「改めまして、うちはまるみちゃんこと、
『まるみ』って苗字かーい! 私は、心の中で盛大にツッコんだ。女性を下の名前で呼ぶなんて、とドギマギした私のドギマギを返してほしい。
「ラーメン●●の店長やってます、黒岩と言います」
「黒岩……なにさんスか?」
早速、嫌な質問が来た。答えたくないけど、こう聞かれたら答えないのは変だろう。
「下の名前は『 一平』です。黒岩一平」
「 一平ちゃん! ラーメン屋さんなのに『一平ちゃん』!」
そう言われんと思ったから言いたくなかったんです。インタビューは店がオープンする前の店舗内で行われました。だから、まるみちゃんも私もゆっくりした気持ちで臨んでいます。
「店長さんは、どうしてこの中洲でラーメン屋をしようと思ったんスか?」
「えっと、何から話せばいいのか……。色々あったんです」
「今日はゆっくり時間があるから、ゆっくり話聞けるっスよ」
まるみちゃんは優しい笑顔を浮かべた。こういうのも相手を信用させる要素の一つなんでしょう。色々すごく上手です。
しばらく雑談をしてたけど、私もまるみちゃんの話術にはまってたんだと思います。私はいつの間にか自分のことを話し始めていました。
「うちは父がすごく厳しい家だったんですが、小学校の時に両親が離婚したんです。なんかちょっと良い家にいたんですけど、ある日、母が引っ越すってことで、私は母に連れられてアパートに行ったんです。でも、父はついてこなかったんです。あの時の私にはそれが『離婚』ってことがわからなかった。大きくなった今だったら分かるけど、当時はなんか母も言いにくいんだな、と子供ながらに空気を読んで聞くこともできなかったんです」
そう、離婚ってちゃんと分かったのは、もっと後になってからだった。
「母は私を育てるためにパートを掛け持ちして一生懸命働いてくれました。でも、私は……、私は小学校、中学校、高校と学校には行ってたけど、家に帰ったら一歩も家から出なかったし、家の手伝いもほとんどしませんでした。まぁ、 ダメな子だと思います」
思い出しただけで気が滅入ってきた。
「高校3年になった時に、母が倒れて入院しました。私は『大変だなぁ。早く治ったらいいなぁ』くらいにしか思わなくて。気づけば、癌だったらしくて、それが分かってからは早かったです。3ヶ月後にはもう母はお骨になってました」
ここで、私の中でこみ上げてくるものがあり、少し言葉に詰まってしまった。まるみちゃんは、急かしたりせず、あのあたたかい笑顔で待ってくれていた。
「母は、私が……大学に行くためにお金を貯めてくれていたみたいで、少しですが財産が残ってました。でも、それはそんなに莫大な金額とかじゃなくて、大学に行くための費用って感じで。でもまだ2年分ぐらいってとこだったでしょうか……」
再び声に詰まってしまった。こんな話、誰にもしたことなかったのに! 話す相手なんていなかったのに!
「なんか……。母の人生って何だったんだろう、そう思ったら悲しくなったし……。自分のことも なんだかどうでもよくなって、そこから引きこもり生活が始まりました」
「引きこもっちゃったんスか?」
「はい、もう学校も行かなかったし。だから、大学は中退です。そんで1年ぐらい経った時、お金がどんどんなくなって」
「あらー、ヤバいっスね」
「それまでも、唯一 家を出てたのってラーメンを食べに行ってた時だけなんですよ」
「家は出てはいたんスね」
「はい、ラーメンの食べ歩きが好きでした。近所のラーメン屋はもう全部行ってしまったんで、段々遠くのラーメン屋に行くようになって……」
考えてみたら、母はラーメンを食べるお小遣いは渋らなかったなぁ。私が唯一外に出る時だったからかもしれない。
「隣の県とかまで行ったりしてました。だから、ラーメン店 に行った数って言えば1000件は超えてると思います」
「すごいスね! さすがにラーメン1000件食べに行った人ってそうそういないっスよ! 相当なラーメン好きじゃないっスか!」
「そうなるんですかねぇ」
こんな調子で、自分の過去をまるみちゃんに話していきました。これがその後、ネットで流されるとかはすっかり忘れて。