「全部温めますから、3つのスープを試してみましょう」
なんだか変なことになってしまいましたが、お店を始める時にすごくお世話になった皇木さん、実は義理の弟と、うちのみせをYouTubeで宣伝してくれてお客さんを増やしてくれているまるみちゃん、彼女には求愛されている。
そして、私、インスタントの袋麺のスープでラーメン店を出してしまった愚か者。そこに、外注でスープを作ってくれる食品会社の営業の竹田さん。
この四人で休みのラーメン屋に集まって3つのスープを飲み比べる。すごく変な状況。
「じゃあ、基本となるうちのスープを出します」
私はそう言って普段はお冷を出すのに使ってるコップにスープを
2〜3口分注いだものを全員に出しました。
うん、いつもの味。
「美味しいですね。どこか懐かしい味です」
皇木さんが目を閉じてききスープをして、目を閉じたまま言った。
そりゃあ、うまかっちゃんですから。九州人なら小さい頃から慣れ親しんでるでしょう。
「この味に慣れ親しんだっス」
今度はまるみちゃん。だから、それはこのスープは……。
「美味しいんですよねぇ。コクがあるのにスッキリしてるんです。獣臭さも全くない。うちも珍しく苦労しましたぁ」
暁食品の竹田さんが感想を言った。うちのスープはそんなに特別だろうか……。
「次に、暁食品さんのスープです」
本当は私が煮出したスープを出すべきだけど、暁さんのスープを私が早く飲みたかったんです。
「「「……」」」
先に飲んだ二人が黙ってしまった。暁食品竹田さんは二人の反応を心配そうに見ている。
私も一口……。
確かに似ている。うちのスープに近い。でも、少し獣臭さが残ってる。自分で煮出してみた今なら分かる。これはすごい!
これが安定して量産できるなら、お店的には大助かりだろう。
でも、違う。うちのスープには少し届いていないのでした。
私はふー、っと息を吐き出し、感想を言おうとしました。でも、皇木さんとまるみちゃんのほうが先に言い出してしまいました。
「そっくりな味ですね! すごい! これほどとは!」
皇木さんは美味しかったらしい。まあ、私と皇木さんではスープを飲んだ回数が違うから。
その点、まるみちゃんは違います。なんたって常連さんですから。
一発でその違いが分かってしまうでしょう!
「こんなに再現できてしまうんスね!」
分からなかったーーーっ!
暁食品竹田さんが補足を入れる。
「かなり再現できたと思うんです。厳密には、全く同じとまでは行かなかったんですけど……」
「これで!? すごいな!」
「ウチ意外とコンビニとかの〇〇監修のやつ、店との違いに気づくほうなんスけど」
それでもダメなんかーい!
いけない、心の中で盛大にツッコんでしまいました。
暁食品竹田はまだ私の顔を見ていました。不安なんでしょう。
「確かに似てはいますね。全く同じとはいきませんが、許容範囲内と言いますか……」
「ありがとうございます! 今回かなり思い入れがありまして! そう言っていただけると嬉しいです!」
竹田さんの表情が明らかに明るくなった。じゃあ、次は私の番だ。私は自分で煮出したスープを同じようにコップに注いで皆さんに出しました。
「えー、これはうちのスープを別アプローチと言うか、別の材料で再現したものです」
暁食品竹田さんもいるから……まあ、嘘じゃない。
「素晴らしいですね! これだけ繁盛店でもまだスープへの探究心がおありとはっ! このスープと通常のスープの比較ですね!? 私も微力ながら参加させていただきます!」
いえ、きっとあなたが一番の専門家ですよ。
「「……」」
再び皇木さんとまるみちゃんが黙ってしまった。私も二人の表情を見て不安になっている。ついさっきの竹田さんの気持ちが本当の意味で今わかった。
「うーん、先の2つと違いが分からないっス」
まるみちゃんが気の毒そうに言った。自分でスープを煮出すと言ったので、もしかしたら、現状よりも美味しいスープを期待したのかもしれない。
実際、皇木さんの表情も微妙でさた。
「竹田さん、どうですか?」
二人の感想はその表情から読み取れたので、スープの専門家の話が聞きたかった。
「そうですねぇ……大変申し上げにくいのですが……私は一応、スープの専門家を名乗っていますので……」
なんだか歯切れの悪い前置きが続いた。
「ぜひ、率直な意見をお願いします!」
「そうですね……、これらのスープは確かに材料が違っているかもしれません。良い材料を使われたかもしれません。でも、多少の差はあれど、ほぼ同じ……との見解になってしまいます……」
竹田さんは、最大限気を使って申し訳なさそうに言いました。
「あ……」
「あ、でも、言うならば、例えるならば、多少の違いは感じられます。僅かですが、豚骨らしさが出ていると申しますか……。ただ、一歩の範囲内なのです」
私が話そうと思ったら、竹田さんが畳みかけるみたいにコメントしてきた。
「どういうことですか?」
「あ、ですから、通常のスープが足元だとしたら、店長様の新しいスープは、僅かに豚骨臭さを付加したスープと思います。一歩進んだら、違うスープなのですが、一歩未満の違いと感じます。そして、その一歩の大きさは人によって違うものですから、ほとんどの方にはほぼ同じと感じてしまうのだと思います」
「なるほど、分かりやすい表現です。では、暁食品さわのスープはどうですか?」
私は怒っているから聞きたいのではなく、単に率直な感想が聞きたいのだと伝えるために、できるだけ冷静に、できるだけ落ち着いた声で訊いた。
「うちのスープは、先程の例で申し上げると、もう少し通常のスープに近く、豚骨の獣臭さを抑えた仕上がりになっていると思います」
「なるほど、では、この3つのスープはほぼ同じもので、僅かな違いは豚骨の臭みの量ってことですか?」
「はい、私の舌を信じれば、のお話にはなってしまいますが……」
「いえ、ありがとうございます。前向きに検討させていただきますから、見積をください」
「はいっ! かしこまりました! 見積は本日お持ちしてますので! こ、こちらにっ!」
なんか変な雰囲気を感じたのか、竹田さんは逃げるように行ってしまった。多分、なにか誤解してると思う。
そもそも、私としてはもっと美味いスープを作ろうと思ってないのだから、いつものスープをインスタントの粉スープを使わずに作れるかって話です。
ただ、普通に考えて、自分の店のスープを他の材料で再現しようとする人なんかいないし、そんなことをする必要もないので、正しく理解はしてもらえないだろうなぁ。それは、皇木さんもまるみちゃんも同じだ。
私としては、店のスープに近いものが作れたっていうのは嬉しいことでした。