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第5話

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 レベリングがある程度進んだ、別の日。


「今度はダンジョンで闘うのかぁ。それもオーソドックスな地下迷宮タイプ……」

「こういう場所は嫌いか?」

「どっちかってゆーと落ち着くかな。ゲームでは昔からある王道の冒険先だからね、トラップの類は勘弁してほしいけど」


 以前とあるダンジョン物をプレイしていた際。

 調子こいてずんずん進んだ結果、持っていたアイテムと装備の大半をロストしたのは軽くトラウマなんだよね……。ほんとあの時のショックときたら、二度と味わいたくない。


「ハッハッハッ、私もトラップにはいい思い出がないな。だがこのダンジョン程度のトラップならどうにでもなる、安心しろ」


 ガーベラさんの安心感、半端ないです。

 この人って実はなんでもできるスーパーマンか何かなんだろうか。


「具体的にはどうやってトラップの対処を? あ、もしかしてシーフ的なスキルを持ってるとか」

「知恵と経験」

「……それは、簡単には真似できそうにないね」

「フウヤもすぐに出来るさ。ダンジョン内にあるトラップの情報を全部覚えるだけだから」


 あっさり言ってのけたが、この人本気か?

 トラップの情報を全部覚えるとか頭の良さとは別にどんだけの記憶力が必要なんだって話だ。


「それに今回の目的はダンジョン踏破じゃない。一番の目的はフウヤ用のレア装備だ」

「『風羽のブーツ』かぁ。ドロップ率どれくらいなんだろ……」


 風羽のブーツ。

 それが今回このダンジョンに出向いた最大の理由だ。


 ガーベラの説明によれば、AGIや移動速度を上昇させる効果があるこのレア装備は売買される事は少なく、自力で入手する方が早く済む。とはいえ入手するにはクエストクリア報酬ではなく、今いるダンジョンにしか出現しないモンスターのレアドロップしかないのだとか。


 オンラインゲーム系のレアドロップは物によって何万分の一なんて入手率も普通にあるため強運が必要だ。出なければやる気と根気、あるいは執念と根性と言い換えてもいい。


「ドロップ率なんて気にしなくていいぞ。絶対に手に入るから」

「もしかして何か秘密のコツがあったり?」

「あえて言うなら“出るまでやる”からだな」


 それコツっていうか、ただの出るまで引くから必ず出るし精神のガチャだよ!


「なに、経験値がとても多いがすぐ逃げる超硬いスライムを仲間にするより楽だ」

「あ、オレもあのゲームは好き」

「フウヤにはあのスライムみたいな活躍を期待してる。そのためのキャラビルドだろ?」

「逃げ足と回避率が高いのは同じだけども」


 防御力が皆無なのはどうしろと?

 最初期と違って攻撃力はある程度ある分マシかもだけど。


 なんて不安な部分はあるものの、攻撃力に関してはガーベラがすべてを担ってくれるためオレが気にしてもしょうがない。単純に考えてこの人の攻撃はオレの何倍も強いのだ。

 なので、さっきからちょいちょいモンスターと遭遇しても。


「フッ!」

《ぎょはぁ!?》


 全部短時間で倒しているのでオレの出番はない。

 あれ、オレって役立たずのお荷物じゃないよね? いるだけ足を引っ張るとかパーティを組む意味がなくなってしまう。


「今はそれでいい。フウヤにとって厳しすぎるエリアに連れて行ってるのは私だし、お前にレジェンダリークエストで活躍してもらうためにココにいるんだから」

「な、なるべく早く強くなるよ!」

「その意気だ。頼りにするぞ」


 そんなこんなで決して広くはない通路を進んでいる内に、ちょっとした開けた場所に到着する。天井に覆われていて空は見えないが、コロッセオのような形状をしたフロアはお目当ての装備を落とすモンスターの出現場所だ。


 客席の上の方に相当する入口に出たガーベラが指をさしたのは、中央のひらけたフィールドである。


「あそこで構えていれば、あちらこちらから勝手にモンスターが出てくる。わざわざこっちから探しに行く必要がなくて楽なんだ」

「効率的だなぁ」


 その分、危険も多いはずなんだが。それを口にしたところで「何か問題が?」と返されるのがオチだろう。ガーベラが廃人プレイを息をするようにやってるのは短い間で分かりきってる事だ。


