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第2話 終わりの始まり・後編

 婚約と同盟の破棄、それによって

 ダイヤ王国歴1506年10月。

 今までと何も変わらず十二回目も三か国合従軍がダイヤ王国に攻め込み、私は王の間にやってきたハート皇国の兵士に殺されるだろう。

 逃げても、隠れても無意味だ。

 だから今回も王の間で、私を殺しに来る兵が来るのを待っていた。女王らしく玉座で最期の役割を全うするために──。


(援軍など来ない。美しかった王都も劫火に焼かれて全てを奪われ蹂躙される)


 クローバー魔法国で友人でもあったエルヴィン様だけは、あの日の帰りに「何とかする」と言ってくれたけれど期待はしていない。

 結局、十二回目もクローバー魔法国、他の二国と同様に挙兵して我が国へと進軍してきた。


「報告します、クローバー魔法国は国境付近まで進軍しましたが、そこで完全に動きを停止したもようです」

「陽動の可能性もあるでしょう。引き続き監視を」

「ハッ!」

「(あくまで他の二国の顔を立てて進軍し、国境付近で待機して無駄に兵を失わずに国力を温存する気なのでしょうね。後で他国に何か言われても最低限の働きはしたと突っぱねる為の材料も用意して……)」


 十二回目の異変。クローバー魔法国軍はそれ以上、ダイヤ王国に攻め入ろうとはしなかったのだ。ダイヤ王国を助ける気もない。

 そしてもう一つ。

 戦争が始まる前に、元婚約者シン様のから贈り物が私に届いた。


(こんなこと今までに一度も無かった……。婚約者として接点をもったから?)


 恐る恐る木箱を開けた瞬間、すぐさま後悔した。

 細長い木箱には真っ白な百合と短剣。白銀色の凝った造りの短剣で美しくはあったが、贈った意図が分からなかった。「女王として潔く死を受け入れろ」という事だろうか。


 ハート皇国の騎士の妻に短剣を贈るという話は聞いたことがあるが、スペード夜王国ではそのような話は聞いたことがない。

 もっともその短剣は自害用であって、お守りとは異なる。


 スペード夜王国の王族にしか伝わらない風習があるのかもしれないが、私にはわからない。スペード夜王国に嫁ぐのではなく、シン様をダイヤ王国に婿として迎え入れるのだから。

 もっともすでに婚約破棄された身。

 婚約者のシン様からの最後の贈り物の意図がわからず、打倒に考えると、やはり「自害しろ」が近いのかもしれない。


(――ッ、それがシン様なりの慈悲のつもりなのでしょうね)



 ***



 不思議なことにスペード夜王国軍も国境を超えたあたりで待機と報告があった。けれどハート皇国だけは変わらず、破竹の勢いでダイヤ王国を侵略していく。

 この国の象徴とも呼べる大樹は白銀の煌めきを失い、建国以来枯れたことのなかった葉が灰色となって落ちていった。

 ハート皇国が侵略を開始して数日で緑豊かなダイヤ王国は、火の海と化した。

 「皆殺しだ」と兵士たちが叫ぶ。悲鳴と怒号と殺意に満ちた者たちが、蹂躙していく。


「傲慢な女王に死を!」

「食料を独占する傲慢で我儘な女王を殺せ!」


 全ての元凶である私は悪女だと、兵士たちは口々に言う。

 食料を独占。全くの誤解だ。

 ハート皇国の飢饉に対し、食料の援助をしていたのは我が国だというのに。

 その事実は聖女が握り潰し、ダイヤ王国を悪者に仕上げた。やはり私が無能な女王だったのがいけなかったのだろう。


(もっと上手いやり方があったかもしれない。……でも、十二回目も駄目だった)


