「リーダーが?」
そう。結局俺は、その「リーダー」によって引き込まれてしまったような感がある。無論俺自身の考えもあることはあったんだが…
「熱意に押された、という感じもなくはない」
「言い訳?」
間髪入れずに歌姫は突っ込む。俺は何も言わずに、ちら、と奴のほうを見て眉を片方上げた。ああ全くだ。これは言い訳に過ぎない。
「お前さっき限定戦場のことを聞いたろ?」
「うん」
「限定戦場ってのは、『居住に適さない』地区を使って、なるべく居住区に被害を及ぼさないように協定で決められた場所だ。そこで行われることに関しては、軍は如何なる軍以外の機関の命令もうけない」
「…それってさ、何か、話に聞く、すぽーつのこーとみたいな場所ってことかなあ?」
「スポーツのコート? ああ、そう言えばそうかもしれないな。外戦はともかく、内戦に関しては、長くそういう協定があったんだ」
「馬鹿馬鹿しい…」
「と思うだろ? お前も」
「うん。かなり。だって、戦争だろ? 中だろうが外だろうが。どんな手を使おうと、負けたら負けだし、勝ったら勝ちだ。勝てばどんな理屈だって通るんだよ。そんな、決められた場所でルールをもって行われることなんて、いくら人殺しだろーが大量虐殺だろーが、戦争なんて言わないよ。だいたいそういう時って、一番お偉方は、外でその様子を見てるんだろ? 俺達に周囲の毒気を全て吸わせた上で自分を褒め称えさせる連中のようにさ」
奴は一気にまくし立てる。よっぽど普段から思っていたことらしい。俺は最もだ、とうなづく。
「それだけの理由があって、そのために皆が納得して立つのなら、どんな方法でも使えばいいんだよ。自分が手に持つ何でもいい、武器になるもの何かもってさ。生き残りたいならさ」
真っ赤な目がぎらぎらと光を放つように激しい視線を向ける。
全くだ、と俺は思う。だからよけいに、俺は自分が居住区を爆撃したことに関しては、複雑な思いを持たずには居られないのだ。
…いや違う。それまでは、それは協定違反だったのだ。
「…話を戻そう。とにかくそんな、限定戦場って奴は、当時、大半がヌワーラにあったんだ」
「大半が」
「陸地が集中していたのは、冷帯地方と熱帯地方だった。そして温帯地方には、驚くほど陸地が少ない。結局それが、ウーヴェとヌワーラの力関係に大きく響いていたんだ」
「…ヌワーラには力が無い」
「そう。力が無いから、自分達の惑星を殆ど戦場にされて、もしかしたら、温帯の陸地にも間違って爆撃が来るかもしれないのに、何の文句もつけられない。そんな状態だった」
「…お前はそれを見た?」
「見た」
「それで、反対勢力につこうと思ったのか?」
「いや」
俺は首を横に振る。ざら、と前髪が少しばかりくくっていた分から外れて額にかかった。
「俺は、何とも感じなかった」
「ふうん」
歌姫はそれにはさほど驚かないようだった。むしろ予測していた、といった表情だった。
「で、リーダーの登場なんだ」
「ああ。当時陸戦隊にそいつは居た。俺はどちらかというと、空戦隊で配属されていたからな。空は地面から遠すぎて、そいつほど目に飛び込むものは多くはなかったらしい」
「鈍感」
「全くだ」
俺は苦笑する。歌姫はそれを見ると、少しばかり困ったように目をそらした。
悪い癖だ、と俺は思う。好きでも嫌いでもなく、正しいとも正しくないとも自分では判断できないことがある。
だがそういったことは、意味を考えることもなく続けていくことが、この世界で生き抜いていくためにはある程度必要なのに、時々それを考えてしまい、そこで俺は立ち止まり、迷うのだ。
「で、そのリーダーは敏感だったの?」
「色んな点でな」
そう。確かにそいつは敏感だった。少なくとも、俺が知る限りでは。
「とにかく本気で怒るんだ。その現状という奴にな。決して大柄な奴じゃなかったけどな、まるで子供のような勢いで、怒っていた。どうしてあんなことが許されるんだ、ただそこがそうであるだけなのにってさ」
「お前は怒らなかったんだ」
「怒らないさ」
「何で」
「運命… っていう言葉は嫌だがな。だけどたまたま振り分けられただけだ。偶然とか運とか、そういう奴に」
「…」
「望んであの場所に生まれた訳じゃあない。確かにウーヴェに俺は生まれて育ったから、その言いぐさはきっと甘いんだろうが…」
「甘いよね」
「全くだ」
するとまた、歌姫は困ったような顔をした。だったらそんな風に言わなければいいのに。
「…だけどな、そこでそんなことに腹立てたって、何にもならない」
「無駄だっての?」
「いやそうじゃなく…」
俺は立ち止まり、あごに手をやる。どうしても、上手い言葉が見つからない。
奴もまた、俺のその様子に気付いたのか、足を止め、振り返る。そして声を張り上げた。
「急に立ち止まるなよ!」
5Mくらい先で、歌姫は真っ赤な防寒服のポケットに手を突っ込んだまま、俺に向かって怒鳴りつけた。
俺は顔を上げた。目に痛いくらいに、雪が白く、陽の光に光って見える。その真ん中に、真っ赤な服の、歌姫が居る。雪の色よりは、微かに金に近い色合いの髪が、奴の歩く調子に会わせて軽く揺れた。
「そんなこと、考えてる間はないんだろ!」
細められた真っ赤な目は、また、少しばかり困った表情になっている。
「考えるなよ!」
奴は、そのままくるりと向きを変えると、前方へと、いきなり走り出した。ちょっと待て、と俺は足を踏み出す。いきなりそんな走り方をしたら。
だが歌姫は意外に器用だった。そして細い脚には、思ったよりのバネが隠されていたらしい。そのまま、さくさくと音を立てて、奴はまっすぐ、まぶしい程の雪の上を走る。
白い大地に、一つの、赤だけが、走る。俺は思わず、それを追いかけていた。このままでは、見失う、と本気でその時、考えていた。
見失っては、いけないのだ。