本日の講義は、『西方世界と聖女たち』である。
我々の住む地域が、世界の西側に集中していることから、俗に『西方世界』と呼ばれていることは、諸君らも知っていると思う。
西方世界には、我が国エーリカをはじめとして、大小さまざまな国がひしめきあっている。
そして、その各国にとって何より重要な存在が『聖女』だ。
聖女は祈ることで大地を癒すと共に、国に豊かな実りをもたらす。
ここでいうところの「実り」とは、文字どおり、木々や花々、ひいては我々人間が生きて行くのに欠かせない果物や野菜などの作物のことでもある。
地味が豊かになれば、水や植物も豊かになる。また、それによって動物たちも肥え太り、増えて、最終的に我々人間もまた豊かになる。
そのため、聖女の存在は、西方世界にとっては不可欠なものだ。
では、聖女たちは、どのようにして生まれるのか。
これについては、長年研究されてはいるものの、いまだにはっきりしたことは、わかっていない。
ただ、聖女と次期聖女の間に血縁関係がほぼないことは、はっきりしている。
稀に、現聖女の姪やまたいとこなどが次期聖女だったという例もあるが、少なくとも娘や孫、妹だったという報告例は、今のところはない。
たいていの場合、次期聖女は現聖女が生きている間に、現聖女自身によって発見される場合が多い。
現聖女は、夢などによって、次期聖女の存在を知るようだ。
聖女から申告を受けた王は、次期聖女を迎える用意を整えたあと、迎えの使者を送る。
城に迎えられた次期聖女は、現聖女によって祈りの作法などを教えられ、養育を受ける。
そして現聖女が亡くなると、新しい聖女として祈る役目を受け継ぐというわけだ。
ただし、次期聖女は聖女の存命中に見つかるとは限らない。
実際、我が国の歴史を遡れば、聖女不在の期間もいくつかあることがわかるだろう。
千年前には、五十年もの間、聖女が不在だったことがある。この間、国はいくつもの災害に襲われて荒廃し、民の多くは亡くなるか他国に逃れるかしたという。
また、百年ほど前には聖女の不在の間に内乱が起きた。
その内乱に勝利して新たな王となったのが、現在の王の先祖だが――この方は国の荒廃を止めるため、王位に就いたのちに隣国の次期聖女を力づくで奪ったと言われている。
もちろん隣国は、次期聖女の返還を求めたが、王はこれは我の妃であるとして、返還を拒んだそうだ。そして、それ以来、我が国では聖女は王妃となることが慣例となった。
もっともそれも、ごく最近、破られてしまったが。
嘆かわしいことだ。
この西方世界で、聖女が国から追放されるなど。
そもそも、聖女の存在なしで、王はどうやって国を維持されるおつもりなのか。
これから未来を嘱望される諸君は、正しく聖女について理解しておいてほしい。
聖女とは、たとえば
「何もないところから金品を生み出す」ような存在では、『ない』。
「死にかけた病人をたちどころに生き返らせた」り、「凶暴な獣や野盗を打ち負かした」りするような存在では『ない』のだ。
彼女たちは、祈りによって国に実りをもたらす存在でしかない。
その実りも、大地が我々に与えてくれる、文字どおりのものだ。
だが、それによって国が潤い、富み栄えて行くことは、何より歴史が証明してくれている。
そしてそんなことは、私が語らずとも、政を行う者は皆、理解しているはずなのだが。
嘆かわしいことだ。
この先、この国は衰えて行くだろう。
それを目の前にしてどうするかは、諸君ら次第だ。
だが、今日のこの講義のことは、けして忘れないでおいてくれたまえ。
それでは、今日の講義は以上だ。
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西暦1024年6月13日付け『エーリカ新報』より
1024年6月12日。王国大学にて、講義中に国王を誹謗し、また学生らに事実ではない内容の講義を行ったとして、王国大学教授マーロウ・ジューンが拘束された。
宰相ヘモグロビン伯爵は、マーロン・ジューンに対し国家反逆罪を、近日中に死刑が執行される模様である。