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第9話:ラーメン店のお客さんの人生

予告通り「まるみちゃん」は毎日ラーメンを食べに来ました。「まるみちゃん」なんて呼んでるけど、彼女がそう名乗ったんだから、そう呼ぶしかなかったんです。


 私は若い女性を下の名前で呼んだことなんかなかったから、すごく呼びにくい感じはしていました。


 でも相手を指す二人称の言葉がないと会話がぎこちなくなる。別にこちらから話しかけたい訳じゃないですけど、とにかく、まるみちゃんが話しかけてきてたので、こちらも話さない訳にはいかなかった。


 そして、まるみちゃんは仕事が忙しくない時間を選んで店に来て、10分ぐらいラーメンを食べながら話をして帰っていくような感じでした。


 はっきり言って、全然邪魔にならないから追い返すのもおかしいし、ちゃんとラーメンも頼んでくれるし、ちゃんとお客さんなのでした。どうにもこうにも何とも言えない感じでした。


 うちの店にも一応 常連さんはいて、まるみちゃんは足繁く通うから段々と常連さんと仲良くなっていきました。


 そして、その人の話を聞いて、その人の人生について聞いてました。「人生」なんて言うと壮大な感じですけど、「今なぜここにいるのか」を聞いて、その人の仕事とかを聞いていくんです。


 まるみちゃんの話術がすごいのか、そのうち人生全体を話してる感じだったのです。


 あるキャバクラ嬢は、まるみちゃんのインタビュー(?)について、こう答えていました。


「昼間は事務員してたんだけど、それだけじゃ食べていけないから。キャバは食べるに困ってバイトで始めたけど、いつのまにかキャバがメインになっちゃって……。今じゃ、事務員はやめちゃってるの」


 その子は少し視線を落として話を続けました。


「年取ってきたら、段々若い子もいっぱい出てくるから、なかなか稼ぐのも難しくなってきちゃって……。かと言って、やめるわけにもいかないし……」


 今度は少し苦笑いを浮かべました。


「今更 事務員なんてできないから……」

「そうなんスね」


 まるみちゃんは実に相づちが上手でした。それだけじゃなく、インタビューも。ああゆうのを「陽キャ」っていうのでしょうか。「コミュ強」っていうのか、とにかく話が上手かった。


 聞くのもうまかったですし、しかも適度にまるみちゃんは自分のことも話していました。だから、相手もまるみちゃんに親しみがわいて、どんどん話してしまうみたいでした。


 まるみちゃんは高卒で、社会に出るのが……就職するのが怖くてユーチューバーになったってことらしい。


 ユーチューバーなんだけど、ユーチューバーは世の中的にはそんなに立場が上って訳じゃなさそうです。まだまだ新しい職業ですし。


 人間、不思議なもんで自分より立場が低い人間がいると話しやすくまるみたいです。まるみちゃんは、とにかくすぐ人の懐に入り込んでいろんな話を引き出していました。


 まるみちゃん曰く、そのインタビューの動画を編集して YouTube にアップするとのこと。言ってみれば、うちの店がインタビュー会場になってるんだけど……。


 ちょっと、そういうのやめて欲しいんだけど。お客さんがたくさん来るかもしれないじゃないですか。忙しくなるのはゴメンです。


 ある日は、あるおじさんが、最初はまるみちゃんを明らかに口説こうとしていたと思います。でも、インタビューが始まって話を聞いてるうちに、まんまとまるみちゃんの話術にはまっていきました。


 50歳くらいのおじさんは、自分のことを話し始めていました。 単身赴任で東京から一人で福岡に来てるらしいです。インタビューの声は小さくないので、カウンターにいる私にも聞こえてきます。


 ずっと家族と一緒だったのに一人で暮らしてて、夜は寂しいから中洲に飲みに来てるとのこと。そして、飲みに行ってもご飯は食べないので、それでうちのラーメンを食べに来ているとのこと。


