「あ、美味しい!」
ある女性客がラーメンを食べて感想を言いました。言った本人もうっかり言葉が出てしまったという感じで、言った後に恥ずかしそうにしていました。
当然、中洲のうちの店での出来事です。まだお客さんが少ない時間、17時過ぎのことでした。
「あ、ごめんなさい」
その女性客は申し訳なさそうに謝りました。髪がピンク色ではそっちが気になって話が全く入ってきません。
「いえいえ、褒めてくださってありがとうございます。嬉しいです」
私としては嬉しさもあるけれど、後ろめたさもあり、申し訳ないという罪悪感も持っていました。
「この店、今日初めて来たし、初めて食べたんスけど、なんか懐かしいみたいな、なんか不思議な気分っス」
そりゃそうだろうな。昔から慣れ親しんだであろう「うまかっちゃん」だからな。
「チャーシューも柔らかくて美味しいっスね! この高菜はご飯が欲しくなるっス」
高菜を食べるために白ご飯が欲しいとか、チャーシューをどんぶりにして食べたいとか、そういう意見は比較的多い。割と適当に作ってる私としては、それはそれで 罪悪感があります。
「あの失礼ですけど……店主さんスかぁ?」
「あー、はい。 一応、店主やってます」
「ウチ、YouTuberやってるんス。ラーメン食べてるとこ動画撮ってもいいスか?」
「あー、はい……。まあ、いいですけど。他のお客さんの迷惑にならないようにお願いします」
最近の店ではかなり多くのお客さんが、ラーメンの写真を撮っていきます。勝手に撮って行くお客さんも多い中、ちゃんと断りを言って撮影しようっていうんだから、ちゃんとしていると感じました。
だから、断ることはできませんでした。
「ウチ、登録者数 10万人のYouTuberで『まるみちゃん』って言うっス。お店の宣伝もしとくっスね」
「あー、はい。ありがとうございます」
そうは言ったものの、私としてはあんまりお客が来てくれると大変になるから働きたくなかった。だいたい、今1日50杯から100杯ぐらいラーメンが出ています。週末とか忙しい時は200杯ぐらい出る時もあります。
現状で結構大変だから、もうそのぐらいでいいと考えてました。店もこの広さだし、 従業員は私だけだから、こんだけあれば十分儲かっています。それ以上儲けようと思ったら、それは欲張りすぎと言うものです。
だから彼女には申し訳ないけれど、これ以上お客さんは来てくれなくてもいいと思った。
「このラーメン超うまいス。麺が細麺でコシがあって超うまいス。麺はバリカタにしたっス。そして、スープが超うまいっス。そして、なんか麺をすすったらスープも一緒に入ってくるぐらい麺にスープが絡んで来るスね」
どうやら、このピンク髪の女性はボキャブラリーはそんなに多くないみたいです。自分を撮影しながら食レポっぽいことをしてくれていますが、『超うまい』としか言ってないように感じます。なおもピンク髪の女性の食レポは続くようです。
「あと、チャーシューが超うまくないスか!? これ!! 場所は福岡の中洲の●●(ピーッ)っていう店っスね。食べたいな、と思ったらチャンネル登録といいねボタンよろっス! あと●●(ピーッ)にも食べに来てあげて欲しいっス」
……少し間をあけて、店も静かになった。まるでこの瞬間に霊でも通りすぎて、店中の人の動きが止まったみたいに。
「……撮影終わりっス! テンション高くて、お騒がせしたっスー!」
言葉は適切かどうか分からないけど、ちゃんと断りを言ってからスタートしたし、終わったら周囲のお客さんにもお礼を言った。このピンク髪、悪い人ではなさそうです。
「店長さんも終わったっス。あざました!」
「はい、ありがとうございました」
ピンク髪はテンションを少しおさえて、残りのラーメンを食べていました。
「店長さん、こんな美味しいラーメン作れたら毎日仕事楽しそうスね」
「あ、はい。ありがとうございます。たくさんのお客さんに来てもらいて嬉しいです」
本当は、そこそこでいいんだけどなぁ。あと、全然やる気はないけど。
私の場合は軽い『
