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第6話

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 一本道の通路。

 隠れたり引き返す時間もないまま相手の姿が見えてくる。


 三人組のパーティだ。

 装備からして、少なくとも今のオレよりレベルは上だろう。


 ふぅ~、モンスターじゃなくて良かったあ。

 そう思ったのも束の間、相手の顔をしっかり確認したところで己の不運を呪ってしまう。


「うお!? ……って、なんだ先客か」

「あれぇ? リーダー、こいつって少し前の……なんだっけ」

「そこまできたんなら忘れんなよ! こないだ会っただろ、ほらあの弱そうなニュービーだよ」

「んだんだ」


 先頭の一人がオレに気付いたのを皮切りに、三人組がそれぞれ声をあげる。

 いっそ忘れてくれていたら軽い挨拶だけで済ませられた可能性もあったが、さすがに三人もいたら覚えている者もいたらしい。


 オレがこのゲームを始めてすぐに出会ったPK達。

 なんで二度と会いたくないこいつ等とまた出会うハメになるのか。


「こんにちは。もしかして誰かと間違えてませんか? あなた達と会ったのはコレが初めてですよ」

「ああ? 間違えるわけねえだろナメてんのか」

「待て待てリーダー、いきなりケンカ腰にならないでさ。ワンチャン人間違いかもしれないでしょ」


「はあー?」

「普通に考えたらさ、ゲーム始めたばっかのニュービーがこんな要求レベルの高いダンジョンに居ないんじゃねって話」

「んだんだ」

「……それもそうだな」


 おや、もしかしてこのまま誤魔化せるかも?


「いや、悪かったなあんた。ちょっと知ってる奴に似てたもんでな」

「いえいえ別に構いませんよ。それじゃあ僕はこれで!」


 なるべく自然に来た道を戻っていく。

 ある程度の距離ができたら一気に走っていこう、そうしよう。

 などと淡い期待を抱いたはいいが、いきなり初心者にPK仕掛けてくる連中は考えることが斜め上だった。


「リーダーリーダー。あいつの足、見てみ」

「あしぃ?」

「アレ……激レア装備じゃないかな? 前にものすごい金額で取引きされてた」

「あー……金が絡むとお前の記憶はめちゃくちゃ良いからなぁ。普段は忘れっぽいのに」


 明らかに連中の目の色が変わっていく。

 視線が集中した先は、オレの装備している靴だ。


「よし、行くか! 撃て撃て!!」

「そんな近所のコンビニに行くノリで遠距離攻撃してくんなよーーーーー!!?」


 想ったことをシャウトした直後、矢やらナイフやら光の弾やらがすごい数でビュンビュンと体をかすめた。逃げるのが遅かったら蜂の巣になっていたに違いない。


「逃がしちゃダメでしょ追って追ってーーー!!」

「ヒャッハー! 今日はツイてるぜ、極上のカモが激レア装備とセットできてくれるなんてなあ!!」

「んだんだ!」


「お、お前ら人から物を奪うのはやっちゃいけない悪いことだって教わらなかったのか!?」

「ゲーム上で禁止になってないんだから、やっちゃいけない事じゃありませーん!」

「僕達は誰よりもゲームを楽しんでるだけでーす、PKでなぁギャハハハ!!」

「んだんだ!」


「くっそお、やっぱりPKにはロクなのがいないな! 格ゲーの初心者狩りより性質が悪い!!」

「強者が弱者にやられるのは世の常でしょぉ~~ん!」

「オレは優しいからチャンスをやってもいいぞー。持ってる金目のモンを全部置いてくなら命だけは助けてやってもいいぜぇ。運がよけりゃあモンスターに出会わずダンジョンを抜けられるってもんだ、千回に一回ぐらいでな!」

「んだんだ」


「だあーーーーーもう!!?」


 オレより長くこのゲームをプレイしてるであろう奴らの実力は、上も上。人数も向こうが多いとなればまともにやって勝ち目があるとは思えない。


 よって、とにかくやるべきことはカッコ悪くても“逃げ”の一手しかない。

 幸いなことに装備のおかげもあるのか、オレの方が多少は足が速いようで徐々にPKパーティとの距離は開いていく。


「んだあの野郎! 思ったよりもずっと速えな!?」

「あいつAGI特化ビルドかな? 今時そんなすぐ死ねる能力値振りしてるとか、バッカじゃないの!」

「んだんだ」

「おい、バフくれ!」

「んだんだ!」


「そいつバッファーだったの!?」


 ずっと「んだんだ」言ってるだけかと思っていた最後方の三人目が杖を掲げると、追ってきている全員に緑色の光エフェクトが発生して速度が上がる。それによりお互いの速度はどっこいどっこいになった。


「待てーーーー!!」

「待つわけないだろーーーーー!!!」


 とはいえこのままでは埒があかない――というか、こっちが不利!

