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第67話 幕間 彼女は芝居の原作者を目指す

「あと、50回よ」

「ジェシカ様……、私……もうムリです」

「もう少しだけ、がんばって、サリュー」

「いや、でも……もう」

「給金を増やしたくないの?」

「ふ、増やしたいです」

「じゃあ、続けてね~~」


 ジェシカお嬢様の非情な声に、あたしは歯を食いしばり、剣を握りしめて突きの動作を繰り返す。


 試験を受けていた他の5人は、とっくに諦めて、あたしをとりかこんで座っているけど。



 あと……47回……。


「うう~~、しんどい……」

「給金アップしたら、毎月リオン座のお芝居に行けるのよ」

「お、芝居……」

「それにプラスして、芝居の原作の本も買えるわよ」

「……あと、37回……」


 そうよ、ここを通過したら、毎月お芝居が観に行けるんだもん!! 何がなんでも……。


「サリュー、がんばって!」

「あと少しよ! サリュー」


 皆の応援を聞きながら、最後の力を振り絞る。

 もう少し、あと少し……。


「サリュー、給金アップよ!」

「サリュー、あんたの大好きなお芝居が毎月いけるよ!」

「あんたの大好きな『この恋の嵐、私は諦めない』の原作本を買えるのよ!」

「うわあああああ~~! やるわ、あたし! 絶対に給金アップを手に入れてやる~~」


 そんなこんなで、あたしは最後まで課題をやり遂げ試験に合格し、侍女長代理の第一号となった。

 偉業と言っていいと思う。


 15歳の時にナルニエント公国に奉公にきてから、はや十年。

 住み込みの仕事で、治安の良い場所で、ご主人様や職場の人達が優しくて、わりと給金が良い、と評判だったのでここを選んだ。

 まあ、一番の理由は、この街には珍しく平民用の芝居小屋があったからだけど。あたしは、子供の頃に故郷の近くで流れの芝居一座のお芝居を観て、その虜になったから。

 ほんっと、ナルニエントに来て大正解だった。


 最初はナルニエント公城の掃除担当で、その後にジェシカお嬢様付きの掃除係になった。当時はなり手がいなかったから。

 わがまま過ぎる残念な令嬢と言われていたけど、あたしはけっこうお嬢様が気に入ってた。わがままなだけで、殴るとかないしね。そのわがままだって、末っ子特有の自分をもっと見てよ、って注目を集めたいだけだし、可愛いもんだった。よくお嬢様と故郷の妹達が重なってみえたもん。


 皆は、神鳥の神託を受けてからお嬢様がかわったと言ってるけど、あたしは知ってる。お嬢様がかわったのは、その前に寝込んだ時からだ。

 やたら勉強好きになり、剣の修業をはじめて、ほんと別人みたいになった。


 そして2年半前に、お体を崩され外国に静養に行かれたアーシヤ様のかわりに、お嬢様は公爵代理として領地を治めながら、色々と改革を行った。

 従業員の教育もそのひとつで、あたし達にも、勉強が仕事時間のなかに組み込まれた。


 語学、歴史、礼儀作法、衛生健康学、そして身体訓練。それぞれが、基礎と応用にわかれていて、全ての応用講座を学び終え、試験に合格した者には、昇進が待っている。


 つまり、給金アップ!


 あたしは、そりゃもう、がむしゃらにがんばった。

 彼氏もほしいし、遊びにも行きたいけど、とにかく勉強した。剣の練習もがんばった。


 だいたい平民のあたし達が、仕事中に無償で学べるとか、普通あり得ないし。

 でもまあ、正直言うと最初は勉強とか面倒だなって思った。そんな学んだところで何の役に立つの、って。その時、お嬢様に言われた言葉が、あたしの人生をかえた。


「サリューは実家に仕送りしてるから、好きなお芝居観に行けるの、二月に一度でしょ? 勉強して、試験に合格して、昇進したら、給金があがるわよ。そしたら、リオン座に毎月通えるし、文字を覚えたら、お芝居の原作も書けちゃうかも。いつか、サリュー原作のお芝居が上演されるかもしれないと思うと、夢がふくらむわね」


 人生で一番の衝撃。びっくりする程、めちゃめちゃ夢ふくらんだわ。


 あたしがつくった物語が、お芝居になって大勢の人に観てもらえる……。

 うわあ~〜! 考えただけで鼻時がでそう!!


 そんな訳で、あたしは芝居の原作者になると決意し、まずは給金アップを手に入れるべく、この二年半猛烈に勉強したのだ。


「サリュー、おめでとう」

「おめでとう、本当によくがんばったね」

「サリュー、やったね!」

「ありがと。みんな、ほんとにありがとう」


 侍女仲間が祝ってくれる。嬉しい。達成感と喜びが半端ない。

 こんな充実感は、生まれてはじめて。


「サリュー、おめでとう。本当によくがんばったわね。これ、私からのお祝いよ」

「有難うございます。ジェシカ様、あけていいですか?」

「勿論よ。絶対に気に入るわ」


 私は大急ぎで、手渡された箱を開ける。この綺麗なリボンも箱も、全部取っておこう。


「あ、ああ〜~! 本だ!!」

「そう、本よ」


 本は高級品だ。安いものでも一冊で、あたし達のひと月の給金の三分の一が消える。だから、平民で本を持っている者など、まずいない。


「なんの本だい、サリュー?」

「すごい、本のプレゼントじゃん」

「早く、題名教えてよ」


 感動のあまり、本を抱きしめた。皆が声をかけてくる。あたしは、本を皆に見えるように持ち直し、表紙を目でおった。

 今のあたしには、文字が読めるんだ。


「『この恋の嵐、私は諦めない』。あたしの大好きな演目の原作本よ。ジェシカ様、本当にありがとうございます! 私、この本を一生大切にします!」


 嬉し過ぎて、涙が出てくる。心からお嬢様に感謝した。


「サリュー侍女長代理、これからもよろしくね。勿論、仕事だけでなく、芝居観賞と創作活動もがんばって」


 お嬢様が満面の笑みで、そうおっしゃった。

 あたし、やっぱりこの職場にきてよかったなと思う。お嬢様の側にいると、色々とおもしろい事に出会えるもん。

 結婚しても、ここでの仕事は絶対続けようと思いながら。


「はい、仕事も物語づくりも、彼氏づくりも全部やりますよ。ジェシカ様が女性で公爵代理になり、国に変革を起こしたように、私も! 平民侍女が昇給し、素敵な夫を捕まえて、そして芝居原作者への夢を叶え、伝説になるようがんばりますから! みてて下さいね」


 あたしは意気揚々と、宣言した。


 厚かましいのは承知の上。

 でも、ここはあり得ない公爵令嬢がいる、自由なナルニエント公国だ。

 あり得ない平民侍女がいたって、いいんじゃない?


 平民侍女の、のし上り物語。絶対、受けると思う。

 ああ、なんかすっごいワクワクしてきた。

 あたしの伝説は、今、ここから始まるんだ。


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