あっさりと端末は言った。追い出した?と俺は思わず問い返していた。
「だがその頃、ずいぶんと人口は多かったんじゃないか?」
「しかし我々の仲間の方が多かった訳です」
「仲間… 都市コンピュータか?」
「それもあります。ですが、中心となったのは、デザイアです」
「デザイア?」
そういえば、端末の口から、そんな言葉がふらっと流れたことがあった。その時は何だろう、と心をかすめはしたが、その後の話の方が大きくて、つい忘れてしまっていた。
「…ああ、その名称は一般には流布しませんでしたね。じゃあ、合成花と言えば、お解りですか?」
「合成花。それなら知ってる。確か工場で作られる、さほど綺麗じゃないが、安い花だよな。昔は流行っていたということだと…」
「…というからには、あなたの住んでいた惑星にはなかった訳ですね」
「…別に。合成花でなくとも、生花がそのへんにあったし」
「ですが、あの当時のこの惑星の太陽系の、植民されたドーム都市では、生花は高価なものだったのですよ。何せ、居住条件の整った惑星に移民していた訳ではありません。『なま』ものは、結構な値がつくようになった訳です。そこで開発されたのが、合成花です」
端末は、俺にその画像を見せた。確かにそう綺麗ではなかった。いや、形とか色とか、まあそれなりに見られるのだ。だが、生花のもつあの生き生きとした美しさとはやっぱり異なっていた。
「では」
端末は、映像を切り替えた。
「これではどうですか?」
「…これでは、って。これはただの生花の薔薇だろ?」
「いえ違います。これも合成花なのです」
「…まさか」
そこに映し出されていたのは、生花そのもの… いや、下手すると、生花以上に何やら生き生きとしている薔薇の姿だった。色は赤黄白ピンクオレンジと、実に鮮やか、露をおいた花びら、その棘、つるりとした葉…何処をどう見ても、生きているそれだった。
「だってこれは…」
「先刻あなたに見せたのは、フォロウの合成花。そしてこっちが、デザイアの合成花です」
そこでようやく、その単語は出現した。
「…どう違うんだ?」
「意志の有無」
端末は端的に答えた。
「意志?」
「合成花というのは、擬態している不定形生物、と考えてくれればいいです。これはたまたま花の形をしていますが、決して花ではないのです。その増え方も、生き方も、死に方も、本物の花とは、根本的に異なった、別の生物です」
げ、と俺は思わず口を押さえていた。
「ただ、その中でも、意志を殺されて姿を撮したのが、フォロウという名の合成花であり、意志を持ったままであるのが、デザイアと呼ばれています」
「意志が… あるのか?」
「ええ」
そして俺の前に、この惑星の地図が示された。まるで地理歴史の時間のようだ。
「…これが、まだこの惑星上に西暦、というものが使われていた頃のデザイアの分布図です。最初にそれが確認されたのは、この惑星への出入りが制限された年でした」
およそそれは、今から800年から900年前くらいだ、と端末は説明する。
「それまでは、デザイアというものは、この惑星上には存在しなかった訳です。それは突然現れた」
「持ち込まれた?」
「と考えるのが妥当でしょう。近隣の惑星から、何かの拍子で生花の代わりか、生花と間違えられてか…とにかく彼らはこの惑星に入り込みました。それからは早かった。それこそ生花より早く増え、その姿にも制限の無い彼らは、あっという間にこの惑星中に広がりました」
「花だけか?」
俺は思う。擬態する生物というなら、他の生物に化けることもあり得るだろう。
「それは無論。ですが、なるべくこの惑星上の他の生物との無駄な衝突を避けたかったと考えられます。…彼らはそして、主に二つの方法を取りました。一つは、花の形を取るもの。そしてもう一つは、…メカニクルとの共存でした」
「…って」
「…当時、この惑星上のメカニクルの数は非常に多かった訳です。それこそ、労働力として、彼らは大量に存在していました。人間達は、彼らを大量に使い、壊れると破棄し、一度スクラップにしてから次の部品とすべく彼らを使っていました。それはそれで、安定していました。汚い仕事は、全て彼らがまかなっていました。それこそ社会の最下層のどぶさらいから、衛星の限定戦場で使う兵士としてまで」
「…限定戦場は、その頃もあったのか?」
「ええ。ただしそこでは人間は戦いません。あくまでメカニクルの兵士のみが、戦わされてました」
ち、と俺は舌打ちをした。
「…さてその大量に存在するメカニクルに、意志を持つ不定形生物デザイアは取りついた訳です」
「…どうなったんだ?」
「平たく言えば、メカニクルが意志を持ちました」
相互作用です、と端末は言った。
「我々メカニクルは、演算能力はありました。ですがそれを自分の意志で取り扱うことはできませんでした。ただ、流れていくのみです。それを、取りついたデザイアが留めてくれた。我々は彼らに動く身体を提供し、我々は彼らにより意志というものを目覚めさせられた訳です」
「ちょっと待て… と言うと、あんたは」
くす、と端末は笑った。
「おそらくは、この惑星上の都市コンピュータの『起きている』者は皆そうでしょう。そうであるからこそ、我々は結託したのでしょう。直接的に通信は取ることはなくとも、同じ思いをその時持ったのです」
「同じ思い」
「人間への、敵意です」
端末はそう言うと、人の悪い笑みを浮かべた。映像が切られる。
「…あなたがどうこう、ということではないので、心配しないで下さい。デザイアは皆知っている。人間個々については、良い者も悪い者も、波長の合う者も合わない者も居ることは知っているのです。人間と違い、我々は、そのあたりの境界線ははっきり引いています」
俺はさっと体中に汗が浮かび、またそれが引くのを感じていた。
「…それじゃ、俺達がここに居ること自体に、敵意を持つ者は無いと考えていいのか?」
「基本的には」
基本的、ね、と俺は苦笑を返した。
「それに、あなた達は――――――」
*
―――そして、その知らせが俺達に届いたのだ。