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第4話 13回目の幕開け

 十三回目の開幕。

 ????年??月。


「ん……」


 妙に気怠い。視界には百合色のビロード生地を使って作られた寝台の天蓋が見えた。この戻り方は十三回目になるので、驚くこともない。


(前回は朝に目覚めたけれど、窓の外を見る限りまだ夜よね……)


 時計の針は二十一時過ぎを指しているのを見て、私は「うーん」と唸った。


十三回目今回は少しだけ何かが違うのかしら? ……とにかく今日がいつなのか確認しなきゃ……)


 ふとベッドにはヌイグルミが並んで居ることに気付いた――が、それよりも半透明な小人がスヤスヤと吐息を立てている。十二回中、そんなことは無かった。


(こ、小人さん!?)


 よく見ると小人たちの背には蝶の羽根が見られる。この子たちは妖精だ。昔から私の周りには妖精たちがたくさん居たが、こんなに多く見るのは久しぶりな気がする。

 記憶を遡ってもここまで妖精たちがハッキリ見えたのは、数える程度しかない。


(確か妖精王オーレ・ルゲイエとの謁見の前日はこんな感じだったような? ……ってことは私が十二歳の誕生日?)


 そんなに昔のことではないが、時間跳躍タイムリープで同じ時間軸を十二回繰り返していたため、それよりも前の記憶は朧気になっていた。

 なんとか記憶を引っ張り出してくると、少しずつ当時のことが思い浮かぶ。


(十二歳……。この時って、すでにスペード夜王国の王のシン様と婚約しているし、ハート皇国のアレクシス殿下、クローバー魔法国のエルヴィン様ともすでに面識があるから、今度こそ三人を味方に付けて王国滅亡を回避する……ことが出来るのかもしれない)


 やることは山済みではあるものの、十二回目までのやり直しで戻る時間は『私が死ぬ一年』、いや正確に言えば『数か月』だった。

 それもあって、やり直しの時間軸でも、充分な準備が出来なかった。今回ならハート皇国の食糧不足を早めに解決できるかもしれない。

 少しだけ希望が持てた。


「とにもかくにも父様と母様に相談してみましょう」

『いい方法あるよ~』

「え?」

『こっち、こっち~』


 間延びした声。

 真っ白な猫が蝶のような羽根を広げて、姿を見せた。

 十三回目の時間軸は、本当に予想外の事ばかりが起こる。


(今まで妖精が声をかけてくれることなんてなかったのに……)


 驚いたものの再び妖精の姿が見えることが嬉しかった。

 幼い頃、少なくとも十二、三歳前後までは妖精たちは傍に居てくれたのに、いつの間にか見えなくなってしまったのだ。十二回目のやり直しの中で見たことはない。


 この国は妖精の恩恵によって存在しているというのに、女王が見えなくなった――などあり得ないことなのだ。


(私が不甲斐ない女王だったから、妖精たちは愛想を尽かせてしまったのでしょうね。でも今回こそは……!)

『こっちだよ~』

「あ、待って」


 私はベッドから飛び起きて、白猫に導かれるまま自室を出る。

 子供の姿だと視線の高さがいつもと違うので、よく知っているはずの王城が新鮮に見えた。なにより子供の歩幅だと進む速さが違う。


(いきなり十九歳から十二歳に逆戻り……。んー、でも十二歳ってこんなに幼かったかしら? 部屋にある鏡で姿を確認しておけばよかったわ)


 一度足を止めるが、今更戻る訳にもいかず先へ進むことにした。

 ふと、回廊で立ち止まっている人影に気づく。


(あれは……)


 金色の癖のある髪に鳶色の瞳、真っ白な肌の少年は絵本から抜け出した王子さまのようだ。見覚えがある人物は、私の兄、ジェラルド兄様だった。

 今年十八歳になるはずなのだが、だいぶ幼く見える。背丈も低いし、青年というより少年に近い。


「ジェラルド兄様?」

「……………」


 私の声が届いていないのか、ブツブツとなにやら呪文を呟いている。そろそろと近づくにつれて、数字をひたすら呟いているのがわかった。


「159265358979323846264338327950288419716939937510582097494459230781640……」

「また円周率でも唱えていたのですか?」

「!?」


 ジェラルド兄様はものすごい勢いで私に視線を向けた。口をパクパクと開けて、目を見開いているではないか。何かおかしなことを言っただろうか。


(あ、そうだ。……私が十二歳の頃だと、次期王の座が決まったことで兄様とは距離を置かれていたんだった……)