 王の間にハート皇国の皇太子アレクシス殿下と数名の兵士が姿を見せた。全員がトマトを頭からかぶったかのように血塗れで、人には見えなかった。


「アレクシス殿、此度の侵略はどのような大義があって――」

「我らの恩を仇で――」

「黙れ!」


 私の両親と兄が説得を試みようとするが、彼らは武器も持たぬ王族に対して一方的に殺した。玉座を退いた両親と兄は王族として逃げて欲しかった。遙か昔の妖精の国通ずる扉を使って、逃げられたかもしれないのに、両親も兄も「お前を残して何処へ逃げよう」と言ってくれたのだ。


(十二回目の中で一番か家族仲も良かった。兄とも少しだけ打ち解けたのに……)


 両親は私を守るようにして死んでいった。

 死なせてしまった。

 本当なら今すぐにでも両親と兄の傍に駆け寄って、泣いてしまいたい。

 でも、この国の女王として、私は責務を全うしなければという矜持だけで玉座に座ったまま――アレクシス殿を見据えた。


「逃げなかったのだな」

「私はこの国の女王だ。貴国に恩を売ったことはあれど、恨みを買った記憶は無い。何もやましいことも、非道なことも行っていないのに、なぜ逃げなければならない?」

「ああ、そうかい。あれを非道ではないというのか。いいぜ、滅びろよ。悪魔」


 そう言ってアレクシス殿下は大剣を振り下ろした。

 激痛で叫びたくなるのをグッと堪えて、下唇を噛みしめる。何度味わっても痛いし、苦しくて、何度も心が折れそうになった。


(婚約者、友人、幼馴染……誰一人私の傍に残らなかった。……やはり私は女王には向いていないのでしょうね。あの聖女の暴走を止めるだけの……力がなかったのだから……)


 アレクシス殿下とは幼馴染みだった。互いに王位継承者として、人に言えない弱音などを話したりできる──心を許せる幼馴染だと思っていたのは私だけだったようだ。

 だからこそ悲しかった。


「女王であるお前が、あの時食料を提供していれば──」


 身に覚えのない罪状。

 十二回中、半分以上はハート皇国からの要請が私に届いていなかった。そして今回は他国とのやり取りも出来るだけ整え、食料だって手配したのに。


 食料を贈った後、荷物と共に派遣隊は行方不明。確認のためハート皇国に使者を送ったけれど、彼らも戻ってこなかった。

 聖女が全てもみ消し、そのことにアレクシス殿下は気付かない。こちらに証拠があるといってもねつ造だと言われる始末。


(それでも、相手が上手だった……のでしょうね。私がもっと有能だったら……)


 何もかも空回りして、私は王女失格だ。

 体だけではなく、心もすり減ってしまった。馬鹿の一つ覚えのように抱えていた大事な想いであり、支えだったけれど絶望の結果しか生み出さない。


(私は欲張りだった。大切な人に好かれたまま婚約破棄を阻止して、各国同士の問題も解決したいなんて──。どちらも選ぼうとして十二回も繰り返して、ようやく無理だってわかった)


 十三回目のやり直しがあるか分からないけれど、もし次があるのなら――もうシン様を追いかけるのはやめよう。

 不毛な恋をしているのだと。もしかしたらを願うのは愚かなことだ。趣味の時間も封じて、生き残るために女王として最善を尽くそう。


(また……繰り返されるのなら、今度は……シン様への想いも楽しいことも全部捨ててしまおう。……そうしたら、なにか……変わるかしら?)


 視界が歪み、意識が遠のく中。

 小さな声が聞こえた。


『やっと、時の檻が砕けたよ』

『──も頑張っていたし』

『最後まで──に屈しなかったもんね』


 囁くような、本当にか細い声。

 でもどこか懐かしい。

 ずっと前から──知っているような。


『これなら、今度は』

『うん、きっと、大丈夫』

『『よかったね、オーレ・ルゲイエ』』

(オーレ・ルゲイエ? 妖精王……。ああ、そういえば、即位式の後から……声が聞こえなくなって……)

『これなら《愛し子》を守ってあげられるよ~。本当によかった……』

(懐かしい……声。また……頭を撫でて……ほしか……)


 真紅の絨毯が赤黒く染まった頃、零れ落ちた砂時計がひっくり返り、再び



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