 いつモンスターに出くわすかも分からないし、相手にオレを妨害するタイプのスキルがあったっておかしくない。


 さすがにいつまでも一本道が続くわけでもなく、時には分かれ道を右へ左へ進路変更してはいるものの、相手が諦める気配はない。飛んでくる攻撃の量も増して、油断したらクリーンヒットしかねない勢いだ。


「落とせ激レア装備!! 待てや確定ドロップ!」

「人をレアドロップモンスター扱いするなよなあ!!」


 素早さ極振りの能力値にかこつけて、大して広くもない通路の壁や天井を縦横無尽にバウンドするボールのように移動することで攻撃を回避、回避、回避。とにかく避けまくりながら、先へ先へ。


 せめてコロッセオのエリアまで辿りつければ、隠れるところのひとつやふたつはある。そこでやり過ごせればよし。もし無理でもガーベラと合流できれば、ひとりでいるよりずっとマシ――。


「え!?」


 頼りになる蒼い鎧の騎士を思い出していたら、前方からこっちへ向かってくるガーベラその人が目に入った。もしかしなくても助かったかもしれないと、気が緩む。


「ガーベラ!」

「おお、良かったフウヤ無事だったか。叫び声が私のところまで聞こえて来たから、てっきりモンスターに出会ってピンチに――」

「ピンチもピンチ! 後ろからPKする気満々のやつらに追われてる!」

「……任せろ」


 オレの言葉で状況を理解してくれたガーベラが、重々しい大剣を地面に突き刺して敵を迎え撃つ体勢をとる。慌ててブレーキをかけたものの、急には止まれなかったオレは勢いを殺しきれずにゴロゴロと通路を転がってしまった。かっこわるっ。


 頭をふらつかせるオレが起き上がった時には、ちょっと離れたところでガーベラとPK三人衆が対峙していた。


「て、てめえは……」

「誰かと思えば、お前たちか……。性懲りもなくチンケな盗賊プレイとはな、この間見逃してもらった時に言っていた言葉をもう忘れたか?」

「“ジュデッカ”じゃねえか!? なんでこんなとこにてめえが居やがるッッ」


 ――ジュデッカって、なに?

 PK三人衆のリーダーが口にした言葉は初めて聞いたが、ガーベラに向かって言ったらしい。


「そうか分かったぞ! ジュデッカてめえ、今度はそいつを都合よく利用しようっつー腹だな!? 使えるだけ使って、いらなくなったら切り捨てるんだろ!!」


 耳を疑った。

 一体このリーダーは何を言い出すのか。まったく白々しい。

 けれど、そいつのうるさい声は続いた


「ニュービーに目をつけるってのもさすがだぜ。てめぇの悪行は女神の地平にいるプレイヤーはみーんな知ってるからなあ。てめえと好んで組むのなんざまともじゃねえ、誰も彼もがどこかイカれてるのばっかりだ」

「…………」


「目的のためなら仲間も切り捨てる。そうだよなあ、元々そのつもりでパーティを組むんだからよぉ。で、今回はそこのラッキーボーイの装備が狙いか? その靴なら相当イイ値がつく。ぼっちプレイヤーには喉から手が出る収入源ってわけだ」

「……言いたいことはそれで終わりか?」


 静かに、ガーベラが地面に突き刺していた剣を抜いて構える。

 その言葉の端々には苛立ちと怒りが滲み出ていた。


「おい! そこの後ろにいるヤツ!! そこに居たら一振りでお陀仏だ逃げるなら今の内だぜ?! てめえの前にいる冷徹鎧ヤローは目的のためならなんでもする輩だ。それに比べてオレ達なんて可愛いもんさ! 仲間殺しに比べりゃあなぁ!!」


