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第17話:告白

休みの日のラーメン屋に再び静寂が帰ってきた。沈黙と言ってもいい嫌な静けさでした。


「さっき、このお店のラーメンって店長さんみたいなラーメンって言ったっスよね……。 それは決して悪い意味ではないと思うんス」


 しばしの沈黙の中、言葉を発したのは意外にもまるみちゃんだった。


「確かに 店長さんが言われるみたいに、スープがインスタントの粉 スープだったらお客さんとしてはやっぱり がっかりするっス」


 やはり……。


 私がガックリと肩を落としている時、まるみちゃんは私のラーメンのどんぶりを少し触って続けました。


「でも、 麺は普通の麺ってか、製麺所さんが こだわった ラー麦の良い 麺だと思うっス。 チャーシューは、 フルフルになってて美味しいチャーシューっス。 肉感もあるし、 もっといっぱい食べたくなる チャーシューっス」


 私は無意識に顔を上げてまるみちゃんの方を見た。


「半熟煮玉子 もすごく美味しいっス。 黄身が黄色いのがすごく 良い卵って気がするっス。似玉子くらいは真似できないかと思って家で真似してみたけど、全然この味は出なかったっス」

「まるみちゃん……」

「高菜も好きっス。 ご飯に載せて高菜ご飯にして食べたいっス」


 そこまで言ったところで、まるみちゃんのお腹が『ぐ~~~』と鳴った。


「えっと、そうじゃなくて何が言いたいか って言うと、 店長さんのラーメン好きっス。 自慢じゃないですけど、 毎日来て 毎日食べてるっス。それでも飽きないっス。 これって美味しいってことじゃないっスか?」


 まるみちゃんに言われて私ははっとしました。


「ラーメンと餃子はあるのにご飯がないっていうのがすごく残念なので、今後もメニューは増やしていくことができると思うんス。 売上げももっと伸ばすことができると思うっス。 店長さんの作ったスープは、 私からしたらこのお店のスープと違いはわからないっス。 外注するとしたら。 スープ会社 さんが作ってくれる訳で それでいいんじゃないスか?」


 たしかにそうだ。そうかもしれない。いや、そうなのか……!?


「それよりも、こんだけ人気になるお店を作る方が難しいっス。外国人の人もブログを見て来てくれる訳で、 常連さんもいっぱいいて新しいお客さんも次々来てるっス 。新しくラーメン屋さんを始める人がいたとして、この状況を作ろうと思っても中々できるもんじゃないっス」

「たしかに! そうですよ黒岩さん」


 皇木さんもまるみちゃんの意見に乗っかった。


「そこには、やっぱりラーメンの魅力があって、お店の魅力があって店長さんの魅力があるからじゃないスか?」


 確かにそんな風に考えたことはなかった。まるみちゃんの言葉に目からうろこが落ちた思いだった。


 ラーメンといえば スープは重要な要素ではあるけど、スープが全てじゃない。 もっと大事なものを見失うところだった。私はこのまま店を続けてもいいんだろうか。


 何をやっても続かない、 すぐ飽きてしまう私なのにこの店だけは続けることができています。自分で自分の店のスープを炊くことはできないけれど、 でも 麺も打ったりりすることはできないけれど、 そこは 落としどころと考えていいのだろうか。


 スープを外注したら、ラーメン1杯分で40円だった。 これは正直、今のうまかっちゃん より安かった。 これなら 麺もチャーシュー も卵も同じものを使い続けることができる。