「色んなモンスターが出てくるが、それは気にしなくていい。私が倒す」

「どっからくるのその自信」


 オレのツッコミは無事スルーされ、ガーベラが話し続ける。


「ただ、フウヤには優先して倒して欲しいモンスターがいる。名前は猫騎士ピアースといって、細剣を装備したネコのような姿をしているから一目でわかる」

「長靴をはいた猫か何か?」

「それが分かるなら大丈夫だ。ただ、猫騎士ピアースは動きが素早いので攻撃を当てるのが難しい。特に私みたいな動きが早くない奴は、な」


「なるほど。じゃあその猫に関しては――」

「ああ、素早いフウヤが積極的に倒してほしい。今のお前なら比較的余裕で倒せるはずだ――攻撃が当たればだが」


 改まった説明で、オレはしっかりと把握した。

 つまりこれから始まる戦闘は、レベリングやレアドロップだけではなくオレの成長度合いを確かめるテストも兼ねているんだ。ここでやれなければレジェンダリークエストクリアなんて出来やしない、と。


 緊張で足が震えそうになるが、これまで受けて来た鬼畜のしょぎょ――もといレベリングで得たものが、しっかりとオレを支えてくれる。少なくともやる前から諦めようなんて決して思わない。


「ガーベラに鍛えられた分の成果ぐらいは見せないとね」

「その意気だ。……そうだ、もっとやる気が出る事に期待してちょっとしたボーナスでも設定してみるか」


「ボーナス?」

「もし今日中に風羽のブーツをドロップしたら、何かお願いを聞いてやろう。なんでもいいぞ」

「なんでも!?」


 え、聞き間違いじゃなく?

 いまなんでもって言ったよね?


「一応言っておくが、あんまり馬鹿なことは考えるなよ?」

「大丈夫だよ、そんなことしないって」


 全ての装備を脱いだ状態で一人組体操して欲しいなんて、ぜーんぜん馬鹿なことじゃないことをちょっと想像しただけだよ。もちろん言わないけど。


「んっ、きたぞ」

「よーし! やってやるぞーー!!」


 無駄に気合が入ったところで、動物っぽいシルエットをしたモンスター達が通路から飛び出してきた。それに対してオレ達は並びたち、駆けていく。


 先にガーベラが一気に敵を薙ぎ払う。

 薙ぎ払いを持ち前の素早さで回避はした結果体勢を崩した猫騎士ピアースを狙うのがオレの役目だ。


「さっさと靴を落とせ猫ぉ!!」

「ニャニャ!?」


 こうして。

 レアドロップ目指して、オレ達の長い長い戦いが始まった――――







 ――はず、だったんだけど。


「え、えぇ~…………」


 今、何日かかってもいいように覚悟を決めていたオレの手元には、翼の紋様が刻まれた緑色の靴が乗っていた。


「……………これは、驚いたな」


 廃人ガーベラさんも予想外すぎたのか、ストレートに驚愕しているらしい。

 ものの数十分で猫騎士ピアースが落としたコレをGETしたオレの驚きようはその何倍も上だ。


「こ、これがお目当てのレアドロップ……」

「正確には、狙ってたものとは違う」

「え、でも風羽のブーツって猫騎士が落とす緑色の靴なんじゃ?」

「そういう意味では間違ってないんだが……ふふっ、おめでとうフウヤ! どうやらお前は相当な幸運の持ち主のようだ」


 手放しに祝福してくれるガーベラがちょっと気持ち悪い。

 いつもだったら敵の攻撃を紙一重で回避しても「それじゃ遅い、もっと早く避けないと死ぬぞ!」と吐き捨てるのに。いやまあいつもじゃないけど、こと戦闘においては蒼い鎧の騎士は大変厳しいのだ。


 そんな騎士様がどうしてご機嫌なのかというと。


「一応調べてみるから渡してもらえるか」

「ああ、うん」

「どれどれ…………うん、やはりそうだな。おめでとうフウヤ」

「さっきから凄い嬉しそうだけど、そんなに短時間でドロップしたのが嬉しいの? いや、そりゃあお目当てのレア装備がこんなにあっさり出たんだからオレだって嬉しいけどさ」


「なんだ、あまりの衝撃にこの靴を入手した実感が沸かないのか? お前こそ最も喜ぶべきだと思うのだが」

「???」

「この靴は風羽のブーツに似ているが、もっと良いものだ。名を光風翼(こうふうよく)の靴と言って、風羽のブーツの上位互換にあたるレアもレアな激レア装備だぞ」

「ええええっ!!?」


 レアもレアな激レア装備!!

 なにそれ知らないんだけど!!!


