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第11話 バルコニーでの出会い・前編

(んー、ここまでくればいいかしら)


 バルコニーに出ると桃色の花びらが夜風に乗って舞っており、魔法石による街灯の明かりが幻想的な空間を演出している。

 この国では夜に花が散り、また明日になれば満開になる。風情にはやや欠けるかもしれないが、ライトアップされた光景を初めて見る人にとっては、神秘的で美しく見えるだろう。


(夜風が心地いいわ)


 私の婚約者となる第十王子シン・フェイ様の姿はなかった。ホッとしたような、それで少し寂しい気持ちが渦巻く。元々シン王子と出会うのは、婚約者として縁談が持ち上がった後だ。


(早い段階でお会いして婚約を結ばないように協力してもらおうと思ったけど……しょうがないわね。どうにかして婚約を──)

「……こほっ」

「!?」


 咽る声に慌てて周囲を見回すと、黒いローブを纏った少年が蹲っていた。


「……っ、ごほごほっ」

「だ、大丈夫!?」


 少年の傍に駆け寄った。何度か咳をして苦しそうだ。

 蹲っている少年の背中をさすっているうちに、深々と被っていたフードが外れた。少年は黒紫色の髪で瞳は前髪が長くて見えなかったが、肌の色は病的なほど青白い。


(夜、バルコニー……。そう言えば昔、似たようなことがあったような?)


 昔──そう時間跳躍タイムリープのよりも前の記憶。朧気だったが、鮮明に思い出せそうにない。というかそんな悠長なことを言っている場合でも無いのだ。


「……っ」

「ちょっと待っていて、樹木の精霊ドライアードを呼んでくるわ」

「……ヤメロ」


 室内に戻ろうとした瞬間、少年に腕を掴まれ、その場に縫い留められてしまう。彼の力は思った以上に強く、子供とは思えない怪力で腕に痛みが走った。


「痛っ」

「あ、ごめ……。私は……だいじょうぶ……だ」

(全然大丈夫そうに見えない……。でも、大事にしたくないのかしら?)

『この子供。もしかしたら、スペード夜王国の持病かもね~』

「じい様、それって《クドラク症》!」

『たぶん』


 妖精王オーレ・ルゲイエの言葉に、私はハッとさせられた。

 スペード夜王国は吸血鬼ヴァンパイアを祖としており、その血縁者は《クドラク症》と呼ばれる病を持つという。


 定期的に赤血球の量が低下して、体に酸素が行き届かず酸素不足になり、動悸、息切れ、体のだるさ、頭痛が起こる。さらに十分な鉄分を摂取できずにいると飢餓状態が続き、暴れまわったのち首を絞め殺す形で死に至るという。思い出したけれどすっごく怖い。

 少年の手の震えからみても長い間、鉄分を摂取していなかった可能性が高そうだ。


(《クドラク症》は始祖の血を色濃く受け継ぐ場合に起こりやすいって、昔シン様が言っていたわ)


 症状を抑えるのはワイン、葡萄、特殊なお茶などのダイヤ王国産が八割ほど提供している。その生産品も王侯貴族や名家の順でしか行き渡らないので、身分が低い者たちが入手するのは難しい。階級制度による悪法ともいえる。


 何度目かの時間跳躍タイムリープの中で、シン様からこの話を聞いたのを思い出す。それを聞いて「役に立ちたい」と、愚かにもダイヤ王国で鉄分たっぷりの果物はないか探したものだ。新たな果実を発見した時、シン様がとても驚いていたのを思い出す。


(シン様は口元が綻んだだけだったけれど、本当に嬉しかった……って、シン様のことはどうでもいいの!)


 しかし悲しいことに、ある記憶が蘇る。

 新しい果物の発見や功績などシン様が独自で発見したということにして、スペード夜王国で認められて地位を確立した。

 その果物の名は──。


「オーレ・ルゲイエ、今すぐカネレのドライフルーツって出せたりする?」

『じい様』

「じい様、お願いできます?」

『もちろん~。お安い御用だよ~』


 オーレ・ルゲイエは私の両手いっぱいに、宝石のように煌めく赤紫色のカネレのドライフルーツを出してくれた。


 葡萄に似た果物の一つで、ダイヤ王国のアナトリ地方にしかない。一粒で鉄分を十分に補充し、《クドラク病》の症状を緩和する作用がある。

 これは本来、シン様の功績として必要なものだが、この時間軸で私は彼と婚約しないと決めた。だから発見した功績は私の物にするし、価格はかなり吹っかけてやる。


 そう意気込みながらも名も知れない彼は無償であげることにした。何年も使い古された外套、ぼさぼさの長い髪、やせ細った彼に優しくして恩を売るためだ。


「はい」

「……っ」


 少年にドライフルーツを差し出すものの、体が震えているせいで手を伸ばすことが出来ないようだ。

 私はオーレ・ルゲイエにポケットからハンカチを取り出してもらい、両手いっぱいにあったカネレのドライフルーツをハンカチで包む。三十粒はあるだろうか。


「はい、あーん」

「……」


 ドライフルーツを一つつまむと、少年の口に入れて食べさせる。ゆっくりではあるが、咀嚼して食べてくれた。それによって少年の呼吸は落ち着いてきていく。


『カネレの実は妖精の加護もあるから、飢餓状態もすぐに収まるだろう』

「オーレ──じい様や妖精たちは、そんなことも出来るのね。すごいわ」

『ふふん。すごいだろう~。私はすごいのだよ~』

「うん。すごい」


 白猫はご機嫌そうに私の頬にすり寄った。

 周りの妖精たちもこぞって「褒めて、褒めて」と声を上げる。今までの時間跳躍タイムリープではなかったことだ。だから傍に寄り添っていることが嬉しくて、頭を撫でた。友人に近い関係が心地いい。


「……して」


 少年の声はか細く掠れていた。なんと言ったのだろう。

 お礼ならいらないので、将来私の役に立ってくれれば嬉しい。

 そう思ったのだが――。


「……どうして助けた。放っておけば、このまま死ねたのに」

「なっ──」


 何もかも諦めたかのような声に自暴自棄な言葉や態度は、私とは真逆な望みだ。それが無所に腹立たしくて、イラッとしてしまった。


「自分で生死を好き勝手選べるのね。羨ましいわ」


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