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第16話:3つのスープ

「全部温めますから、3つのスープを試してみましょう」


 なんだか変なことになってしまいましたが、お店を始める時にすごくお世話になった皇木さん、実は義理の弟と、うちのみせをYouTubeで宣伝してくれてお客さんを増やしてくれているまるみちゃん、彼女には求愛されている。


 そして、私、インスタントの袋麺のスープでラーメン店を出してしまった愚か者。そこに、外注でスープを作ってくれる食品会社の営業の竹田さん。


 この四人で休みのラーメン屋に集まって3つのスープを飲み比べる。すごく変な状況。


「じゃあ、基本となるうちのスープを出します」


 私はそう言って普段はお冷を出すのに使ってるコップにスープを

 2〜3口分注いだものを全員に出しました。



 うん、いつもの味。


「美味しいですね。どこか懐かしい味です」


 皇木さんが目を閉じてききスープをして、目を閉じたまま言った。


 そりゃあ、うまかっちゃんですから。九州人なら小さい頃から慣れ親しんでるでしょう。



「この味に慣れ親しんだっス」


 今度はまるみちゃん。だから、それはこのスープは……。



「美味しいんですよねぇ。コクがあるのにスッキリしてるんです。獣臭さも全くない。うちも珍しく苦労しましたぁ」


 暁食品の竹田さんが感想を言った。うちのスープはそんなに特別だろうか……。


「次に、暁食品さんのスープです」


 本当は私が煮出したスープを出すべきだけど、暁さんのスープを私が早く飲みたかったんです。


「「「……」」」


 先に飲んだ二人が黙ってしまった。暁食品竹田さんは二人の反応を心配そうに見ている。


 私も一口……。


 確かに似ている。うちのスープに近い。でも、少し獣臭さが残ってる。自分で煮出してみた今なら分かる。これはすごい!


 これが安定して量産できるなら、お店的には大助かりだろう。


 でも、違う。うちのスープには少し届いていないのでした。


 私はふー、っと息を吐き出し、感想を言おうとしました。でも、皇木さんとまるみちゃんのほうが先に言い出してしまいました。


「そっくりな味ですね! すごい! これほどとは!」


 皇木さんは美味しかったらしい。まあ、私と皇木さんではスープを飲んだ回数が違うから。


 その点、まるみちゃんは違います。なんたって常連さんですから。


 一発でその違いが分かってしまうでしょう!


「こんなに再現できてしまうんスね!」


 分からなかったーーーっ!


 暁食品竹田さんが補足を入れる。


「かなり再現できたと思うんです。厳密には、全く同じとまでは行かなかったんですけど……」

「これで!? すごいな!」

「ウチ意外とコンビニとかの〇〇監修のやつ、店との違いに気づくほうなんスけど」


 それでもダメなんかーい!


 いけない、心の中で盛大にツッコんでしまいました。


 暁食品竹田はまだ私の顔を見ていました。不安なんでしょう。


「確かに似てはいますね。全く同じとはいきませんが、許容範囲内と言いますか……」

「ありがとうございます! 今回かなり思い入れがありまして! そう言っていただけると嬉しいです!」


 竹田さんの表情が明らかに明るくなった。じゃあ、次は私の番だ。私は自分で煮出したスープを同じようにコップに注いで皆さんに出しました。


「えー、これはうちのスープを別アプローチと言うか、別の材料で再現したものです」


 暁食品竹田さんもいるから……まあ、嘘じゃない。


「素晴らしいですね! これだけ繁盛店でもまだスープへの探究心がおありとはっ! このスープと通常のスープの比較ですね!? 私も微力ながら参加させていただきます!」


 いえ、きっとあなたが一番の専門家ですよ。


「「……」」


 再び皇木さんとまるみちゃんが黙ってしまった。私も二人の表情を見て不安になっている。ついさっきの竹田さんの気持ちが本当の意味で今わかった。


「うーん、先の2つと違いが分からないっス」


 まるみちゃんが気の毒そうに言った。自分でスープを煮出すと言ったので、もしかしたら、現状よりも美味しいスープを期待したのかもしれない。


 実際、皇木さんの表情も微妙でさた。


「竹田さん、どうですか?」


 二人の感想はその表情から読み取れたので、スープの専門家の話が聞きたかった。


「そうですねぇ……大変申し上げにくいのですが……私は一応、スープの専門家を名乗っていますので……」


 なんだか歯切れの悪い前置きが続いた。


「ぜひ、率直な意見をお願いします!」

「そうですね……、これらのスープは確かに材料が違っているかもしれません。良い材料を使われたかもしれません。でも、多少の差はあれど、ほぼ同じ……との見解になってしまいます……」


 竹田さんは、最大限気を使って申し訳なさそうに言いました。


「あ……」

「あ、でも、言うならば、例えるならば、多少の違いは感じられます。僅かですが、豚骨らしさが出ていると申しますか……。ただ、一歩の範囲内なのです」


 私が話そうと思ったら、竹田さんが畳みかけるみたいにコメントしてきた。


「どういうことですか?」

「あ、ですから、通常のスープが足元だとしたら、店長様の新しいスープは、僅かに豚骨臭さを付加したスープと思います。一歩進んだら、違うスープなのですが、一歩未満の違いと感じます。そして、その一歩の大きさは人によって違うものですから、ほとんどの方にはほぼ同じと感じてしまうのだと思います」

「なるほど、分かりやすい表現です。では、暁食品さわのスープはどうですか?」


 私は怒っているから聞きたいのではなく、単に率直な感想が聞きたいのだと伝えるために、できるだけ冷静に、できるだけ落ち着いた声で訊いた。


「うちのスープは、先程の例で申し上げると、もう少し通常のスープに近く、豚骨の獣臭さを抑えた仕上がりになっていると思います」

「なるほど、では、この3つのスープはほぼ同じもので、僅かな違いは豚骨の臭みの量ってことですか?」

「はい、私の舌を信じれば、のお話にはなってしまいますが……」

「いえ、ありがとうございます。前向きに検討させていただきますから、見積をください」

「はいっ! かしこまりました! 見積は本日お持ちしてますので! こ、こちらにっ!」


 なんか変な雰囲気を感じたのか、竹田さんは逃げるように行ってしまった。多分、なにか誤解してると思う。


 そもそも、私としてはもっと美味いスープを作ろうと思ってないのだから、いつものスープをインスタントの粉スープを使わずに作れるかって話です。


 ただ、普通に考えて、自分の店のスープを他の材料で再現しようとする人なんかいないし、そんなことをする必要もないので、正しく理解はしてもらえないだろうなぁ。それは、皇木さんもまるみちゃんも同じだ。


 私としては、店のスープに近いものが作れたっていうのは嬉しいことでした。


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