彼女は思わず声を上げた。だがすぐに気を取り直して、彼女はその言葉の持つ意味を考えてみる。
「…ということは、教授傘下の研究者を丸ごと、ということでしょうか」
「かも、しれない。それに、ディフィールド教授が―――彼の体質として、一人で動くとは考えられない。もしも彼が軍の要請を受けるとしたら、確実に何名か連れていくだろうね」
そして彼女ははっとする。
「もしかして…その中に、学生も含まれたりするのでしょうか」
「それは当の学生次第だと思うね。ディフィールド教授にずっとついて行こうと思ったり、卒業後、何らかの恩恵を受けようと思うなら、まず進んでいくだろうな。彼はそういう学生を好むからね」
彼女は唇をぎゅっと噛むと、首を横に振る。
「…キュアのことが心配かい?」
「当然です。あの馬鹿は…」
「いや、彼は行かないとは思うよ」
彼女ははっとして顔を上げる。
「君の知るキュア・ファミは、軍隊というものが好きかい?」
「いいえ、大嫌いです」
彼女は大嫌い、の部分に思い切り力を込めた。
「彼は、とにかく集団行動というのが嫌いですから。だからあたし、いつも彼があの研究室に居るのも居られるのもすごく不思議で仕方ないんです」
「そんな彼が、もっと締め付けのきつい集団に、更に普段居心地が悪いだろう場所に進んで行くだろうかね」
「…と、あたしも思うのですが」
だけど、彼の目的が、ただ単に「良い建築物を作る」だけではないことを知っていたから、彼女は言いよどんでしまう。
「それと、あと、ディフィールド教授が、彼を連れて行こうとするか」
「あ」
「僕の予想では、彼はキュアは連れて行かないだろうね」
「そんなに、好かれていないですか?」
「彼が好かない程度には、ディフィールド教授も彼を好かないだろうね」
そうだろう、とエラも思う。ディフィールド教授はそもそもキュアを自分の研究室には入れたくなかったのだ、という噂も彼女は聞いていた。
それでも入れざるを得なかったのは、彼の「入室試験」である図面があまりに素晴らしかったからだ、と聞く。
現物には勝てないよ、と決まった時のキュアの得意そうな顔を、エラはよく覚えている。そして彼女はそれに手放しで喜べない自分に気付いていた。
「だからエラ、キュアが行ってしまうことを心配することはないと思う。問題は、そうじゃないんだ」
「…と言いますと?」
「今回の要請が、いつまで続くか、ということなんだ。彼は、卒業製作を教授に見てもらえないかもしれない」
「あ!」
エラは小さく叫んだ。
「他の連中はそれをも考慮して、自分からその要請に従おうとするだろう。そうすれば、自分の学生としての時間はいったんそこでストップするからね。帰ってきてから見てもらえばいい。しかし留まった彼は。しかも、彼は取りかかりが決して早い訳ではない」
それに加えて、決して好かれていない、とすれば。
「…でも、教授は教授でしょうに…」
「教授である以上に、人間だからね。特にこういう場所の地位の高い人間は」
おっと失礼、とエフウッド教授は片手を挙げた。
「…とにかく、出発前の君に言うには何だったが、気になることではあるのでね」
ありがとうございます、と彼女は頭を下げた。
*
実際、それは考えられることだった。
「おい本当に荷物、これだけなのかよ?」
寮の部屋で、荷物整理をする彼女に、キュアは問いかけた。
彼女の荷物は確かに少なかった。大きなトランクが一つと、あとは手持ちができるバッグが一つ二つ三つ。靴は運動用の一足と、訪問用の一足だけだったし、服も、訪問用が一つと、あとは同じ形同じ色の、美術学群の学生が愛用するようなつなぎだった。
「そうよ。だって大した時間ではないんだし、きっと戻る頃には、もっと荷物が増えてるし」
「送ればいいだろう?」
「あんた自分の部屋とか見て、よくそんなこと言えるよね?」
「はいはい」
下手に荷物が多くても、広げてしまって後が大変なだけなのだ。
滞在期間は15日と短い。その中で効率よく調査をこなすには、無駄なものに気をつかっている暇はない。本当は必要が無ければ、「訪問用」の服や靴など置いて、代わりに高精度のカメラを入れたかったのだ。
しかし高精度のカメラは重いし、彼女自身、そのカメラに似合った腕を自分が持っているとは思わない。だから持っていくのは、小型で軽い、そして操作も簡単なものを選んだ。
問題はカメラの性能ではない。被写体をどれだけ真剣に見て、沢山撮り、自分の疑問に答えるものを得るか、ということだった。
「ところでキュア、あんたの研究室、どうなの?」