「──っ」
「何処の誰か知らないけれど、私の家で勝手に死んで迷惑にならないとでも思ったの?」
「………」
少年は私が怒ったことが意外だったのか、視線を向ける。前髪でよく見えないが、濁ったアメジスト色の瞳がチラリと窺えた。
十二回の
なんでそんな簡単に命を手放せるのだろう。
誰も悲しむ人がいないからだろうか。
そもそも彼はダイヤ王国の人間ではないし、クドラク病ならスペード夜王国の人間だろう。それも王族または貴族や名家でなければパーティー会場までは来られない。それでこの扱いを受けているのは、周囲から疎まれているとしたら?
「誰も悲しまないから、身勝手に消えようとしているのかしら?」
「……!」
自分で導き出した答えを問うと、少年の口元が僅かに開いた。
どうやら図星だったようだ。
スペード夜王国の王族あるいは、親族だろう。シン様は第十王子だが彼の母はハク家の名家らしく、婚約者として初めて会った時も、身なりもきちんとしていたから別人だろう。となると病弱の第六王子だろうか。
それとも家は名家だけれど、厄介者されている子供。スペード夜王国は姉弟も多く、関係性も複雑だった。
「私が……死んでも代わりはいる」
「貴方が誰かはわからないけれど、誰かが誰かの代わりなんて出来ないの」
「……」
「私、ここから見るバルコニーの景色はお気に入りなの。そんな場所で死なれたら目覚めが悪いし、嫌な思い出としてトラウマになるんだから! なによりせっかく私が助けたのだもの。貴方が死んだら助け損だわ」
「!」
それでなくとも私には味方が一人でも多く必要なのだから、売れる恩は売っておくに限る。あまりにも打算的な考え方だが背に腹は代えられない。
今のうちから色んな人を助けておけば、後々恩を覚えている人がいるはず。人に頼るのが今ひとつ上手くできないので、まずは恩を売って、売って、売りまくる戦法に出たのだ。
(全員が全員、恩返しをするなんて思っていないけれど、母体数を増やせば確率は上がるものだし! ダメ元よ、ダメ元!)
『本当に逞しくなって、じい様として嬉しい限りだよ~』
(じい様、心を読まないで……)
偉大なる妖精王オーレ・ルゲイエに可哀そうな子扱いをされたが、気にしないことにした。蹲ったままの少年は何か言いたそうだったが、口を開閉している。
ふわふわと小人の妖精たちが私の元に飛んできた。その姿はいつみても可愛い。
『ソフィ、ソフィ』
「妖精さん、どうしたの?」
『ジェラルドが呼んでいる』
『すごく探して、今にも泣きそう』
「え、どうして!?」
『パーティー会場に、ソフィがいないから、すごく慌てているみたい』
『なりふり構わず探し回るまであと十秒』
「わかった。すぐに戻るわ!」
ふわふわと浮いていた妖精たちに礼を言って、私はドレスを翻す。
「所用ができましたので失礼しますね」
「あ……、えっと」
もう少し話をしたかったがしょうがない。ハンカチに包んだカネレの実を半ば無理やり少年に押し付けた。
これだけあれば《クドラク病》で苦しむことも無くなるだろう。空腹や貧血で頭が上手く回らないことだってある。
「もし生きる理由がないのなら、私を助けてくれると嬉しいわ。それじゃあ、ちゃんと生きてね」
「──っ!」
騒ぎになっていないことを祈りつつ、ドレスの裾を掴みながらバルコニーを後にした。
月明りを背にした少年が何者なのか分からないままだったが、今日の出会いが何らかのキッカケになってくれればいい──と、そんな暢気なことを考えていた。