 ジェラルド兄様は昔から『数学』の魅力に取り憑かれてしまい、暇な時があれば数式や数学定数などを考えている変わり者である。もっともそうなってしまったのは、兄様が十五歳の誕生日の時に『王の適性が無い』と悟り、以降自室で研究をする人見知りになってしまったのだ。


 長男でありながら王の資格がないというのは、肩身が狭いのかもしれない。しかしダイヤ王国においての王の資格とは、「祖である妖精王オーレ・ルゲイエと意思疎通可能か」という点が非常に大きい。


 我が国の食料や鉱山などの資源が枯渇することはない。それは妖精王オーレ・ルゲイエの恩恵であり、契約でもあるからだ。つまり王としての有能さよりも『妖精王が見えるか見えないか』『意思疎通ができるかどうか』が重要となる。

 趣味に生きる兄様をよく思わない他国の王族は、『役立たず』など馬鹿にされることも多かった。その影響もあり、兄様の人嫌いに拍車がかかり研究室に閉じこもるようになってしまった。


(十二回のやり直しを繰り返している中で、兄様との会話はさほど多くなかった。十二回目の時は少し進展したけれど、この時間軸だと……私のことを嫌っているわよね)


 兄の分岐点は、十五歳の誕生日。

 今の私が十二歳だと兄とは六歳差なので十八歳で、既に三年も過ぎてしまっている。しかし兄様に近づいてみて、その違和感はさらに深まった。


(ジェラルド兄様って、十八歳の時ってもう少し大人っぽかったような? あと結構太っていたはず……)

「途中の数列の並びで、円周率だと言い出すなんて──」

(あ。この時間軸での数学は兄様の地雷だった!?)


 怒髪天を衝く勢いで、罵声が飛ぶかと思ったのだが──ジェラルド兄様は私の両肩を掴んだ。


「さすが、私の妹だ。ああ、天使のように可愛いな!」

(あ、あれ?)


 兄様は私を抱き上げた。幼い身体は簡単に持ち上がり浮遊感に襲われる。そのまま抱っこされ、私は兄様にひっついた。


 抱き上げられ大はしゃぎではないか。

 それも今まで見たことがないほど満面な笑みを浮かべている。兄様がこれほど喜んだ姿を私は見たことがない。


(兄様? ……ってこんな感じだったかしら? というか十二歳にもなって抱っこって)

「素晴らしいよ、ソフィ」

(そ、ソフィ? ジェラルド兄様に愛称で呼ばれたの、初めてなんじゃ?)

「数学の素晴らしさをわかっているのは、ソフィだけだ!」

「そ、そうなのですか?」

「ああ。そうだよ」

「数学が素晴らしいのは当然です。数学は計算するだけじゃなく、自分の視野を広めることにもなる分野だと思います。兄様ならその才能を多くのことに役立てるのではないでしょうか」

「ソフィ~! お前ならそう言ってくれると思った!」


 ジェラルド兄様に抱きしめられながら、私は頭をフル回転させる。

 緻密な計算や演算能力などを考えれば、ジェラルド兄様は間違いなく天才だ。王というよりも参謀や宰相という職業が特に向いている。


 それは十二回目までの時間跳躍タイムリープで女王として国を維持してきたからこそ、兄の能力に気づいたといってもいい。


 ダイヤ王国は他国と違い自由人が多い。それゆえ規律や国としての治安は、妖精ありきで支えられている。そのため公務となりえるのは国の管理よりも、他国との関りが大きい。

 是非とも兄様を宰相の立ち位置に就かせたいが、いい案は浮かばなかった。

 神算鬼謀の才能がほしかったと何度嘆いたことか。


「ジェラルド兄様が、宰相になったらとってもいいのに……」

「え、宰相?」

「あ、なんでもないです!」


 私に才能が無いなら、出来る人がやればいい。

 女王として政治を丸投げなどもってのほかだと猛省し、兄様に聞こえていなければと祈ったが――そんな奇跡は起きなかった。



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