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第60話 嬉しくて嬉しくて 後半

 私達はお互いに見つめあったまま、どちらからともなく唇を合わせた。

 ライガの分厚い掌が、私の頬を優しく撫でる。


(夢みたい。私、本当にライガとキスしてるのね。嬉しい……)


 目を閉じて、彼と触れ合っている事に意識を集中する。

 彼の唇を、肌を、匂いを、温もりを。余計な事は考えず、今、この瞬間感じる感覚だけを捉える。


 ライガとひとつに溶け合うような一体感に、心も体も喜びで打ち震える。

 長い、長い口づけに、だんだんと体が熱を持ち出す。


(……これ以上は、まずい……よね)


 ライガの胸を強く押し、体を離した。


「……ライガ、これ以上はやばいわ。わかるでしょ? ……途中でとめられなくなるわ。私達、まずは話をしないと……」

「……っつ……フゥ……。そうだな。悪い、ずっと我慢してきたから、制御できなかった……」


 そう恥ずかしそうに話す彼の表情に、私の心は瞬時に反応する。


(……か、可愛い。可愛すぎるわ、ライガ! ああ、もう、好き……!)


 そう思いながらも、先に大切な事を話そうと、私はベッドに腰かけた。

 甘い雰囲気にのまれるのは簡単で、何も考えずことに及ぶのは楽だ。刹那的な快楽を求めるのが間違っているとは思わないが、でも、後で後悔することも多い。


 やはり、大好きで大切な彼だからこそ、お互いに信頼しながら長く付き合いライガだからこそ、きちんと話し合いをして、憂いのない状態で愛し合いたいと思った。


 ライガは、私の前に跪いた。


「まず、これを言わないといけなかった。チカ、愛している。俺もずっと、チカの事が好きだった。一族よりも何よりも、あなたが大事だ。俺は一族を抜ける。だから、俺と結婚してほしい。これからもずっと、一生側にいさせてほしい」


 そう言いながら私を見つめるライガの瞳は、力強く、真っすぐで、熱を帯びている。

 彼の真剣な思いが伝わってきた。


「……私の側にいると、色々と大変よ。一族の助けもなくなるし、ライガはきっと苦労するわね。国内外に、私は神鳥の神託をうけた武闘派の変人令嬢だと知らしめてしまったし。きっとこれから風当たりが強くなるわ。また危ない目にあったり、もしかしたら本当に国をでる事態になるかもしれない。その覚悟はできてる?」

「チカの隣にいられるなら、俺にとって他の事はなんら問題にならない」

「……そう。ありがとう……。ねえ、そういえば、ロンが言ってた誓いってなんの事?」

「それは……」


 言い淀みながら、ライガは私の隣に腰かけた。どう説明すべきか、考えているようだ。

 私は、彼の言葉を待った。


「……チカ、初めて二人きりで話した時のことを覚えているか? チカがモハード先生といる時に、オレが部屋へ行って、本音ではじめて話した日だ」

「勿論、覚えてるわよ。私達は運命共同体だと力説して、ライガが大爆笑した時でしょ? 確か、あの時から耳栓をしてくれて、私の思考は読まないようにしてくれたのよね」

「ああ、あの時はそう言ったんだが……。実は、耳栓なんてことは、出来ないんだ。他人の思考は、俺が聞きたくなくても勝手にはいってくる。避けようがない」

「……え? じゃあ何、ライガはずっと私の頭のなかを読んでたってこと?」

「違う! そうじゃない……! あの日から、俺はチカの思考は読んでいない。読みたくても読めないんだ。チカに誓いを与えたから……」

「誓い、って……?」

「……他の族の事はよくわからないけが、リーザー族の心威力者には、代々引き継がれてきた独自の技がある。自分の持つ力を、選んだ相手に無力化させる方法が。つまり、俺はチカに、俺の思考を読むという心威力が効かないようにしたんだ」


(……よかった……! 一瞬、実はライガに考えてること全てバレてたのかと焦っちゃったわよ)


 私は、ホッと安堵の溜め息をついた。


「誓いは、一度立てたら一生ものだ。耳栓みたいに取り外しはできないし、何より……誓いを与える事ができるのは、生涯でただ一人だけ。普通、誓いは結婚相手や大切な相手に与えるものだと考えられている。だから、俺はチカに誓いを与えたと、ビーや一族の誰にも言うことができなかった。今考えると、あの時無意識に、チカにオレの一生を捧げると選択してたのかもな……」

「え!? 生涯でただ一人って。そんな大切な誓いを、あのほぼ初対面の私にしてくれてたの?」

「正直、自分でも驚いたよ。まさか、会って間もない、任務の対象人物の公爵令嬢に誓いを与えるなんて、思ってもみなかった。でも、それまで北の一族だという事で散々いやな目にあってきた俺に、チカはもう家族同然だと言ってくれただろ。それが嬉しくて、ついな」


 照れながらそう告白するライガに、私は複雑な気持ちを覚えた。

 当時のライガからしたら、私の発言が身分制度を気にしない、おおらかで差別意識のないにみえたのだろう。


「……ライガ、ごめん。あの時の私は、この世界のことを全然理解していなかった。私は……」

「チカ」


 ライガが言葉を遮り、私の手を力強く握る。


「過去の言葉がどういう意図だったかはどうでもいいんだ。チカも、そして俺も、それぞれに立場があり、しがらみがあった。でも、今、俺はリーザー族の一員としてでなく、一人の人間として、チカを愛している。チカを尊敬している。あなたと共に学び続け、あなたを守り、あなたと一緒に人生を歩んでいきたい。俺の願いはそれだけだ」

「……ライガ……」


 彼の真摯な言葉に、感動で胸がいっぱいになる。


 当時、十歳の子供だった私に、生涯でただ一度の誓いを立ててくれてたなんて。全然知らなかった……。つまり、その時から、ライガはずっとビー達一族に対して、私について虚偽の報告をしていた事になる。

 何を考えているか、どう行動するのか。私の思考を読み、社会にとって脅威がない人間かどうかを確認して一族に報告するのがライガの任務だった筈だ。


「……ありがとう、ライガ。この6年間、ずっとビー達から私のこと、守ってくれてたのね……」 


(嬉しい……。ああもう、私、こんなに大事にされてたのに、気づかなかったなんて……。ゴメン、ライガ! でも、ほんとに嬉しい……。こうして、私のライガへの気持ちを素直に伝えられて。そして、ライガも私を好きでいてくれて)


 喜びのあまり、ついライガに抱きついてしまう。

 ライガも、優しく包み込むように私を抱きしめ返してくれた。


「チカ、愛している。これは……俺のわがままだってわかっている。だけど、どうしても頼みたい事があるんだ……。できれば、うんと言ってほしい」

「頼みって……何? 私で出来る事なら、勿論きくわ」


 よほど言いにくい事なのか、ライガの喉がゴクリと鳴るのが聞こえた。


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