翌日は目がまぶしかった。
結局、その晩はコノエの部屋に泊まり込んでしまった。家にはあれからすぐに友達の家でテスト勉強するとか何とか電話して、……無論、そんなことはした記憶はないのだが。
実際、コノエの本棚には高校生の普通に持つような参考書だの本だのは全く見あたらない。
カバンは持っていたが、中身はすかすかの俺達じゃ、勉強どころではない。それに、奴の本棚にはそれどころか、何やらもっとぶ厚い本が並んでいたりする。
飾りですよ、と奴は言って笑ったが、ぱらぱらと繰ると、あちこちに書き込み、手ずれ。使い込んだ跡。その書き込みは時には英語だったりすることもある…… 本当にこいつのもんなんだろうか? とふと思ってしまうほど。
だがどうにもこの二人の前で、それがどうしてなのか、俺は聞けなかった。
俺達はだらだらとその晩は、どうでもいいことを話したり、TVを見たり、奴の持ってるたくさんのCDを物色したり、音楽雑誌を見たり、通いつけのライヴハウスの日程表から次の予定を考えたり……
他愛ない笑い。時間が過ぎていくのが早かった。
眠くなったので眠ろうと思ったら、タキノが閉じてある方のマットレスを拡げて、もう一つのマットレスとくっつけた。そして、一緒に寝よ、と言って、結局俺達は三人で川の字になって眠ったのだ。
まあ疲れていたから眠ったのはいいんだが――― 問題は朝だった。
起きた瞬間は、そこが何処だかさっぱり判らなかった。それに制服のズボンにシャツ、多少ゆるめてはあったが、そのままずるずると眠りに入ってしまったのだ。さすがにシャツはくしゃくしゃだった。
そしてそれは自分だけじゃない。隣で寝ていたコノエもそうだったし――― タキノもそうだった。
着ていた大きめの襟ぐりの服から肩がのぞいていた。つるんと丸くて細くて。だけど身体全体をきゅっと縮めて、横に眠っているコノエにすりよるようにして、短い髪を乱して、すやすやと眠っていた。
コノエはコノエで、それがいつものことであるかのように、実に安らかな顔をして眠っている。何だかなあ、と思いつつ、俺はのそのそと起きあがって、時計を横目に顔を洗いに行った。
鏡の中に映る自分を見て、さすがにシャツくらいは借りたくなった。コノエを揺り起こし、眠っているタキノを残して、野郎二人で外に出た。
初夏の太陽は、朝でも何でもひどくまぶしい。
学校に歩いて行けない距離ではないことに感謝した。借りたシャツを着て、だらだらと歩いていく。
まだ時間はあったので、駅前のファーストフード店に入って、モーニングセットを頼んだ。そして窓際の席に陣取って、少し早めに登校してくる我が校の生徒の姿を眺めていた。どうもこの時間に来る連中は足取りが軽い。
と、コノエは、コーヒーを口にしながら、外を指さした。
「マキノ?」
「そ。彼氏も早そうですねえ」
「ピアノ弾きに行くんじゃないか?」
「んー…… どうでしょうねえ」
曖昧な奴の答えには無視して、窓の外を眺め続けながら、俺はハッシュドポテトを口にする。熱いうちは、やっぱり美味いもんだ。
「キミと同様、どっかへ昨夜は泊まり込んだのかも」
「ふん。何かそう思える点があるのかよ」
「なあんか、シャツがいまいちしゃんとしてないですよ」
くすくす、と笑いを含めて奴は指摘する。確かに。何となくネクタイもややいい加減そうに見える。
「彼氏はわりといつも小綺麗にしてるんですよね」
「よく見てるな」
やや嫌みを込めるが、それには笑って答えない。代わりにコーヒーをもう一口、とわざとらしくすする。
「で、相手が、キミに対するワタシのようにシャツを貸せない人ってことも考えられますな」
「女かな」
「可能性は無くもないですがね」
「……何かまだ何か言いたそうだな」
じろりと奴の方を見た。
「いや、ただあの時見た彼氏のまわりには、女はいなかったような気はしますがね」
「ああ、あのバンド」
「だから単に、遊びに行ってそのままずるずると泊まり込んでしまったということは考えられると」
「俺のように?」
そう、と奴はうなづいた。ふうん、と俺は再び外へ視線をやる。既にマキノの姿はなかった。