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第6話 ハート皇国との国際問題・前編

 ハート皇国の早馬。

 火急の件。

 面会。


(え、私が八歳の頃にそんなことが起こっていたの!?)


 心臓の鼓動がバクバクとうるさい。

 ハート皇国の不作は何年にも渡って続いていると聞いていたが、それは私が十二歳の誕生日以降の話だ。もしそれ以前からハート皇国で作物不足であれば『食料不足』と言っても相当根深い問題だったのかもしれない。

 そういえばここに来るまでに、白猫が私を導こうとしていたのを思い出す。

 あの回廊の向こうは──王の間だ。


「ジェラルド兄様、王の間に私を連れて行ってくれませんか?」

「ええ? うーん」

「兄様……おねがい」


 必殺、上目遣い。

 できているかどうかは不明だが、若干ヤケクソで甘えてみた。


(思えば女王として――と、誰かに甘えたり、頼ったりすることを極力避けていた気がする)


 十三回目は色んな人に頼って、甘えよう。そう私は決意する。

 ジェラルド兄様は渋りながらも最後は折れてくれた。「しょうがないな。ソフィの足では時間がかかるだろうから」と言いつつ、足早に歩き出す。


 抱っこされているのは平気だったが、足場もない状態というのは正直に怖い。危機感を覚え、ジェラルド兄様にしがみつくと「ソフィ、可愛すぎる」と頬ずりしてくる。

 くすぐったい。

 でも家族や兄に甘えるのは何だかくすぐったくて、胸がポカポカする。


(それにしても兄様って、こんなにスキンシップが多かったかしら?)

「もう少し急ぐから、急ぐからしっかり捕まっているんだよ」

「はい、兄様」


 風の妖精のようにジェラルド兄様は回廊を颯爽と駆けた。



 ***



 王の間。

 大理石で作られた石畳の上に、金の刺繍の入った赤い絨毯が敷き詰められていた。さらに王の間には巨大な時計台が設置されており、カチカチと秒針の音が響く。

 天井は高く、豪華絢爛なシャンデリアが昼のような明るさで王の間を照らす。玉座には王と王妃がおり、側近の執事が一人だけだ。


 対して階段下には武装したが二人、膝を付いている。

 どうやら謁見を許可されたものの、着替えもせずに二人とも泥だらけで玉座に足を運んだようだ。通常であれば礼儀がなっていないと顰蹙を買うが、今回はその場にいる誰もが指摘しないところをみると、よほどの火急の要件なのだろう。


 私とジェラルド兄様は王家しか知らない裏口から王の間に入り込んだ。巨大な時計台の後ろから事態を見守ることにしたのだが──。


(すでに空気が重い……)


 ハート皇国は亜人たちの国であり、代々魔物討伐と稲作によって成り立っている軍事国家だ。しかし年々魔物の出現が増えたことで兵軍事強化を図ったのだが、今度は稲作で人手が足りなくなったことと、作物の不作が年々続いたため食料不足に陥っている──とハート皇国の使者は語った。


 現状を語り、使者たちは頭を深々と下げた。


(――って、使者がアレクシス殿じゃない!?)

「お願いでございます。このままでは幼い子供、年老いた者から飢えて死んでいきます。食料の援助を受け入れて頂けないでしょうか」

「……………」

(この時代から不作が……。だから食料豊富な隣国のダイヤ王国に食料援助を求めて王太子が自ら訪れたのね)


 奇しくも明日は第一王子であるジェラルド兄様の誕生パーティーがあり、王の選定結果を正式に公表する大事な日だ。

 ダイヤ王国の多忙さに対して些か不躾な歎願であることは、ハート皇国の皇太子であるアレクシス・フローレス・フォン・エドワーズでも理解できているはず。


(ええっと、ジェラルド兄様が十五歳だとして、アレクシス殿下は一つ下だったから今は十四歳ね)