「私も実物を手にしたのは初めてだが、間違いない。装備補正値もそうだが、付属の特殊効果が強力だ。ある意味最高級のレア装備だよ」

「な、なんでそんな物が。あ、わかったバグか!」

「バクかは知らないが、極々稀にモンスターが見たことがないドロップ品を落とすことはあるんだ。プレイヤー間では外見が一緒のレアモンスターがいるとか、超々低確率でドロップ設定されてるなんて言われているが詳細は分からない」


「ど、どどど、どうする、どうするそれ! 大切に保管する!? それとも売っちゃうとか!?」

「落ち着け、フウヤが装備した方がずっと役に立つ。早速装備して確かめてみるといい」

「お、おお」


 言われるがまま、戻ってきた光風翼の靴を装備画面の防具欄にセットする。

 するとアバターの脚部に緑を基調に金色の紋様が入った靴が出現して、素早さに関係するステータスが軒並み上昇する。


「うわ! やばいねコレ。何レベルか上げて上昇するステータス分ぐらい補正があるじゃないか」

「そうだろそうだろ。だが、その靴の良いところはソレだけじゃないぞ。付属の特殊スキルの最初のやつを起動してみろ」

「この【光翼の加護】ってヤツ?」


 ガーベラに教えられたスキルをONにすると、靴の左右から小さな羽のようなものが生えて身体が軽くなる。まるで地面から浮き上がったかのようにだ。


「おおおおお!?」

「その靴の固有スキルはONとOFFを切替えられるパッシブ型でな。発動中はAGIに関係するパラメータの多くに更なるブーストがかかるんだ」

「わっ、わっ!」


 身体の重さや動かす感覚が変わって、手足をばたつかせながらなんとかバランスを取るオレ。傍目から見れば何を遊んでいるんだと怒られそうだが、本人は至って真剣なのだ。


「まあ、制御が難しいらしいから多用は出来ないだろうがな。フウヤだったら多少訓練すればある程度使えると思うが油断は禁物――」

「あ、なんとなく分かったかも」

「はやいな!?」

「ちょっと見ててよ。多分こんな感じに……」


 やや前傾姿勢をとりながら、勢いよく足を踏み出す。

 スタートした段階から自身のトップスピードに近い加速を味わいながら、オレは闘技場の端から半分ぐらいまでを高速で移動できていた。なんだこれ楽しいぞ!!


「いいねコレ! ブレーキが特に難しいけど、練習すればもっと普段どおりにいけると思うよ!!」

「…………ハハハッ、それは朗報だな」


 少しだけ奇妙な間を置いたガーベラが拍手を贈ってくれる。

 その間が気になって元の位置に戻ってから「どうしたの?」と尋ねると、答えはすぐに返ってきた。


「いやなに。本当に幸運だと思ってな」

「ああ! そうだね、まさか欲しい装備よりも良いものが手に入るなんてさ。誰だって想像できないよ」

「それもあるが……幸運は別のところさ」

「別?」


「私はいま、フウヤ。お前にこの世界で出会えたことを本当に幸運だと感じたんだ。ここまで良いパーティメンバーに、このタイミングで出会えたのは……きっと神の思し召しだ」

「大げさだよ!」


 そんな風に言われてしまってはコッチが照れてしまう。

 何より幸運の出会いという意味ではオレの方が上だ。ガーベラに出会えた時の嬉しさでは負けていない。


「ああーもう、ちょっと変な気持ちになったから少しその辺を走ってくるよ。この靴の性能チェックも兼ねてね!」

「あまり遠くへは行くなよ。モンスターに囲まれて死んだら目も当てられない」

「お母さんか!」


 冗談めいたやり取りをして、オレはコロッセオの二階席に向かって跳躍する。以前なら危なっかしく感じるそれなりの距離と高さも、光風翼の靴の効果によって格段に楽になっている。

 これなら回避力だけでなく、木の側面や壁を走る時間も延長できそうだ。初心者プレイヤーには過ぎた代物な気もしたけれど、ビギナーズラックという事でありがたく使わせてもらおう。


「あ、でも二人で倒した敵からドロップしたんだから半分はガーベラの物か」


 ソロなら何の問題もないが、パーティを組んでいるのであればメンバーにも何かしら分け前があって然るべき。大抵は同じレベルの物があれば欲しい人が受け取って、ドロップ品で賄えないなら金銭で分配することになるけど。


「ガーベラはオレよりずっとお金を持ってるだろうからなぁ。そうなると、今度ガーベラが欲しい物が手に入ったら無条件で渡す辺りが無難かな」


 散歩から帰ったらガーベラにそう提案してみよう。

 オレに異論はないし、きっとガーベラも問題ないと言ってくれるはずだ。


「まあ、そんな簡単に廃人が欲しがるアイテムが手に入るとも思わないけど、っと」


 気づいたら、古びたコロッセオのエリアから別エリアへの入口までてきていた。考え事をしながら移動していたが、この機動性に文句の付け所はないのも分かった。あとは訓練次第で更なる使い道を探せば、もっと役に立てるだろう。


「そろそろ戻ろうか」


 今度は行きよりも速く帰れるかチャレンジだ。

 そう考えながら足を踏み込もうとした時。


「――――もうすぐ着くぞ。猫のモンスターを見逃すなよ」


 こちらに向かってくる、何者かの声が聞こえて来た――。


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