翌日。
誕生パーティーの挨拶で、ジェラルド兄様は宰相の職務に就くこと、私が即位するまでの間は父の補佐を行うと公表した。
国王である父様から誕生日プレゼントを強請るという小芝居も、シナリオ通り上手くいった。二人とも役者かなと思うほど素晴らしかった。個人的に拍手を贈りたかったが、心の中で贈ることで留める。
その晴れやかで堂々とした振る舞いは、
王の適性がないことでスペード夜王国の王族たちに皮肉の言葉を投げかけられることもあったが、全く気に留めずに振る舞っている。心の余裕があるからだろうか。ジェラルド兄様が一日でこんなに変わるのは、いい意味で予想外だった。
(うん、今の兄様のほうが生き生きしていていいと思うわ)
ジェラルド兄様を中心に周囲の人が祝っているのを見て、微笑ましく思えた。十二回の時間軸ではあり得ない光景だった。
それを知っているのは私だけだけれど、それでいいのだ。
『ソフィ』
「じい様」
白猫が私の肩に留まった。背中を撫でると気持ちよさそうに頬を摺り寄せてくる。どうやら撫でられるのが好きなようだ。
『元々ジェラルドは優秀だったけれど、優秀ゆえに王の適性が無いことに酷くショックを受けていたからね~。何より妹である
「そうだったのですね。……私、もっと早くからジェラルド兄様に頼ればよかったわ」
家族を巻き込みたくなくて、自分だけで頑張ろうとしていた。十二回繰り返した
兄がなりたくても王になれなかったのだから、女王の私は弱音を吐いてはいけないと――勝手に思い込んでいたのだ。
『愛し子は、もっと周りを頼っていいんだよ~。妖精たちにも私にも』
「それって怠惰にならないの?」
『ならないさ~。ソフィはいつも一生懸命だろう。ずっと見てきたから、わかるよ』
ずっと見ていた。そう言うが十二回の
「……
『いいや違うよ。別の理由があるのだけれど、ここではまだ話せないんだ~』
オーレ・ルゲイエの言葉は引っかかったが、私が怠惰で見限られたわけじゃないと分かって、少しだけホッとした。
「ソフィーリア王女」
「あ、アレクシス殿下……!」
アレクシス殿下は昨日の甲冑姿とは異なり、軍服姿でパーティーに参加していた。長身な彼には良く似合っている――が、思い出すのは私を殺そうとした時の彼の顔だ。
表情筋を総動員して、挨拶をにこやかに交わす。上手に笑えていると思う。
(こういう時、自然に見える作り笑顔を練習してきて本当に良かった)
「ソフィーリア殿下、昨日は本当に助かった。それで……お前がいいなら、その手紙のやり取りをしたい。ハート皇国の現状やお礼状を届けたいのだ」
「手紙の(ハート皇国の情報が入るいい機会だわ)……勿論ですわ」
「よかった」
快く承諾した。
しかし体は常に緊張しっぱなしで指先が震えるし、頬がヒクヒクと悲鳴を上げつつある。
正直、アレクシス殿下が近くにいると殺された時の記憶が過り、体が硬直してしまう。しかし手紙なら上手く交流が出来るかもしれない。
(大丈夫。今回は誓いがあるから私に剣は向けない。少なくとも今は向ける理由がないもの!)
彼が私を殺したのは、様々なことが積み重なった結果だろう。
そう思いながらも、苦手意識というのは簡単に拭えるものではないようだ。失礼にならない距離と、態度だったとは思う。
トラウマを克服して昔のような幼馴染に戻ったら緋色の髪と、獣の耳に触れられるだろうか。そんな未来を考え、私はアレクシス殿下に対する苦手意識を改善するように努める。
「亜人が怖いのか?」
「え、あ……、違うわ。自分よりも大きな人がちょっと苦手なだけ」
十四歳のアレクシス殿下は子供ではあるが背丈は兄様よりも高く、真正面で向かい合うと見上げる形になる。
だから──嘘ではない。
「そうか」
嫌われた、怖がられたと思っていたようで耳や尻尾が嬉しそうに動く。アレクシス殿下は実直でよい方なのだが表情に出やすい。
これはこれで次期皇帝として大変だろう。主にそれらを支える臣下たちが。
「ああ、これは獣の国の皇子と、次期女王様ではありませんか!」
「!」
「亜人の国だ、スペード夜王国の第一王子殿」
「これは失礼」
ぞろぞろと姿を見せたのは、スペード夜王国の王族たちだ。下卑た笑みを浮かべ値踏みされる視線は正直、鬱陶しい。