 でも自分で煮出したスープの方はすごく お金がかかっているので 、同じ値段で出すことはできない。


「この金額で自分で煮出したスープのラーメン 出せないんだよな……」


 私はなんとなく口に出してつぶやいてしまっていました。


「それなら良いアイデアがありますよ」


 皇木さんが私の独り言というか、つぶやきに答えた。


「名前を変えるんです。そして、別商品にするんです。例えば、『こだわのラーメン』とか。 普通のラーメンが『ラーメン』だとしたら、 これは『こだわりラーメン』です。

「 別メニュー!」


 私の中で電撃が走りました。さすが皇木さん。頭のいい人は発想が違う。


「普通の『ラーメン』が 750円だとしたら、『こだわりのラーメン』 はこだわって作るんで1000円でも1500円でもいいと思うんです。別の値段にして、しかも 量が作れないと思うので 限定品にしたらいいと思うんです。そもそも、売ることが目的じゃないから毎日作る必要もないんじゃないでしょうか」

「あ、なんかそれ食べたいかもス! このお店の限定ラーメン! メニューも増えていいんじゃないスか!」


 良い方に話が進んでいる様に見えるけど、これでいいんでしょうか!? 水は高いところから低いところに流れると言いますが、私は今、流されていないでしょうか。


「それで ウチは 店長さんが煮出したスープの方のラーメンも好きっスよ。正直、あんま 違いがわかんないスけど……」


 まるみちゃんがにししと笑った。その笑顔は全てを許してくれそうで、そしてとてもかわいかった。


 それからしばらく『こだわりのラーメン』として自分でに煮出したスープのラーメンも出してみました。 お客さんたちは食べ比べをするとかで、しばらく 売り上げが伸び 、その後 『味がほとんど変わらないじゃないか 』とか『違いが分からない』とかの声が上がった。


『じゃあ、 普通のラーメンでいいんじゃないか』っていう話になり、 売り上げは段々と元に戻ってきた話は 別の話です。


「ラーメンとお店の話は大丈夫と思うんス。店長さんが こだわりすぎなければ、全然大丈夫っス。 むしろ、 調子はいいっス」

「え、ちょっと待ってください。私はこの店とラーメンにこだわりを持ってるって言うことですか!?  インスタントのスープで店を始めちゃうような私ですよ!?」 「でも、今このラーメンに文句を言ってるのは店長さんだけっス」

「そういえば、そうなのか……。 そうなってしまうのか。 それよりもウチと付き合ってほしいっス」


 なんかラーメンと別次元の話が展開され始めた。


「黒岩さん、 彼女 いいんじゃないですか。 可愛いし、 お店の宣伝もしてくれるし、なにより 黒岩さんが困ってる時に助けてくれてますよ? そんな人、探しても見つかるもんじゃありません」

「そうですね……」

「若いし、 言い寄ってくれるなんて、すごいことじゃないですか!」

「すごいことじゃないんスか!?」


 まるみちゃんも皇木さんの言葉に乗っかった。いや、あなたの話をしているんですけど……。


「では、三人の話したいこともそれぞれ話したわけですし、それぞれの気持ちも落ち着いたということで、祝杯ならぬ「祝ラーメンを食べませんか? 今日ってラーメン作れます?」


 ついさっき1杯作ったけれど、話しているうちにさすがに麺は伸びてるし、スープも冷めている。


「あ、今日は休みだから仕込みをしてませんよね。2杯も3杯もラーメン出ないですよね?」

「うちのスープはインスタントなんです。だから、すぐにラーメン出せますよ。麺も たまたま 3杯分なら出せますし」

「食べたいっス!」


 まるみちゃんがこの話に乗っかった。


「ぜひ 僕もこれからもこの店来ますよ!」

「ありがとうございます。 よろしくお願いします」


 私は皇木さんに深々と頭を下げた。


「あ、 店長さんウチ、店長さんの彼女っスよね?」

「……はい、 よろしくお願いします」


 抗う理由がないことに気付いてしまいました。


「やったっス! これで安心してラーメンが美味しく食べられるっス!」


 彼女はラーメンが食べたかったのか、 私に興味があったのか 、それは今度ゆっくり聞いてみることにしよう。


 こうして インスタントラーメンの粉スープで作ったラーメンからスタートしたこの店は、オープンから何年か経った後に新しいステージを迎えたのだった。


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