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「はぐらかさなくていい。本当の事を話せ」
夜の森。
たき火を囲みながら、蒼い鎧の騎士が硬い声音で改めて訊いてくる。
アイテムで作った臨時の安全ポイントでは森の静寂しかないため、その声はよく聞こえてしまう。つまり無視は厳しいってこと。
「本当だって。気づいたらこの森にいたんだ」
「女神の地平をスタートした直後のニュービーが、一撃でも喰らえば即死必死の高レベルエリアにいる理由が“気づいたら”だと?」
「……ココってそんなにヤバイ場所だったんだ」
どおりで強そうなモンスターにばっか遭遇したわけだ。
名前も最初の雑魚敵っぽくなかったし、正直負けイベントかと思ってた。
そんなオレの思考が読んだかのように、騎士様は「やれやれ」と言いたげに首を振る。その動作には呆れと運が悪い人に向けられる同情が混じっていた。
「……ツイてなかったな。お前はいきなり罠みたいな仕様に嵌ったんだ」
「どういうこと?」
「女神の地平の世界に初めて来たプレイヤーは、この世界のどこかに飛ばされる。大抵は拠点となる村や町の近くに転送されるんだが……転送先でいきなりモンスターに出会う可能性はゼロじゃないんだ」
「なんだそのクソ仕様!」
それが本当ならオレはただ単に運が悪いだけで、ログイン後即終了のコンボを喰らってたわけだ。クソゲー感がすごい。
「少なくとも私が知っている中でも一・二を争うほどに運がなかったんだな。いきなりモンスターの群れに囲まれて、より危険な森の中へ行くハメになるとは」
「正確にはスタート直後にPKされそうになって、慌てて逃げたらモンスターに出会って、そいつらが群れで追っかけてきて絶体絶命だったんだけど」
「……お前、御祓いに行った方がいいんじゃないか? 運に左右されやすいランダム生成ダンジョンでもそこまでじゃないぞ」
「まあ……あんたに助けてもらった分だけマシだったね」
「それもそうか」
たき火で焼いていた串焼きが良い塩梅に焼けたようで、ガーベラはその内の一本をオレに譲ってくれた。牛肉っぽい串焼きはアツアツで、適度に振られた塩と胡椒によって抜群に美味い。
「美味っ!? これほんとにゲームの中なんだよな! 現実で喰ってるみたいだ」
「どんなゲームよりも現実に近い世界。それが女神の地平の売りのひとつだからな」
「おお~、やっぱ遊びたくても遊べないゲームは一味違うんだな」
不思議いっぱいの最新VRMMO『女神の地平』。
このゲームの変なところは色々あるが、第一に普通に販売をしていない点が挙げられる。プレイ希望者はハガキや手紙といったアナログな手段を用いて抽選に応募。これまたアナログに送られてきた簡単な心理テストみたいなものを受けて合格(?)して、ようやく遊べるようになる。
少なくとも。
オレはその手段を用いて、今ココに居る。
「……お前は本当にニュービーなんだな。あんな森の中にいたから新手のイベントNPCか何かかと思ったんだが」
「ご期待に沿えなくてごめんだけど、オレは初心者プレイヤーだよ」
「頭に“とても運が悪い”と付くぐらいのな」
好きで悪くなったんじゃないやい。
「しかし不思議だ。ブラックブラッドウルフの群れからどうやって逃げ続けたんだ? お前のレベルじゃすぐに追いつかれただろ」
「どうやっても何も、必死に攻撃を避け続けて逃げ回っただけだよ」
ガーベラの頭の上に「!」が出現する。
「ニュービーがブラックブラッドウルフの攻撃を避け続けて、逃げ回っただと?」
「うん」
「冗談はよせ」
「冗談でも嘘でもないって」
「先に会ったPK連中がいたから、モンスターのタゲがそっちにいったのでは? そういえば、私がお前を見つける前に邪魔してきたやつらがいたな」
「いやいや、そのPK達は割とすぐにオレを諦めたよ。でもモンスターに遭遇したから森から出れなくてさ。しばらく追い回されて、もー参った参った」
今度は「!!」とアイコンが増えた。
ガーベラはそうやって感情表現を多用するタイプらしい。
「……しばらくとは、どれくらいだ」
「時計を見たわけじゃないからなぁ。体感で三十分以上?」
「一撃喰らったらアウトのブラックブラッドウルフの群れから三十分も……」
何やら考え込むガーベラが口を開いたのは串焼きを食べ終わった頃だった。
「お前――いや、フウヤ」
「なんだい、いきなり」
ややかしこまった態度のガーベラに名前を呼ばれて、ちょっと嬉しかったり。
既にオレは半ばこの騎士のファンになっており、名前を憶えてもらえるのは好きな著名人にしてもらえるのと同じ感動があった。
「休憩を終えたら安全な場所まで送ろう」
「あ、ああ。助かるよ」
「だが、その前に私の話を聞いてほしい」
わずかな逡巡の間を置きつつも、ガーベラの話はとても予想できない物で。
「話を聞くぐらい全然いいさ。それで、どんな話?」
同時に非常にぶっとんでいるものだった。
「私と一緒にレジェンダリー・クエストを攻略してくれないか」
もしこのゲームがギャグっぽいセンスにあふれた仕様だったのなら、オレは座った体勢のままバネにでも乗っかったようにビヨヨーンと上空高く跳ね上がったに違いない。