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第13話 廊下を走ってくる足音

「それにしてもさ」


 ヨギは食堂のTV画面を見ながらつぶやく。この集団の皆が皆、この日は画面に釘づけだった。

 ただし大きな画面のTVは、この集団が居座っている学校の中でも、食堂の中にしかない。大きなテーブルに、皆椅子を持ち寄って、ぐるりと取り囲んでいる。

 キュア・ファミ・ダーリニイ監督が、星系議会と軍に対する陳述書を提出し、その件についての審議が行われているのだ。

 そんな学生ボランティアの背中を見ながら、リーダーであるヨギは、今回の資料作成の立て役者であるフォーレン夫人と共に、少し離れた位置に座っていた。


「仕事終わったら、あなた帰ってしまうの? ウェストウェストに」

「ええ。夫の墓がそこにはあるし。それに仕事もね。彼は私が生きて行くに充分な資金を残してくれたけど、それだけじゃただ生きてくだけでしょ」

「まあそれはそうだけど。……確かにあなた、そういうところは昔と変わっていないんだものね」

「君は、変わったけれどね、ヨギ」


 小声の二人の会話は、画面に集中している学生達には聞こえない。


「でも本当に驚いたんだよエラ。あなたが生きていたこともだけど、何よりも、その姿」

「まあね。でも、それはそれでいい、と思うのよ」


 ふうん、とヨギはうなづく。そんなものかね、と。


「で、結局、監督には何も言わないで行くつもり?」

「ええ」


 きっぱりと彼女は言う。


「今私達が『再会』しても、何もならないわ。私はあの時死んだ。それでいいのよ」

「本当?」


 ぎゅっ、とテーブルの上に置いた手が硬く握りしめられる。


「だって、彼は私に気付かなかったのよ」


 それは、とヨギは言葉に詰まる。

 と、その時、おおっ、と学生達の間から声が上がった。二人も画面に視線を移す。そこには時々ニュースで目にする、アンジェラス軍の司令官の姿があった。


『……陳述書の詳しい資料等を検討の結果、今回の建て替えは行わないものとする』


 わっ、とその場がその瞬間、沸き上がった。やったやった、と立ち上がり跳ね回る者もいれば、隣の友達と抱き合って泣く者も居る。特にそれは、連日細かい資料を慣れない手で打ち込んでいたスタッフに多かった。


『……ただし現在の建築物を改修し、活用することとなるが、その際には住民諸君の積極的な支援を期待する』


 条件はつくだろう、と踏んでいたが、それは予想されていたことだったので、ヨギもフォーレン夫人――― エラも満足だった。


「これで本当に、仕事も終わりね」


 彼女はつぶやく。画面の中では続いて議長が代表である監督にマイクを回した。ありがとうございます、と彼は頭を深く下げた。

 少しいいですか、と彼は議長と軍司令官に向かって了解を求めた。二人ともうなづいた。


『自分はこの地の人間ではありません。しかしこの地の建築を深く愛するという意味では、この地の人々と同じでありたいと思っています』


 何を言うつもりだろう、とその場から立ち上がりかけたエラは座り直した。


『実は一時期、私はこの地を憎んだことすらあります。かつて私の大切な人を、亡くした場所でもあるからです』


 議場が少しざわつく。


『しかし、その気持ちは、次第に変わってきました。ここは彼女がとても愛した場所でした。そして実際、やってきてみて、その気持ちがよく分かりました。きっと彼女が居たなら、この同じ空の下、やはりこう動くだろう、と思って活動を始めたのです。そんなひどく私的な思いが発端であったのに、賛同してくださった皆様に、そしてそんな我々の意見を真っ当に受け止めて審議してくださった皆様に、感謝いたします』


 聞き入っていた食堂に、さざ波の様に拍手がわき起こった。エラもつられて手を叩こうとした。と。


『それに』


 え、と彼女はその手を止めた。


『どうやらこの地は、私にその大切な人を返してくれたようです』


 息が止まるか、とエラは思った。


『もう離しません。彼女が嫌だと言っても』


 そして今度こそ、議場と食堂の両方に、拍手が鳴り響いた。


「おーい、今日予約しておいた運送会社、キャンセルね」


 ヨギは仲間に向かってそう呼びかける。何が何だか判らないが、高揚した気持ちの学生達は、おお、と声を上げる。

 エラは脱力した様に、その場に座り込んだままだった。


「彼もそう言ってるからね」

「あなた知っていたの? 彼が気づいたの」

「俺は言ってないよ。ただ彼に、そうじゃないか、って相談されたんだ。俺はあなたと昔知り合いだったことは彼に言っていたから」

「……」


 彼女は微妙に顔をゆがめた。


「待ってておやりよ、絶対に」


 そう言って、ヨギは学生達を引き連れて、お祝いのパーティの支度だ、と出て行った。

 彼女は残された食堂でぽつんと座りながら、次第に胸の中がさわつくのを感じていた。

 不安はある。当然あるのだ。しかしその一方で、期待が押し寄せてくる。

 亡くなった夫は終始、自分が幸せであることを望んでいた。自分にはもったいない様な人だった。だから、いくら幸せに、と言ったところで、キュアとそのまま再会することはできなかった。

 だからわざわざ未亡人の名義でここに入り込んだ。それで彼が気づくなら、自分は名乗り出よう、と思ったのだ。賭けだった。

 そしてその賭けに自分は勝ったのだ。


 だったら迷うことはない。

 彼女は顔を上げた。


 廊下を走ってくる足音が、聞こえてきた。 

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