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第2話 未知との遭遇

「ただいまあ」


 タキノはステージが暗転すると、とことこと彼氏(だよな)のところへ戻ってきて、楽しかったあ、と抱きついた。

 すると彼氏(だろうな)は、それはよかったよかった、とまた彼女の頭をぐりぐりとやる。

 端で見ている方が実に恥ずかしいんだよっ!


「ねえねえ、今の、どーだった? カナイ君」

「今のどーだったって…… まあ…… バンドだよね」

「あったりまえじゃないの。そーじゃなくて、あのバンド、良くない?」

「……」


 俺は言葉を探す。

 それを見てコノエはこらこら、と彼女の頭を軽くはたいた。


「ねえタキノ、皆それぞれのシュミっていうものがあるでしょう?」

「んー……、どーして男の子ってのはああいうのの良さが判らないのかなあ」


 彼女は肩をすくめる。だが、と言われても。

 どうやらタキノのお目当ては、典型的なV系のバンドのようだった。少なくとも俺にはそう見えた。

 その格好の結構なおどろおどろしさに関わらず、音はキャッチーでポップ。どっちかと言えば、わかりやすいマイナーなメロディ。なぁんか、ちゃちだなあ、と言いたくなってくる。別に悪いとは言わないけど、いいとも言えないのも確かだった。

 どう言ったものなのか俺が考えあぐねている間に、彼女はするりとコノエの腕の中から抜け出した。


「でもいいか。ねえねえあたし何か呑んでくるねー」

「後ろに居る?」

「うん。待ってるからね。後で遊ぼ」


 ひらひら、とコノエは手を振る。いいのか? と俺は奴に訊ねた。何が、とすかさず奴は答える。


「だってお前、彼女」

「ああ、いいの。ワタシはワタシで、後のバンド結構見たかったし」

「いいのって」

「だってカナイ君や、あれをどう止められましょ?」


 奴は肩をすくめた。確かに。ほとんどスキップ気分で出口近くのドリンクコーナーへと人混みをすり抜けていく彼女の背中を見ながら俺もそう思う。


「それより我々は、次のバンドに思いを馳せましょ。次は何って言いましたかね? ほらチケット出して出して」


 流れるように投げかけられる言葉に、俺は言われるままにポケットからチケットを再び取り出した。


「えーと……、暗くてよく見えないな」

「よく目をこらしなさいや。えーと、『RINGER』」

「リンガー? リンガフォンなら知ってるけどさ」

「英語教材なんて使ったことあるんですか? 鐘ならしさんなんですねえ」


 そりゃ確かに使ったことなんかないけどさ。自慢ではないが、俺は英語は苦手なのだ。


「鐘ならし」

「というか、ただの鐘ならしさんではなくってね、警鐘を鳴らすもの、っていう意味があるんですわ。そっちの意味入っていたら、結構面白いんですがね。結構物騒」


 へえ、と俺はうなづく。


「よく知ってるなあ」

「雑学の大家と呼んで下さいな。どーでもいいようなコトをたくさん知ってるのは、知らないより人生楽しいでしょうに」

「お前は人生楽しそうだよなあ」

「今のところは楽しいですよ。カナイ君はじゃ、楽しくないんですかね?」


 奴の右側の口元がひらりと上がる。

 一瞬、心臓が飛び上がった。ふと、両の腕から血がすっと落ちていくような、冷たくなるような感覚があった。

 そんな俺の動揺に気付いたのかどうなのか、お、と顔をステージの方に向けると、奴は軽く伸びをした。


「ま、どーでもいいですがねカナイ君。あるものは楽しみましょうね」


 くくく、と奴は含み笑いを俺に向ける。


「い、言われなくても」

「本当に?」


 本当、と言い返そうとした時、スピーカーがひっくり返った様な悲鳴を上げた。どうやら始まるらしい。

 機材のセッティングが終わる。この日のバンドは全部で六組くらいある。

 二番目、などという目立たない位置にあるこの「RINGER」というバンドは、無茶苦茶熱狂的なファン、というのはどうやらあまり無さそうに見える。

 さっきまで騒いでいた子達はもういなかった。後ろへ下がったのだろう。入れ替わる前の客達の年齢が上がったようにも見える。メンバー一人一人が出てくる時も、さほどに声が上がる訳でもない。

 四人組だ。ヴォーカルにギターにベースにドラム。

 少し小柄なヴォーカルが定位置に立ち、マイクスタンドにむき出しのすんなりした腕を伸ばした時、ライトが点いた。

 ヴォーカルは顔を伏せている。やや長めの髪がぱらりとかかり、顔が半分隠れている。フロアが静まる。

 どうなるのだろう? 俺は何となく身体を固くする。

 だが次の瞬間。

 ギターが恐ろしい速さで音を刻みだした。

 肩から、悪寒にも似た感覚が、一気に首筋を通って、足先まで走った。

 シャワーだ。

 家のじゃなく、ガキの頃、ぎゃあぎゃあ言いながら、先生に追い立てられて入った、あのとてつもない冷たい水の。あの瞬間。

 四小節。同期のキーボードがギターと似た、少し上の音を入れる。四小節。

 ベースとドラムが一斉に入った。硬めのリズム。そして同時にマイクスタンドからマイクを取って、ヴォーカリストがひらりと動いた。

 イントロの「決め」。ヴォーカリストとギタリストが調子を合わせて動く。ギタリストの、色を抜いた長い髪が揺れる。そしてふらりと首を振って、ヴォーカルが入った。

 俺は思わず見入っていた。

 華やかなメロディ。だけど何処か懐かしいような。

 何なんだろう。

 突っ立ったまま俺は、その何か、の出所を探していた。

 何なんだろう。リズムじゃない。声じゃない。

 あの声は、よくある声だ。上手いことは上手いし、聞き易い声だ。動きも綺麗だ。だけど、そうじゃない。

 直感が何か告げている。

 頭を空っぽにして、自分の目が何処を追うのか、試してみる。

 俺は時々自分自身に嘘をついてしまうから、何を求めているのか判らなくなった時には、身体を信じる。耳を澄まし、ぼんやりと、どれが「それ」なのか、身体が向く方向を信じる。

 何なんだろう。

 視線が、一ヶ所で止まる。


 ―――あのギター……

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