 仲間殺し。

 その意味するところは、ガーベラが仲間をその手にかけたという事なのか。ただ今のオレにはその真意は測れない。

 ひとつだけ言えるのは、ガーベラがPK三人衆の言葉を否定しない事だ。それはつまり、本当にやったかもしれないという事実に繋がるのかもしれない。


 無言で――オレはガーベラから距離をとった。


「フウヤ……」


 名前を呼ばれても返事はしなかった。

 ただ黙って後ろに下がっていくオレを、ガーベラが呼んでいるというのに。

 胸の鼓動がうるさい。ドクンドクンと、まるで大きく緊張しているかのようなリアリティあふれる感覚が止まらない。


 だから、というわけではないが。

 この場に居るのがたまらなくなったオレは――――。


「ああああああああ!!」


 湧きあがる激情に身を任せて、トップスピードで走り出した。

 後ろではなく前へ。

 ガーベラの横を駆け抜けて、この気持ちをぶつけるために跳躍する。


「は?」

「このっっ、くたばれPK野郎―――――――!!!!!」


 AGI特化のステータスに装備の補正、あらゆる速さに関係するステータスと靴のスキルを全乗せした跳び蹴りが炸裂! 完全に油断していた相手はその蹴りを受けて、後ろにいた二人を巻き込みながら後方へと吹っ飛んでいく。


「ぐはああああ!!?」


 よほどオレの怒りが強かったのか、はたまた激レア装備の影響か。

 通路の突き当りまで吹っ飛んだ三人はすごい音を立てながら壁に激突。壁をぶっ壊しながら、反対側の通路までの道を開通させていく。


 それでもオレの気持ちは収まりきらなかったため、喉の奥から熱いものがせり上がってくる。


「いい加減こと言うな!! ガーベラがオレを利用するために、使い捨てるつもりでいるだって!?」


 頭と腹の奥がぐつぐつと煮えたぎっている。

 こんなに怒ったのはいつ以来だろうか。


「このゲームを始めたばかりのオレをPKしようとした連中の言う事なんか信じられるわけないだろ! ガーベラはオレの恩人なんだ、ふざけたことばっか言ってるともう一発お見舞いするぞわかったか!!?」


 返事はない。

 気絶でもしているのか。はたまたダメージが大きすぎて声も出ないのか。


「なんとか言ってみろ!!」


 反応がないことに腹を立てて、追撃でHPを全損させるつもりで歩き出す。

 そんなオレの肩を力強い手が引き留めた。


「フウヤ。もういい」

「良くない! ガーベラはもっと怒っていい!」

「お前の一発でスカッとした。だから十分だ」

「で、でもさあ!」

「私達の目的は下らない連中の相手じゃないんだ。あいつらが本気で戦ってきたら、お前は余計な怪我をするだろう。それは望むところじゃないだろう?」


「……」

「さあ、ダンジョンから脱出しよう」


 ガーベラが紙片のような脱出アイテムを使用すると、周囲の風景が一瞬だけ白黒のモノクロカラーに変わる。気づいた時にはオレ達はダンジョンの外へと出ていた。


「はぁ~……やっちゃった」


 今更ながら自分の行ないにビックリしつつ、へなへなと地面に座り込んでしまう。元々ああいった手合いは非常に苦手な部類で、普段なら震えて声も出せないような相手なのに……我ながら大胆な行動になってしまった。


「フウヤ、今日はもう終わりにしよう」

「ああ、うん。OK、了解だよ」


「その……すまなかったな」

「え?」

「私の事で、余計な心労をかけてしまった……」

「ガーベラが気にすることじゃないよ。悪いとしたら全部あいつらのせいさ」


「そうじゃないんだ、フウヤ」


 冷たい風が吹いたかのように、ガーベラの静かな言葉が通り過ぎていく。


「あいつらの言葉は嘘じゃない。私は……お前を利用しているんだ」

「えっ」


「もう、私とは会わない方がいい」

「ちょ、ちょっと!?」

「……すまない」


 フッ、と。

 ガーベラの姿が目の前から消えた。同時にパーティが解散され、ガーベラの名前の横にあるアイコンが“ログアウト”を示す色に変わる。


「……ガーベラ、どうして……なんでそんなこと言うんだッ」


 疑問に答える声はなく、後にはただ痛い程の静けさだけが残されたのだった。

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