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いわくつき
いずみ
文芸・その他ショートショート
2024年10月20日
公開日
2,089文字
完結
春から東京の大学に通うことになった。
  
ウキウキで物件探しに来た新垣(にいがき)アサミだったが、どれもこれも家賃が高く払えそうになかった。

そんな中、月二万円の超激安物件を見つけ……。

いわくつき

 春から東京の大学に通うことになり、私、新垣にいがきアサミは不動産屋で安い物件を探しに来ていた。


「新垣さん、大変申し訳ないのですが……。もう安い物件はありませんね……」


 男性は物件が載った資料を捲り、一つ一つ丁寧に確認しながら言った。


「月十二万円以上ならあるのですが……」


「そ、そんなに払えません。本当に何処でもいいので、もっと安い場所――」


 その時、私の目に入った。男性が捲る資料に、激安の物件があるのを。


「ちょっと待って下さい! 今の! 今のページを見せて下さい!」


 私は男性から資料を奪うように受け取り、そのページに戻した。

 物件は激安も激安。

 渋谷で月二万は安い、安すぎる。

 しかもまだ空いてる。


「あるじゃないですか! こ、この物件! この物件にして下さい! 大学からも近いですし!」


 私が資料を返すと、男性がタブーに触れたかのように表情を歪めた。


「い、いえ、この物件はお勧めできないというか……」


「大丈夫です。部屋は六畳、トイレもお風呂もキッチンもあるし。洗濯機を置く場所だって部屋の中ですし、充分じゃないですか」


 うーん、と腕を組んで唸った後、男性は私にだけ聞こえるような声で言う。


「実はですね。この物件、出るんですよ」


「出るって、何がですか?」


 私も男性に合わせて声のトーンを落とす。


「幽霊ですよ、幽霊。要は事故物件というやつです」


 私は鼻で笑った。


「なあんだ。それなら大丈夫です。だって私、そういうの全然信じないタイプなんで」


「いえ。過去にもそういうかたがいらっしゃいましたが、そのかたも僅か三日で部屋を出て行ってしまいました」


「大丈夫です。塩、用意しとくんで。例え出たとしても、幽霊なんて塩さえあれば充分!」


 大丈夫かなぁ……と後頭部を掻く男性。その向かいで私は、心を大学生活に向けていた。

 幽霊なんて、塩さえあれば大丈夫だと思っていた。


 そして、あっという間に入居日になり……。


「こんなもんかな?」


 朝からぶっ通しで部屋の段ボールを片づけていたら、いつの間にか夕方になっていた。


 部屋にはまだ、必要最低限のものしかない。

 掛け時計、カーテン、テレビ、ベッド、木製の円卓、冷蔵庫。洗濯機は、玄関の専用の置き場に設置済みだ。


「これから色々買わなきゃね……」


 シャワーを浴び、早めの夕食を食べ、疲れた身体を癒すため、早めの就寝に入った。


「う……ん……」


 深夜のことだった。私は自然と目を覚ましていた。

 何だろう。何かがおかしい。

 身体を起こそうとしたが、身体の自由が利かない。動くのは首から上。


「……金縛りってやつ?」


 声は出る。顔は動く。でもやはり、他の部位は機能を失ったかのように動かない。


『幽霊が出るんですよ』


 不動産屋の言葉が、脳裏をよぎったその時、左隣に何らかの気配を感じた。


 まさか……。


 私が首を左に回すと、何と、驚くことに、そこには老婆が仰向けになって寝ていた。その顔は紙のように白く、しわだらけ。白髪を後ろで束ねた老婆だ。


(う、嘘……?)


 老婆はゆっくりと首をこちらに回し、私に向かってニヤリと微笑んだ。

 幽霊なんて信じない。塩さえあれが充分。そう粋がっていたけど、実際に対峙したら声も出ないほどの驚きと、何より恐怖に支配されていた。


「こんばんは」


 老婆は弱々しい声で言った。私は引きつった顔で愛想笑いをするのが精いっぱいであった。


「あのさあ、あなた、お名前は?」


「あの、え……っと……新垣……新垣アサミです……」


 顔を逸らそうとしたが、もう首から上さえ動けない状態になっていた。できることは、喋ることのみ。


「ポテト……」


 突然、老婆が言った。


「フライドポテトが食べたいなぁ……」


「は、はあ……」


「悪いんだがアサミさんや。ちょっと今からポテト買ってきてくれないかね?」


 ……なにこの展開。


「ええっと……おっしゃっていることがよく……」


「ああすまない。サイズはL」


 いやサイズじゃなくて。


「今なら、LサイズでもSサイズと同じ値段だからのう」


 知りませんし。


「Lサイズのポテトの箱を口の上でひっくり返して、『あー』って叫びながら、飲み込むように食べたいのう」


 喉につまりません?


「今は二十四時間営業だし、スマイルも無料ですぞ、アサミさんや」


 スマイル関係なくね?


「あ、あの、買ってきてもいいですが……金縛りで身体が動けないといいますか……」


「あー、すまんのう。だったら今すぐ解除するから、走って買ってきて」


 意外と人使い粗いな。


 私はピンクの寝巻のまま、ファーストフード店に行き、Lサイズのポテトを購入。店員のスマイルが突き刺さる様に痛かった。


「はあ……はあ……買って来ました……」


 私が帰ると、老婆はベッドの上でお行儀よく座っていた。


「すまんのう、アサミさんや」


 Lサイズのポテトを受け取ると、老婆は上を向いて口を大きく開いた。

 そしてポテトの箱をひっくり返して「あー」と言いながら口の中へ流し込むようにポテトを食べた。

 すると、


「おお、旨い旨い、塩が効いて――」


 グボッと、老婆が苦しんだ。


「ぎいやあああああああああああああああああああああああああ!」


 老婆は断末魔を上げ、しゅわーっと、白煙となって消え去った。

 たいへん、塩加減がよろしかったようで。


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