 定食屋とかに行った方がもっとちゃんとしたものが食べられるんだろうけど、一人で定食屋に入るのはなんだか抵抗があるらしい。


 その点 ラーメンは頼んだらすぐ出てくるので、そして、すぐ食べられるのでラーメンがいいらしい。


 うちの店が そんなことに役に立ってるとは思わなかった。このおじさんのことを考えたら、ラーメンばっかりじゃなくて、もうちょっと違うメニューを出した方がいいのかな、と思いました。まあ、思っただけですけど。


 またある日は、まるみちゃんは、オネエっぽいような、ゲイっぽいような男性にインタビューしていました。


「私、熊本から出てきたんだけど、熊本でも田舎の方だったから、なんかいろんなことを知らなかったの」


 しゃべり言葉は女性的だけど、声は男でした。見た目も男だし、男とも女とも捉えにくいような……。


 まあ、うちの店はラーメン屋なんで、どんな人が来てもお金さえ払ってくれれれば、ちゃんとラーメンを出すし、お客さんとしては大歓迎です。


「私、中学の時、気づいたら男の人が好きだったから、自分がオカマなんだと思って、ずっと女性の格好をしていたもん」


 そんな人もいるんだなぁ。たしかに、私は男だから、女の人が恋愛対象って考えるのか、女の人が恋愛対象だから、自分が男って思うのか、そんなこと考えた事ないなぁ。


「でも、それもどこか違和感を感じてて、そして、そんなオカマだったから 働き口がなくて、福岡に出てきて……」


「中洲で働くことになったんだけど、ここで働いてみて思ったの。『私はオカマじゃない』って。女性になりたかった訳じゃない。ただ単に、男が好きだったの。男性として、男性が好きだっただけだったの」


 見た目は男性とも女性とも言いきれない感じなんだけど……。


「喋りも男らしいのが好きな訳じゃないし、女性らしいのが好きな訳じゃない。だから、自分らしく行けばいいんだって思ったのが、この中洲だったの。そこに気づくのに8年かかってるの」


 その8年が長いか、短いかは、その人次第ではないでしょうか。私にも足踏みしていたような期間はあります。でも、今はこうして働いてる。


「私、この上の店で働いてんだけど、このラーメン屋はお店の人もたまには来るし。でも、1人だけでご飯食べることもできるし、なんかちょうどいい って感じ」


 この人の場合も、うちの店をこんな風に親しんでくれているなんて考えた事なかった。


「良いお店に行くことも別に期待してないし、おにぎりなんか作って持ってきて貧乏ったらしく食べるのも違うなあって。でも、ラーメンは美味しいしあったかいし、まあなんかいいかなって思って」


 うちの店は確かにいろんなお客さんがいます。男性も女性もそうでない方も。だけど、そんな人生を歩んでこの店に来てくれてたなんて考えなかったです。


 まるみちゃん、なんてことしてくれてんですか。なんか、自分の中の罪悪感がメキメキと 成長しています。


 私はこの人たちを騙しているんです。ラーメンで 騙してインスタントの袋麺のスープのラーメンを出してます。


「あ、店長さん。明日は店長さんのお話、ちょっとだけ聞いていいすか?」


 先程のオネイ的な人のインタビューが終わり、一息ついたときに、まるみちゃんから話しかけられました。


「え、私ですか? 私のことなんか別につまんないですよ?」

「おかげさまで、このインタビュー シリーズ 超好評なんす。もうちょっと続けたいと思うんすけどやっぱりこのお店の店主である店長さんの話を聞かないと始まんないんス」


 そう、ピンク髪のまるみちゃんは、この店で仲良くなった常連さんから話を聞いて、それを番組としてYouTubeにアップしていた。


 芸能人でも何でもない普通の人の話だけど、まるみちゃんのヒアリング能力で番組へと昇華していた。


 テレビでは、終電に乗り遅れた人の家に付いて行って話を聞く番組や山奥にひとりで住んでいる人の話を聞くだけの番組もある。きっとそういうのの延長と捉えられているのだろう。人気らしく、登録者数を伸ばしているらしかった。


 こうして私は半ば強制的に自分のことを話すようになってしまったのでした。


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