ちなみに今はテンションめちゃくちゃ低いです。……っていうのも、目の前のピンク髪のテンションがめちゃくちゃ高いから、なんか反比例してテンションがどんどん下がっていってます。
「YouTuberってすごいですね。登録者数10万人なんてもう 想像しただけですごいです」
「全然そんなことないですよ 10万人ぐらいだったら、そんなYouTuberゴロゴロしてるっス。店長さんここはコンパクトなお店なんスけど、一人で営業してるんスか?」
「あ、はい」
ちょうどお客さんが少ない時間なんで、『忙しいから』と彼女が話しかけてきたのを断るのもできなさそうです。無視も良くないと思って、適当に会話に付き合うことにしました。
「なんかいろんなお客さんが来そうスね、場所がら」
「あー、そうですね。夜のお店のお客さんもたくさん来ていただけますし、最近じゃあ、大学生とか……あと、海外の方も結構来ていただきますね」
「海外! すごいスね! どこの国の人が来てくれるんスかー?」
そうなのです。最近はお客さんの2割か3割が外国のからになってきました。
「えっと、中国と韓国はもとより、ヨーロッパ系とかアメリカ系……だと思うんですけど、ちょっと私はあんまりよくわからないけど、英語喋ってるみたいだから……」
「すごいスね! なんでこのお店そんなに人気なんすか? 失礼スけど、そんなにおっきなお店じゃないし、有名なお店とも思えないんですけど……」
ピンク頭の彼女の言う通りです。うちの店は有名でもなんでもない。そこら辺の人に聞いたって10人に聞いたら10人ともうちの店の名前なんか知らないでしょう。
「えっと、ブロガーみたいな人がいて、それで紹介してくれたみたいで海外の方が結構来てくれるようになったんですよ」
「マジスか!? え、なんでそのブロガーの人は紹介してくれたんスかね?」
彼女はホントに不思議そうな顔をしていた。だから、もう少しだけ話に付き合って答えることにしました。今日は平日なので、まだお客さんが多くなる時間じゃない。
「英語圏の人とか、外国語を話す人が3人来てくれたことがありました。でも、メニューもこの通り日本語でしか書いてなかったんです。まあ、ラーメンと餃子しかないから、日本語が分からないお客さんでも問題ないと思ってたんですけど……」
思い出しながら少し苦笑いが出ました。
「だから、ちょっと話しかけてサポートしたら感激してくれたみたいで。それで自国に帰ってからブログに書いてくれたみたいなんですよ。そしてそれがたまたま有名なブロガーの人だったみたいで 海外旅行に来る人がそのブログを見てうちの店にも来てくれるようになってるみたいですね」
「すごいですね! 店長さん。外国語 話せるんスか?」
「あ、いえ。話せないです。えっと、持ってるスマホの同時翻訳機能を使いました」
持っててよかったpixel。同時翻訳助かった。
そうなんです。店をやってると 3人組の外国人が来て メニューを見ながらワイワイ騒いでたんです。
何を頼んだらいいのかわからなかったみたいだけど、うちには ラーメンしかないんだから、そんなに困る必要ないと思ったんです。
それで話しかけたら、相手は日本語が全く分からなくて私のほうがテンパって「ジャスモメ、プリーズ」で言ってアプリを急遽 立ち上げました。
そして、お客さんと一緒に翻訳アプリを通してコミュニケーションを図って、むこうは食べたいものについて聞いて、こっちは ラーメンの説明をして……そんな出会いでした。
他にも福岡の有名な観光地とかも聞かれたんで、話の流れ的に自分の知ってるところを教えてあげたら喜んで帰って行きました。
それ以上のことは何も考えてなかったんですけど、そこから約1ヶ月ぐらいして急に海外のお客さんが増えてきたんでした。
最初は理由が分からず、海外からのお客さんに聞いてみたら「ホームページを見てきた」っていうことだったんです。
それを見たら、以前来たお客さんがやってるブログだっ たていうことがありました。
「すごいスね! 気に入ったっス! この店通うス!」
えー……。
……それがこの「まるみちゃん」との出会いだった。そして、それから彼女は毎日店に食べに来たのでした。