだけ言うから!!」


 深呼吸をしてから、残ったコーヒーを一気に煽る。

 砂糖とミルクをぶっこみまくった黒い飲み物からは苦みは消え、ビックリするぐらい甘ったるくなっていた。


「ファンタジーは嫌いじゃない」


 一言。


「オレは、ガーベラと別れたいなんて言った覚えはない。都合よく利用されるのは木に喰わないけど、少なくともキミと一緒に女神の地平をプレイするのは面白かった!」


 二言。


「勝手にオレの気持ちを決めつけないでほしい。何はともあれ仲間になろうと誘ってくれたのはガーベラで、オレを必要だと言ってくれたのはガーベラで。プレイ早々死にかけてたオレを助けてくれたのはガーベラで」


 そんなガーベラは、オレにとって一種のヒーローになった。

 ヒーローに力を貸すのに嫌な事なんて何一つない。それが誤解されている孤独なヤツであろうとも構うものか。それはオレが味方しない理由にならない。


 実はいじめられっ子で不登校気味なオレは、誰かに助けられ、必要とされることがとんでもなく嬉しかったなんて大声では言えないけれど……。


「ああもうとにかく! 妹さんを助けるんだろ? 上手く行くかはオレにはわからないけど、レジェンダリークエストのクリアがゴールに繋がるなら、そのためになんでもするって言うのなら!」


 ここにきて、ようやく言いたい事が言えた。そんな気がした。


「オレを利用すればいいんだよ!!!」

「……ッ」



「まあ、本当に願いが叶うならオレだって何がしか叶えられるはずだし? それって良い事じゃん? メリットしかないってゆーか、断る理由が見当たらないというか」


 勢いつけてぶちまけたのが急に恥ずかしくなって、ついつまらない言い訳を並べ立ててしまった。こりゃダメだなぁ……と情けなくなり始める。

 そんな折に、彼女がオレの名前を呼んだ。


「フウヤ」

「ん?」

「いいんだな?」


 きっとソレがガーベラの最終確認だったのだろう。

 頷けば、頷けばオレは引き返せないところへ、最もガーベラの身近な場所に行く。


 ――構わなかった。

 元々引き返すつもりなんて微塵もないのだから。


「いい!」


 どれだけ耳が悪い相手だろうとハッキリ聞こえるように、言いきる。

 きっとこの気持ちは、対面する人に届いたのではなかろうか。


「……分かった」

「分かったなら、良し! もう変な隠し事は無しにしてくれよ!」

「ああ」


「じゃあそれはそれとして。実際のところクエスト攻略については現状どう考えてるのさ」

「とにかく早くクリアするに越したことはない。そのためにフウヤを誘ったのだからな」

「頼れるプレイヤーに声をかけまくって大人数で攻略を試みるとかは出来ないの? 前にオレが必要だって言った理由は、ギミック攻略だったよね」


 誘われたあと、触りではあるもののオレはガーベラからギミックについて聞いてはいたのだ。要約すると『とにかく素早く動けて、どんな攻撃も一人でどうにか避けられる奴』が必要で、そのためにオレのキャラはAGI極振りのスピード特化仕様の滅茶苦茶ピーキーな状態だ。


「お前のいうとおり、攻略の要はギミック攻略にある。非常に重要な情報だから念の為これまでは伏せていたが、今のフウヤになら……大丈夫だろう」

「そりゃなによりだ」


「だがその前に、お前はさっき隠し事をするなと言ったからな。勝手な行動を取ろうとした謝罪と誠意も兼ねて、伝えたい」

「まだなんかあるの!?」

「プライベートな事情でもあるから伝えるのは憚られたが、リアルで会ってる今ならいいさ」


 一体何が飛び出すのか。

 既に教えられた妹さんの病気も十分プライベートだと思うんだけど、まさかそれ以上ってのも無いよなぁ。そうだとしたら一体なんなんだよってなるぞ。


「実はな――――」


 それからガーベラが話してくれた内容に、オレは絶句するしかなかった。

 同時にレジェンダリークエストをクリアの重みが増え、必ずクリアしなければならないという想いに駆られるようになったのである。



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