 アレクシス殿下は十二歳で初陣を済ませている。

 というのも獅子の亜人として体格に恵まれており、魔物討伐においても優秀な戦士だ。将来は統率者とカリスマ性も加わり次期皇帝と注目されている。

 大人になった時とは異なり、まだ幼さが残るアレクシス殿下は、ぐっと堪えてダイヤ王国国王に訴えていた。


(皇帝の名代としては悪くない人選だと思うけれど、あまりにも若すぎる。交渉人としては未熟すぎるし……。というかアレクシス殿下は腹芸があまり得意じゃなかった気が……)


 隣にいる騎士は二十代前後だが、頭が回るタイプとは思えない。ごりごりの武闘派タイプに見える。

 先ほどから愚直なほど真っ直ぐに助力を求めており、話は平行線が続くだけ。

 熱意はあるが、それでは交渉のカードとしては弱すぎる。というか話を聞いている限り、交渉ではなく懇願に近い。これではだめだ。


(うーん。この時代の交渉不成立って、ハート皇国の人選ミスだったんじゃ?)

「お願いします。食料援助を」

「ならん。そうやって二十年前も食料を援助したのを忘れたのか。その恩も返して貰っていないのだぞ。豊作になったときに少しでもこちらに義理を通せばいいが、其方らの国はいつ飢饉に陥るか分からないのに分けられるかと突っぱねたことも覚えていないのか」

「そ、それは……」


 国王である父の声は重く冷ややかなものだった。一国の王として毅然とした態度で、言葉を続ける。


(当然ね。義理を果たしていないのにまた懇願って、あまりにも不義理すぎる。……でもここで食料援助しなかったら、私の世代の時に禍根を残すわよね)

「ハート皇国は四季が多く天候によって食料不足に陥ることは多い。魔物討伐を行う際の援助という形で食料を定期的にしていたが、魔物討伐も減っているのでは? 《聖教会》とやらが吹聴しているのを耳にするが?」

「いえ、魔物は増えて──」


 声を荒げるアレクシス殿下を制止したのは、隣にいた騎士だ。


「《聖教会》の威光で瘴気を抑えてはいますが、魔物の数は減ってはおりません」

「現状維持、か」

(交渉の駆け引きをしたいのに、どうにもハート皇国の使者は察しが悪すぎる!)


 いつもなら感情的になる父様を母様が止めるのだけれど、今日はそれもない。それだけハート皇国の対応に激怒しているのだろうか。


「わが国に助力を求める前に、自国で食料問題を解決するべきではないのか。二十年前と違い、できることは多いと思うが……どうなのだ?」

「おっしゃる通り後継者争いや内戦もあり食料不足を解決するための方策を怠ったのは、我が国の落ち度です。……しかし此度の不作は、蝗害が大量発生したことで起こった異常事態なのです。このままでは子供から先に餓死してしまいます。どうか、食糧の援助を!」


 蝗害。

 魔物の中でも弱小なのだが奴らはあっという間に増殖する。畑作作物に限らず、全ての草木などを食べつくす災害級の魔物――故に蝗害と呼ばれている。


 異常事態というのなら、隣国であるダイヤ王国が手を貸しても何ら問題ないと思うのだが、父様の表情は固い。眉根が吊り上がったまま冷ややかな目を向けている。


「それでハート皇国は見返りに、我が国に何を提供してくれるのだ? 今までの恩を積み重ねて、一度でも我が国に対して恩を、利益を齎しただろうか? それとも我が国が豊かであるから、その恩恵をよこせというのか?」

「そのようなことは! 我々の忠義を──」

「アレクシス殿下、そのようなあやふやなものでは我が国は動かない。何よりそなたハート皇国は、困ったら我が国に助けを求める。自ら問題を解決せず棚上げにする姿勢、食糧を提供して返礼もない。我がダイヤ王国から派遣した者たちは、。そんな相手に対して助ける義理はあると思うのか?」

(派遣した者が行方不明って、私の時と同じ!?)

「ぐっ……」


 アレクシス殿下は何も言い返すことが出来ずに黙り込んだ。

 拳を握りしめ、肩を震わせる。

 正論だ。いくら我が国が豊かでも、これは国家間の交渉事であり、慈善活動ではないのだから。


(助けたいと思うけれど、落とし所が見つからないのよな……。何か手立ては……)


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