(確かに妖精たちの恩恵がある私たちの国は物が豊かだわ。それゆえに返礼に迷うのは分かるけれど……)
「そなたの父、現皇帝はこの問いに対して面白い答えを出したが、アレクシス殿下は交渉には不向きのようだな」
「父上が……」
アレクシス殿下は昔から腹芸が得意ではない、真っ直ぐな性格の少年だ。
純粋に自国の民を想い、動ける心優しい人で、カリスマもある。けれど政治的な駆け引きがまったくもって苦手だった。残念なほどに。
未来では補佐官二人がいるので何とかなっているが、アレクシス殿単品では話にならない。
自国が大変なのは分かるが「大変なので助けてください」とお涙頂戴で何とかなる訳がない。それも過去に何度か食料物資の支援をしているというのだから、普通なら叩き出されても文句が言えないと正直に思った。
(この一件でダイヤ王国から食料援助を断られて、さらなる不作にハート皇国の情勢は悪化していくのね)
その結果、私の代で色々と問題が起こることになる。
ならば、それを回避することこそ将来のダイヤ王国にとっての利益になるのではないか。
(ダイヤ王国が滅ぶぐらいなら、多少国の損失になっても実行した方が良い気がするわ。うん、成功するかわからないけれど──やってみる価値はあるはず!)
私は大きく深呼吸をして、覚悟を決める。
横でジェラルド兄様は「ソフィ?」と心配そうに気遣ってくれたので、安心させようと微笑んだ。
「…………」
「何もないのなら、部屋に戻って休むといい。明日はちょうど我が息子ジェラルドの誕生パーティーがある。人脈を作るために残るのも悪くないだろう」
「──ッ」
ぎりり、と歯を食いしばりアレクシス殿下は頭を下げた。
「承知しました。ご配慮に感謝いたします。しかし国の一大事ですので、明日の朝には祖国に戻らせていただき──」
「お待ちください!」
大声で私は叫んだ。
危なく噛みそうになったが、なんとか言えた。
私は再びジェラルド兄様に抱っこされた形で時計台から姿を現す。時計台は玉座の真後ろにあるので、両親は立ち上がって驚愕の声を上げた。
無断で王の間に入ったことに怒られるかとビクビクしていたのだが──。
「ソフィーリア、ジェラルドも! こんな遅くにどうしたんだい?」
「まさか、二人とも怖い夢でも見たの!? それともベッドから落ちて怪我でもした? セバス、治癒師、ううん
「王妃様、ご安心くださいませ。すでに呼んでおります」
「ち、違います!」
「父上、母上も落ち着いてください! あと治癒師も不要ですから!」
両親とも私が起きてきたことに血相を変えて駆け寄る。
先ほどまでの威厳のある両親はどこに。子供を心配する親バカしかいない。執事のセバスチャンも止めてほしかったのに増長してどうするのだろう。
しかもこんなことで
「お父様、お母様。私は大丈夫です。それよりもハート皇国の食料問題について、恥ずかしながら意見を述べても良いでしょうか?」
「おう、可愛らしい私の娘よ。なんでも申してみなさい」
「ええ、賢い娘の意見を聞いてみたいわ」
なんだろう、この温度差。
アレクシス殿下の時と違い過ぎてつらい。殿下の視線も痛いので、さらに背筋から変な汗がにじみ出る。
「ありがとうございます。……蝗害は魔物と同じぐらい危険度の高い災害です。それをハート皇国が率先して退治しているのならば、労働力の対価として、我が国で食料援助を行うにあたるのではないでしょうか?」
八歳らしからぬ発言だが、この際今後の私とダイヤ王国の未来がかかっているのだ、押し通すしかない。両親も子供の私の発言に可笑しいと思うかもしれないが、これは賭けだ。
そう両親の反応を緊張して待つ。
「ソフィ。……八歳で……うちの子は天才すぎる」
「私とアナタの子ですもの! 天才なのはしょうがないわ」
「父上、母上。私の妹ですから、当然です」
(……そうだった。両親って私に甘かったのを忘れていたわ……)
今更だが子供の頃は本当に可愛がられていた。
父様は私を抱き上げて頬ずりするのだが、髭がジョリジョリして痛い。あとアレクシス殿下と騎士の目が点になっているから、親バカモードを解除してほしいのだけれど。
「お父様、私の提案はどうですか?」
「しかしだな。それでも対価は足りないのう。何かをするのなら相当の対価が必要だろう。いつまでも他国がおんぶにだっこというのは……」
顎髭を触る父様に、私は新たな提案を投下する。
どちらかと言うとこちらが本命だ。
「では、今回のハート皇国の援助は全て、我が王家から兄様の誕生日プレゼントというのではどうでしょうか?」
「ソフィ?」
ジェラルド兄様にウインクしてみた。できているか分からないが。
「ジェラルド兄様はいずれ宰相となって私を支えてくださいますから、今のうちに兄様の才能と懐の深さを他国に示せますし、お兄様に対して個人的に恩をハート皇国に売ることができると思います。それを明日のパーティー会場で説明すれば誰も損はしないと思いますわ」
「ジェラルドの? しかしジェラルドは……」
「父上、私はソフィの右腕になろうと思います。宰相として女王を支えるのであれば、他国に名と恩を売って置くのも悪くないかと具申します」
ジェラルド兄様の言葉に、両親は押し黙った。
人見知りで、人と関わることをしてこなかった者の発言とは思えないほど、力強く確固たる意志が伝わってきた。
「うむ……。そういうのなら……いやしかし」
(もう一押し。何か……誰か、父様たちを説得できる人……!)